「海を越えた景観模型(1)」〜小さな工房の国際協力〜 ((有)景観模型工房)

JICA大阪が行っている研修では、「コーディネーター」と呼ばれるスタッフがそれぞれの研修について、研修がスムーズに進むように研修に同行したり通訳したりして支援しています。今回、記事を寄せてくれた有田美幸さんもその一人。プログラムの一環として行われた「景観模型製作実習」での、研修員と指導にあたった工房スタッフとのエピソードをご紹介します。

研修「博物館学習中コース」とは?

JICA大阪では、長年にわたり、毎年、観光振興を目的とした「博物館学集中コース」という研修を実施しています。世界各国の博物館から日本に集まった研修員たちは、約3ヶ月間大阪に滞在し、国立民族学博物館や滋賀県立琵琶湖博物館などのご協力を得て、効果的な博物館運営の技術とノウハウを学びます。具体的な研修内容は、来館者が楽しめる展示デザインのあり方、資料保存方法、博物館の地域コミュニティとの関わり方についてなど、多岐に渡っています。この研修を通じて、「来館者や地域の人々を惹きつける博物館とは何か」研修員と日本の講師陣の間で、活発な議論が交わされています。

模型製作を通しての国際交流

大阪府箕面市に、地球上の景観や風物を模型で表現することに情熱を傾け、様々な作品を造り続けているユニークな工房があります。代表取締役の盛口正昭さん率いる(有)景観模型工房です。

2ヶ月間の個別専門研修の最終日、景観模型製作について学んだ4名の研修員は、工房のスタッフやその家族、知人とともに、唄あり踊り、締めくくりは皆で「ふるさと」を合唱…和やかな時間が過ぎて行きました。そして、共同作業を通して心の通った研修員との別れの時が近づいた時、一緒に過ごした密度の濃い実習の日々と作品に込めた想いが巡り、感極まった日本人の新人スタッフの目には涙が浮かんでいました。

世界遺産や知られざる名勝、心のふるさとからジュラ紀の恐竜まで…模型製作の指導を通じて、世界にネットワークを広げた北摂の熱血大将は日々アイデアを形にします。研修で製作する模型の大きさはA4サイズ。限られた面積の中に300分の1のスケールで表現していくのですが、その作品群は単なる観賞用の模型ではありません。そこには各国からやってきた研修員と工房のスタッフとの心の交流、それぞれの人生の軌跡、そして想いが込められているのです。

サラシニさんの挑戦

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ザンビア ビクトリアの滝

アフリカ南部、乾燥疎林地域の広がるザンビアにある世界三大瀑布の一つ、ビクトリアの滝を作ったのはリビングストン博物館からやって来たサラシニさん。笑顔の素敵なとてもチャーミングな女性です。このモチーフは、彼女の同僚が数年前に挑戦を試みて挫折した大テーマでした。緑の木々がザンベジ川の広い岸や中洲を覆い、その間を豊かに水が流れ、滝となって落ちる。滝は深く切れ込んでおり、向かい側の陸地が迫る様子はまるで地球のそこだけが両側から強い力で引かれて出来た割れ目のようです。そこをスパッと鋭利な刃物で切り取ったような断面から覗けるのは、模型ならではのマジックです。流れる水は「アクリル樹脂」、飛び散る水しぶきは「化学繊維の綿」。その向こうに七色の虹が透けて見え、絶壁を流れ落ちる滝の水の躍動感は、普段使っている材料を予想外の方法で活用することで表現されました。木工用のボンドを水で溶き、刷毛でビニールシートに塗りつけ、乾いてからはがして滝の垂直の壁面に貼り付けたのです。「どこにでもある材料で、いかに表現するか」これが、模型製作の醍醐味なのです。

研修員が作った模型には、それぞれ独自の物語があります。この滝の上流では、朝夕川を渡るゾウの行進が見られるのだそうです。サラシニさんは、研修最終日に行われた親睦会の席で、ダンボールで作った太鼓でリズムを取りながら「ンゴマ」というその風景を詠んだ自作の詩を披露してくれました。サラシニさんが作ったこのビクトリアフォールズの模型は、愛地球博のザンビア館に展示されたので、目にされた方がいるかも知れませんね。

「製作を通じて、自国をもう一度見てほしい」

「この研修は、研修員たちの自国の景観模型を仕上げることを狙いとしてはいますが、むしろ仕上がった作品よりも製作過程における語らいと、そこから現れてくる風土への認識に重点を置いています」と盛口さんは語ります。研修は、参加している研修員全員に対して行う講義で始まります。

ここでは、単なる立体表現としての模型ではなく、生の表現としての「景観模型」の世界を実物やスライド、音を媒介にして伝えることを目標としているのです。その後、希望者を募って5〜6回の実習を行います。まず、資料集めからはじめ、ラフスケッチを起こし、徐々に立体の模型にしていくのですが、実習と実習の間に、スタッフは次のステップの準備をするので、およそ2ヶ月の実習期間は多忙を極めます。

新人スタッフ、指導者になる!

