【JICA-RIフォーカス 第37号】ゴメズ・オスカル研究員に聞く

2016年11月10日

人間の安全保障の視点から危機対応の在り方を提案する

紛争、自然災害、感染症など、人道支援を必要とする危機的な状況の現場では、近年、より効果的な救援、復興、予防と開発の連続的実施(コンティニュアム)が求められています。2016年5月23~24日、イスタンブールで開催された史上初の「世界人道サミット」にJICA研究所から参加したゴメズ・オスカル研究員に、「危機への効果的対応」というテーマで関わる二つのプロジェクトを中心に、人間の安全保障の視点から考える望ましい危機対応について聞きました。

■プロフィール
コロンビア出身。化学工学を学び、首都ボゴタ市の公衆衛生部門の職員として勤務した後、2006年東北大学大学院環境科学研究科に入学。日本政府(文部科学省)の奨学金を受けて環境科学研究科にてヒューマン・セキュリティ連携国際教育プログラムを履修。博士課程修了時に東日本大震災に遭遇。2011年から同志社大学大学院で客員研究員を務める傍ら国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書の業務などにも携わる。2013年から現職。

危機に即した協力体制を構築することが重要

— 世界人道サミットでの取り組みと所感を

世界人道サミットでは、私の携わる「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較研究」の中間成果をまとめた「人道危機対応におけるコンティニュアム:世界人道サミットへのメッセージ」(関連情報参照)を配布しました。盛り込んだメッセージは5つで、(1)人道危機対応はノン・リニアである、(2)支援者間のマンデートやマインドセットを乗り越える、(3)被災地を中心に据える、(4)危機発生時から予防のための活動を開始する、(5)グローバルレベルな協力体制を危機の種類に応じてつくり直す、です。メッセージの1つ、「被災地を中心に据える」が、サミット全体の提言でも重視されたことをはじめ、世界とJICA研究所の視点には、ずれがなく、ほぼ一致していると感じました。

このメッセージやリサーチペーパーで発信している内容とも関わるのですが、強く感じたのは、緊急人道支援に取り組むアクター(援助機関・団体など)と開発支援に取り組むアクターという区分への疑問です。例えば配布したペーパーのメッセージの1つに、「グローバルレベルな協力体制を危機の種類に応じてつくり直す:シームレスな支援を行うためにも限られた資源の有効活用のためにも、人道や開発という区分に沿った活動ではなく、干ばつ、紛争、災害などの危機の種類に応じた協力体制を構築することが重要である」というものがあります。アクターとしての区分は、危機に遭遇した現地にとって意味はないのです。にもかかわらず、国際場裏では非常に明瞭な区分があります。

人道サミット前の3月、エチオピアで人道学会に参加し、そのときに現地で干ばつ支援に関わっている組織の取り組みを視察しました。地震やハリケーンと違って、突然起こるわけではない干ばつの問題に対して、人道か開発かに関係なく、アクターが自分の持てる能力で支援をしている姿を見てきました。今後、アクターがどう変わっていけるかに興味があります。

開発はいつか終わるが、危機は必ず起こる。将来は、JICAの開発協力がなくなることもあるかもしれない。そのとき、開発ではなくて危機への対応が最も重要になるのではないかと考えています。

シームレスな支援実現のための政策・制度を提案

台風ヨランダ災害緊急復旧復興支援プロジェクト
台風ヨランダ災害緊急復旧復興支援プロジェクト

— 「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較研究」の内容と成果は?

JICAはかねてから人道危機対応でシームレスな支援を行うことを打ち出してきましたが、シームレスな支援とはどういう支援を意味するのか、シームレスな支援で得られる成果は何か、あまり明らかにされていない部分もありました。2013年、日本のODA60周年のプロジェクトとして刊行された書籍『Japan's Development Assistance: Foreign Aid and the Post-2015 Agenda』の執筆に関わり、日本のODAの分析を行っているときにそのことを感じ、この研究プロジェクトのアイデアが生まれました。JICAがシームレスな支援を行うために必要な政策や制度は何かを明らかにすることを目的に、2015年にプロジェクトがスタートしました。

第1段階では、JICAを含む複数の二国間援助機関がどのような支援をしてきたかを明らかにし、第2段階では、紛争の観点からシリア、東ティモール、南スーダンを、災害の観点からインドネシアのスマトラ沖大地震、フィリピンの台風ヨランダ、中米ホンジュラスのハリケーン・ミッチの6つの事例を取り上げて研究を行いました。2017年内に書籍としての出版を予定しており、現在、出版に向けた編集作業に入っています。

私は1998年に起きたハリケーン・ミッチによるホンジュラスの災害の研究を担当しました。ホンジュラス政府の復旧復興・防災を重視する意向と、各ドナーの「防災だけでなく貧困削減も」という意向がぶつかり、予算が防災システムまでは回らず、実際の防災は後回しになってしまうという側面がありました。

人間の安全保障の実践を支援

— 「東アジアにおける人間の安全保障の実践」の内容と進捗は?

