「海を越えた景観模型(2)」〜小さな工房の国際協力〜 ((有)景観模型工房)

前回に引き続き、JICA大阪の研修「博物館学集中コース」を担当していた有田美幸さんから寄せられた、研修受入先(有)景観模型工房でのエピソードをご紹介します。このコース内の模型製作実習を通じ、途上国から集まった研修員たちの中に「自国への愛情」「故郷を大切にする心」が芽生える様子が伝わってきます。

みんぱくで発表

これらの作品が2005年10月13日〜2006年2月28日まで吹田市の万博記念公園の中にある国立民族学博物館の企画展で展示され、一般に公開されました。10年間の研修員との共同作業の発表の場です。研修員が博物館技術を学んだ「みんぱく」の企画展で、景観模型工房のスタッフと一緒に作った作品が展示されるというニュースは、帰国した研修員たちへ国立民族学博物館で企画展を実施した南教授からメールで伝えられました。このメールを受け取った研修員は、それぞれの模型へ込めた思いをお祝いのメッセージとともに返信してきたのです。その中には、ザンビアのサラシニさんからのメールもありました。「ノルウェーからメールを送ります。愛知万博のザンビア館で工房の皆さんと一緒に作ったビクトリアの滝を見つけてくださったそうですね。ありがとうございました。JICA大阪国際センターで行った研修では、一緒に材料を切り、何をどう乗せていくか、試行錯誤を繰り返しながら一緒に考えましたね。あの楽しい思い出はいつも私の心に残っています。どうかお元気で、先生方によろしくお伝えください。C.サラシニ」

没収された模型

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ジェラルドさんが製作したカイエチュールの滝

国立民族学博物館から、「JICAに協力して行っている博物館の学芸員を養成するための研修に協力してもらえないか」と依頼されて1996年春に始めた模型製作の研修では、2008年度までで通算31カ国50名の研修員を指導してきました。当時は独立後、法人設立して間もない「景観模型工房」でインドネシアとモルジブからの研修員を受け入れたのが最初でした。その後、毎年数人のペースでそれぞれの国の風景を切り取って、模型にする作業を行っていますが、どの模型を作るときも、目に見えない雰囲気を大事にしようと意識しています。

工房では毎年数名の研修員を指導し、それぞれの作品を2つずつ仕上げています。一つは研修員が出来るだけ自分の力で製作して帰国の折に手荷物の一つとして持ち帰り、それぞれの博物館で模型の制作技術を広めることに役立ててもらおうというものです。もう一つは、工房での技術の蓄積のため大事に保管しています。工房で保存している模型の中に、ひときわ背丈の高い滝があります。ギアナ高地にある滝の中の一本、ガイアナのジェラルドさんが作った「命を捧げた酋長の滝(カイエチュールの滝)」です。この滝の模型は、研修員が帰国の折に持ち運びやすいようにと、折りたたみ式にしました。ところがこのご時勢、飛行機を乗り継いだニューヨークの空港で没収されてしまい、残念なことに国へ持ち帰ることが出来なかったのです。

バオバブの木がミュージアムショップで売れた!

元研修員の中には、タンザニアからのニャマボンドさんのように、自身が館長をしている博物館の部下に教えたいと、工房で使用していた道具一式を安く分けてもらって持ち帰り、後進の指導に役立てている人もいます。彼は、盛口さんと一緒に開発したバオバブの木をミュージアムショップに置いたところ、外国からの観光客に売れ、博物館の収入が増えたと後日報告して来ました。帰国後、近況報告をしてくれる研修員との交流が今も続いているのです。

伝えたい!国を愛する心

途上国からやってくる研修員は皆優秀な若者たちですが、彼らは保存技術だの、展示技術だのといった技術やノウハウを学ぶことに、とかく興味が偏りがちです。模型製作で自分の手を使って一つ一つ形にしていく作業をします。ここで彼らに必要なのは、技術ではなく感性であり、何よりも「心」を大切にしたいと考えています。研修員には、自分の持っているイメージを形にする過程で、自国の風土に目を向け、それに誇りを持ち、心から愛することを学んで欲しいと思っています。「景観の形成には10年、風景が形作られるのには100年かかり、1000年の歳月が風土を育てると言います。ユネスコの世界遺産に登録された有名な風景ばかりが宝なのではないのです。自分を育んでくれたふるさとを大事にすること、それに気づくこと、その心が宝なのだということをこの模型を作るという一連の活動を通して再認識して欲しいと私たちは願っているのです」。そして今、盛口さんたち景観模型工房のスタッフは、毎年数名ずつという小さな単位ではありますが、研修で身に着けた心を伝えて行ってくれる若者たちがアジア、アフリカ、中南米、オセアニア諸国で育っていることを実感しています。

<プロフィール>

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有限会社 景観模型工房代表取締役 盛口正昭さん

盛口 正昭さん(もりぐち まさあき)

有限会社 景観模型工房代表取締役。大阪府池田市生まれ。信州大学農学部森林工学科に進学するが、学生時代は高校時代から育んでいた模型製作の夢を実現するため、暇があれば針金をねじってはミニチュアの木を作っていた。土と接する仕事から始めようと造園関連の大手企業に就職。ホワイトカラーの背広姿が窮屈で、ネクタイを外し地下足袋に履き替えて現場の仕事を手伝い、泥んこになって帰社しては上司に叱られた。その後、建築模型や造園業者で現場作業を経験して独立する。模型制作の工房を経営する傍ら、JICA大阪国際センターが実施している博物館技術コース(現在:博物館集中コース)の個別専門研修で模型製作実習の指導を行っている。