インパクト評価の潮流と課題をさぐるセミナーを開催

2016年6月23日

JICA研究所は、開発援助の効果を検証する手段として注目されるインパクト評価に関する公開セミナーを2016年5月24日、JICA市ヶ谷ビルで開催しました。エビデンス(科学的根拠)に基づいた開発政策やプログラムを推進するため2008年に設立された国際NGO「インパクト評価の国際イニシアティブ(3ie)」のエマニュエル・ヒメネス事務局長が基調講演「インパクト評価の潮流と今後の課題について」を行い、澤田康幸JICA研究所客員研究員(東京大学教授)と鴫谷哲JICA評価部次長がコメントしました。会場には70人ほどが集まり、質疑応答も活発に行われました。

発表するヒメネス氏

ヒメネス氏はまず、自身がかかわった世界銀行の融資によるロシアでの保健改善プロジェクトを例に挙げ、プロジェクト関係者が陥りがちな問題を提示しました。このプロジェクトでは、プロジェクト開始以来、中絶率は減少し、関係者はプロジェクトの成果だととらえました。しかし、実際には、プロジェクト開始前から中絶率は減少し、他地域でも同様の傾向がみられたため、この結果はプロジェクトの成果とは言い切れませんでした。ヒメネス氏は、インパクト評価は「投入によって引き起こされた結果の変化を研究する方法である」と定義し、その導入の必要性を訴えました。

インパクト評価の手法として、ヒメネス氏は、母集団の中から選定された地域・集団において、プロジェクトの介入を受ける受益者(トリートメント群)と、介入を受けない非受益者(コントロール群)を無作為に割り当て、プロジェクト実施の後に両者のアウトカム指標を比較する「ランダム化比較試験」(Randomized Controlled Trial:RCT)や、プロジェクトの非参加者の中からプロジェクト参加者グループと類似の特徴を有するものを選び出す「マッチング」などの「準実験」(Quasi-Experiment)を紹介しました。

発表する澤田教授

3ieの調査によると、2000年に全世界で50件に満たなかったインパクト評価の実施件数は2012年には400件近くに増えました。しかし地域的にはインド、南アメリカ、ケニア、南アフリカで多く、分野別では保健・栄養・人口、教育、社会的保護、農業の4分野に集中していることから、ヒメネス氏は、現在カバーできていない地域、分野での実施が今後の課題だとしました。

また、もう一つの課題として、ヒメネス氏は、インパクト評価で大きな成果が示されたにもかかわらずプロジェクトが拡大することなく終了したり、実施されたインパクト評価の結果がプロジェクト完了報告に引用されなかったりしている、とヒメネス氏は指摘。その理由として、研究者と実施者との視点の違いや、エビデンスに基づいて政策決定することが一般化していないことなどを挙げました。

コメンテーターの澤田教授は、21世紀に入り開発経済が経済学のなかで主要な分野として注目され、その流れの中にRCTをベースにしたインパクト評価革命もあるとし、実際の世界で政策の効果を実験的に調べる「フィールド実験」が実証的経済学の主要なツールとなったと説明しました。一方、インパクト評価の課題として、インフラやガバナンスなどインパクト評価の難しい分野での実施を加えました。

マニング氏のスピーチ

鴫谷次長はJICAの評価に関する状況を具体的に説明。 2008年以来、17件のインパクト評価レポートを発表しており、その内訳は、農業・灌漑6件、教育5件、保健2件、森林2件、小規模インフラ1件、水1件で、地域別ではアフリカ10件、東南アジア5件、中東1件、南アジア1件で、さらに10以上の評価が進行中だとしました。毎年200件以上の新しいプロジェクトがある中、インパクト評価の実施件数が限られている理由について、インパクト評価は事後評価に比べ、計量経済学や統計の専門知識が求められ、調査も複雑でコストもかかることを挙げました。そして、その解決策として、コンサルタントや研究者の参加促進や、既存のデータを活用するインパクト評価の手法の開発を挙げました。また、研究者と実務者のギャップに関しては、JICA研究所や評価部が、両者の間を取り持つことができるのではないかと述べました。

最後に、3ieの理事であり、元OECD-DAC議長のリチャード・マニング氏が「全ての援助機関は、プロジェクトを形成・実施する前に、何をベースにして、インパクト評価の結果から何を学んだかを常に問いかけてほしい。」と述べ、セミナーを締めくくりました。