人間の安全保障は、1994年に提唱されて以来、概念に関する議論は深まりましたが、現場での実践に焦点を当てた研究はまだ十分に行われていません。実践のために有効な提言を行うことを目的として2013年にこの研究プロジェクトはスタートしました。2018年までの4年半にわたる長期のプロジェクトで、現在は第2段階にあります。

第1段階では、ASEANプラス3(日中韓)の13カ国うち11カ国で、人間の安全保障の概念がどう理解されてきたか、何が人間の安全保障上の脅威とされているかについて調査しました。これを1冊にまとめJICA研究所のウェブサイトで報告書として公開する予定で、私は現在報告書用に、各事例の比較横断分析を執筆中です。

第2段階では、人間の安全保障上の脅威に対するオペレーションレベルでの各国の具体的取り組みについて調査・分析しており、私は東日本大震災を担当しました。その中で、大震災時の支援を、人、物資、資金という「伝統的支援」、原発事故やその他の「非伝統的支援(専門的支援)」、個人、企業、NGOなどによる「拒絶できない支援」(Non-Rejectable aid)の三つのカテゴリーに分けて分析しました。「伝統的支援」については、救助や物資提供は十分な効果を上げられませんでしたが、「非伝統的支援(専門的支援)」は、特殊なニーズに応じた専門家間の支援であり、有効であることが分かりました。危機対応では、被災地・被災者のエンパワーメントなど、現地を中心にすることが大切ですが、“支援する側”中心の支援をしてしまうと、それが不可能になります。被災地・被災者が不必要な支援を「拒絶する権利」を持つことが大切です。一方で、「拒絶できない支援」も被災地のニーズに適合させることで有効である場合もあります。今回も、日本赤十字社やジャパン・プラットフォームなどの人道支援機関が間に入り、連携・調整が図られることで被災地のニーズにマッチングした支援が可能になりました。

公害問題にも防災にもつながるキーワード

東日本大震災被災地で研修を受けるタイの行政職員たち
東日本大震災被災地で研修を受けるタイの行政職員たち

— 人間の安全保障、「質の高い成長」との関わりは?

もともと私はエンジニアで、大学で化学工学を学び、卒業後は公衆衛生分野で働いていました。環境問題は経済、技術、政治、社会など、幅広い観点があるので、もっと研究したいと思い大学で勉強していたところ、入門の授業で紹介された、日本の四大公害病に関する内容が非常に興味深かったのです。2006年東北大学大学院修士課程に留学して、四大公害病と国際協力について研究しているうちに、博士課程が人間の安全保障プログラムだったこともあって、初めてこの用語と出合いました。そのとき人間の安全保障を中心にすると、公害だけでなくほかの課題も分析できると気付いて、博士課程では人間の安全保障の理論と実践について研究しました。2011年、博士課程卒業のタイミングで東日本大震災に遭遇して、これまでは公害をテーマにしていたけれど、今後は人間の安全保障の視点から災害について研究していこうと決めました。

東日本大震災の体験では、被災者が食糧などを買いだめしようと行列することが印象的でした。ほかの国では見られない光景です。一方で、仙台市の調査では、避難所で食糧を受け取った人は市の人口の10%未満でした。この体験などを基に研究し、後に「The Emergence of Food Panic: Evidence from the Great East Japan Earthquake」などの論文を発表しました。

エンジニア出身なので、実際の事例については絶対に研究したい。もちろん理論的・哲学的な要素も欠かせないので、そのバランスを取りながら研究していくのが自分のスタイルだと思っています。

日本が開発協力大綱で提唱する「質の高い成長」は、非常に大切だと思います。成長で人が守られればいうことはありません。ただ、歴史的に見て、成長からこぼれ落ちる人は必ず出てきます。その部分は人間の安全保障で守るという関係性があるのではないでしょうか。成長と人間の安全保障は並行的に進めるのが理想的だと思います。

現地での知識の蓄積、人材育成が重要

— 危機対策のために研究ができることは?

危機を予防するためにはある程度知識が必要です。例えば「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較研究」で分析したホンジュラスのケースでは、ハリケーン・ミッチによる地滑りと洪水で多数の人が亡くなりました。地滑りに関する知識が蓄積されていなかったことが一つの要因です。政府やコミュニティーの能力向上は非常に大切ですが、長期的視点では、そうした危機予防のための専門性を持つ人材をどう育てるかということが大切です。しかし、そういった研究は行われてないように思います。

JICAでは途上国の行政職員らを対象とした研修をやっていますが、途上国の官僚は、政権が代わると総入れ替えになるなど、日本の官僚と比べて弱い立場にあります。専門性を持った人がその地位にとどまれるようにするには待遇も必要ですし、非常に難しい。途上国で専門性を持った人がどこに存在するかをきちんと把握して、そういう人材に対する研修を充実させることにつなげられればと考えています。

JICAが国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と共同で行っている地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)には、感染症と防災のプログラムがあるので、その人材を対象にするというのも一つの方法かと思います。まだまだアイデアの段階ですが、危機予防の現場で知識がどう貢献できるか、どのようにすれば現地で専門性が確立・蓄積し、国の政策にインパクトを与えられるかという研究で貢献していけるのではないかと考えています。