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ザンビア:雨季と乾季ではこんなにも違う

「びっくりしました。言葉も分からないですし、無我夢中でやりました」と話すのは2005年春、工房の新人スタッフとして採用され大阪にやって来た新人スタッフ村上満子さん。まだ右も左も分からないのに、仕事を始めて2ヶ月後の6月、いきなりJICAの研修員の一人を受け持って指導することになりました。

担当したのは、ザンビアからやって来たチペラさんという男性でした。アフリカの乾燥した大地は、雨季になると船を浮かべられるほどの水を湛えるのですが、実質水没してしまうため、この地域に住んでいるロジ族は、5ヶ月続く雨季に入ると乾いた地域に移動します。チペラさんは、その季節の移り変わりに行われる「クオンボカ」と言う祭礼の場面を模型で表現したいのですが、2つの違う風景をどう表すか、言葉の面で研修の手助けをしてくれるコーディネータの通訳を介して話し合い、たどり着いたのは、同じ場所を乾季の場面と雨季の場面で表現し、2つの模型を並べるというものでした。「研修員のアイデアを作品に仕上げるには、それぞれの国や地域の気候風土によって様々な景観を、最適な材料を使って表現する必要があります。そこで、いろいろな材料を実験的に使ったり、普段の模型製作ではやらないことを試したりします。そのような経験が、結果的に業務としての模型製作のいいヒントになっているのです」と盛口さんは語ります。

土台も固まり、いよいよビニールを貼って水を湛えた大地が見えたと思った時、チペラさんが「その水の色は違う。もっと濃い青だ」と言いました。これで決まりだと思っても、微妙なニュアンスの違いは出来上がって見ないと分からないことも多いのです。結局、ビニールシートを剥がしてやり直しました。「模型製作では、色一つ決めるのも、なかなか難しいんです。朝、昼、晩と時間によって光が変わるでしょう。そうすると物体の色も変化しますから…一年目の研修では、盛口さんには本当に手取り足取り教えてもらいました」と村上さんは初年度の思い出を語ってくれました。「普段、外国の人と交流する機会ってないじゃないですか。とても貴重な経験でしたね。明るく優しいチペラさんにずいぶん助けられました。最終日の懇親パーティでは私、号泣してしまったんですよ」と村上さんは言います。

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イラン ヤズドの町

2年目に彼女が担当したのは、イランからやって来た建築家のモルテザさん。「寡黙な男性でしたが、よほど強い思い入れがあったのか同じ話を毎回繰り返していましたね」彼が模型のモチーフに選んだのは、ヤズドという町にあるタロイーハウスという伝統的な建造物です。ヤズドの町は砂漠の真ん中にあり、寒暖の差が激しい。中庭のある方形の建物には煙突のように頭一つ突き出た「風の塔」と呼ぶ部分があり、ここに昼間の暖かい空気が留まることで外気の冷える夜は部屋を暖め、昼間は地下に貯めてある水や中庭にあるプールの水で冷やされた空気が建物の中を循環するのです。建物の壁は分厚い日干し煉瓦で出来ており、蓄熱作用があるのです。いわば自然の力を利用したエアコンシステム。「ヤズドの模型を作った時は、モルテザさんが次のステップを理解しやすいように、毎回スタディ模型と呼ぶサンプルを準備して行きました。暇を持て余して、研修がつまらないと思われないように気を遣いましたね」村上さんの指導者としての成長振りが伺えます。

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ガイアナ 赤い教会

3年目の2007年、村上さんは、ガイアナから来たナディアさんという女性の指導をすることになりました。ナディアさんが創ったのは赤いレンガの教会のある風景です。植民地時代にオランダから来た宣教師が建てた教会がモチーフですが、この教会を建立しその後殉職した4人の宣教師たちの鎮魂の灯として、教会の建物の中にLEDを入れて灯りをともしました。小さな模型にイルミネーションを配したのは、初めての試みでした。建物の窓から放射状に広がる光は、幻想的な雰囲気を醸しました。

<プロフィール>

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有限会社 景観模型工房代表取締役 盛口正昭さん

盛口 正昭さん(もりぐち まさあき)

有限会社 景観模型工房代表取締役。大阪府池田市生まれ。信州大学農学部森林工学科に進学するが、学生時代は高校時代から育んでいた模型製作の夢を実現するため、暇があれば針金をねじってはミニチュアの木を作っていた。土と接する仕事から始めようと造園関連の大手企業に就職。ホワイトカラーの背広姿が窮屈で、ネクタイを外し地下足袋に履き替えて現場の仕事を手伝い、泥んこになって帰社しては上司に叱られた。その後、建築模型や造園業者で現場作業を経験して独立する。模型制作の工房を経営する傍ら、JICA大阪国際センターが実施している博物館技術コース(現在:博物館集中コース)の個別専門研修で模型製作実習の指導を行っている。

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