会えば誰もがホッとする、優しい笑顔に関西弁。青年海外協力隊の帰国後の進路をサポートする進路相談カウンセラーとして14年間勤めあげた横山トキ子さん。今まで多くの教職員志望者や公務員志望者の相談にあたってくださいました。
退職にあたり、この14年間の思いを語ってくれましたのでご紹介します。
長年の貢献を賞して感謝状が贈られました。
この14年間を振り返ってみて、今、大過なく過ごせたのは皆様の温かいご支援のおかげと感謝の気持ちでいっぱいです。
進路相談カウンセラーとして、私は主に教職員志望者や公務員志望者の相談にあたってきました。
開発途上国で活動してきた隊員さんは、「え!?こんなに!?」と、びっくりするほど真っ黒に日焼けした顔で、はじけんばかりの笑顔でカウンセラー室にお見えになります。私はその笑顔を見るたびに、この仕事に携わらせていただいたことを、有難く思っておりました。そして帰国隊員は、現地で体験したことをイキイキと話すのです。言葉が十分伝わらない頃、子供たちとサッカーをしながら言葉を学んでいったこと。鉛筆1本を握って教室に駆け足で入ってくる素朴で生き生きした子供たちのこと、村で生まれた赤ちゃんに隊員の名前を取ってつけてくれたことなどなど。教職員経験では味わうことができない貴重な体験をし、つらい事や苦難を乗り越えて達成感を味わいながら帰ってきた事が言葉の端々ににじみ出ているのです。共に感動したり、涙流したり・・・。この体験を日本の子供たちに伝えてほしい、これからは教員として教育現場で日本の子供たちに寄り添ってもらいたい。この一心で、進路支援をしてきたつもりでございます。
私自身はJICAボランティアの経験はございませんし、自慢できるほどの経験や実績・人脈もありません。ですので、私は教育関係の分野で「JICAの毛細血管になろう!」と決意し、フットワーク軽く足を運び、多くの人に会ってきました。冗談で教育分野の営業をしていますと言っている時期もありました。教育委員会や、関西各地の学校や役所などを訪問し、JICAを知ってもらい、新たな情報を頂きながら進路先の開拓へとつないできました。また、現職参加制度の普及や、教員試験対策ワークショップなども行って参りました。教員採用も自治体職員採用も人物重視の傾向が強い昨今です。協力隊員は素晴らしい力を備えているにもかかわらず、その良さが発揮できないままに採用に至らない隊員を何人も見てきました。準備不足・協力隊体験や考え方のアピールの仕方などきちんと学習する必要を感じワークショップを立ち上げ続けてきました。受験した先輩隊員から面接設問・内容など後輩の今後の資料にと送っていただくのも年々増え続け、貴重な資料となっています。
今はインターネットや電話もありますが、私は足を運んで、直接会ってお話することにこだわってきました。やっぱり顔をあわせて話すことが大切だと思うからです。思いがけないつながりができたり、新たな情報をいただくこともあります。おかげで、1つ自慢できることができました。それは、骨密度が120パーセントなんです (笑) 。よく歩いて動いた分、骨年齢が若返り、病気や風邪も一切ない健康体になりました。
今、大事だなと思うことは「キョウイク」と「キョウヨウ」です。「キョウイク」は「“今日行く”ところがある」、「キョウヨウ」は「“今日用”事がある」。この思いで、1日1日をこつこつと歩んで参りました。気づけば進路に関わった隊員は1,000人を超えました。中には、進路相談だけでなく、結婚相談にのって、めでたく結婚した方も幾組かいらっしゃいます (笑) 。
まだまだ課題はありますが、帰国後の隊員が教育現場で活躍する姿を見ることが一番の喜びになっています。青年海外協力隊事業は JICAの一部の事業ですが、市民には 一番知られた誇り高き(?)事業ではないでしょうか。東北震災の時の海外からの支援・協力・励ましには日本中が勇気づけられました。途上国からも沢山の励ましのメッセージや募金が届きました。各国での隊員の活動は、帰国後数年と時間がたっているにもかかわらず、「日本の若者たちの多いなる働きの証なのだ」、そういう活動をしている2年間なんだと改めて思いを強く感じた次第です。
カウンセラー業務を担当しながら、参加する日本の若者たちの帰国後の支援にはもっともっと力を注いでもよいのではないかと考えております。