ラオスのかけらを召し上がれ

辻さん

大阪のJR福島駅から賑やかな商店街を5分ほど歩くと、おちついた雰囲気のあるお店が現れる。アジア料理とJazzの店『Cafe & Bar サバイディー』だ。日本では珍しいラオス料理を提供している。タムマークフン(青パパイヤサラダ)、ラープ(ひき肉と野菜、ハーブの料理)といった料理からラオスのお酒まで楽しむことができる。
店主は辻裕之さん。2005年から2年間、青年海外協力隊としてラオスで理数科教師の活動をした経験をもつ。「ラオスが好きすぎて、移り住もうかと思ったほどです!」カウンターから満面の笑みで、気さくに話をしてくれる辻さん。壁にはラオスの写真が飾ってある。空を真紅にそめる夕日。フランスから伝わった球技ペタンクで遊ぶ子どもたち。辻さんが過ごしたラオスの日常の一コマ一コマが写真展になっていた。帰国後も毎年ラオスに行くほどラオス好きな辻さんに、その出会いを伺った。

まさかのラオス

店内にはラオスの写真が飾ってある。

幼少時代を香港とシンガポールで過ごした辻さんにとって、海外は特別な場所ではなかった。旅行でインドやスリランカ、ベトナムなど様々な国を回った。しかし、1つだけ外せないこだわりがある。それは、海。幼いころから海が近くにあったため、選ぶ旅行先は必ず海があるところ。海のない国には全く興味がなかった。
日本で中学校の理科教師をしていた辻さんは、青年海外協力隊に応募した。第一希望は海に囲まれた南国の島、パプアニューギニア。面接で、「希望しない国や地域はありますか?」と聞かれたとき「海のない国はちょっと…」と言いたい気持ちをこらえ、「ありません!どこでも行きます!」と答えた。結果通知を見て唖然。派遣国はラオス。東南アジアで唯一海のない国だった。使用言語を見てさらにショックを受けた。ラオ語?聞いたこともない。不安になって、協力隊事務局に電話をかけた。ちょうどラオスの先輩隊員が電話にでてくれた。「ラオスですか・・・いいところですよ!」との言葉に、海がなくてもとにかく行こう!と腹が決まった。

昔の日本がここにある

ラオスの大学で理科の授業を行う辻さん(左)

ラオスに着いた当初、驚きの連続だった。首都ですら路地に入る道は舗装されておらず、雨が降ると道がぬかるみ、集中豪雨で道が川になってしまう。日本から持ってきた新品の折り畳み傘を友人に貸したら、たたみ方がわからなかったのか、壊されて戻ってきた。壊した友人は笑顔で一言「ボーペンニャン!(大丈夫だよ!)」。悪気のない言葉に腹が立つこともあった。しかし、次第にラオスの人々の優しさやコミュニティーの繋がりの深さに心が惹かれていく。
ある日、子どもが生まれたばかりの同僚と飲む約束をしていた。奥さんは子育てが大変だから一人で来るだろうと思っていたが、その同僚は奥さんと二人で現れた。聞くと近所の人に子どもを預けてきたという。赤ちゃんを気軽に預けられる信頼関係が地域に根付いているのだと感銘をうけた。辻さんのご両親が来た時も、自分の家族を迎え入れるように温かく歓迎してくれた。そこにはまるで、映画「Always3丁目の夕日」に描かれている昭和30年代の古きよき日本が残されていた。大変なことも多々あったが、そのたびにラオスの人々の「ボーペンニャン!(大丈夫だよ!)」に助けられた。

自分らしいスタイルで

ラオスをはじめアジア料理が楽しめる。

店内にはカウンターの他にテーブル席もある。

ずっと住んでいたいと思うほどラオスが好きになった辻さんは、帰国後日本で理科の教師に復帰したが、ラオスへの思いは募る一方。働きながら自分とラオスとの関わり方を模索し続けた。交友関係が広く、学生時代から料理を作って家によく友人を呼んでいた。また友人が集まれる場を作って、面白い話をつまみにお酒を飲みたいな。そこにラオス料理なんかがあったら最高だな。そんな思いが次第に明確になり、2013年1月からラオス料理の店作りに向けて準備を開始。そして、同年11月に『Cafe & Bar サバイディー』をオープンさせた。

お店では、友人やお店の常連客が、自分の得意とする分野で講師となり、イベントを開催している。第26回目となる5月のイベントは『ザ・護身術』だ。常連客である言語リハビリテーションの先生が、特技の武術を題材に話をしてくれる。店にやって来るお客さんは、例えば6歳から18歳までをペルーで過ごした人だったり、北新地で成功を収めた元ママだったり。その人の半生を聞くだけで映画を観た気分にさせてくれるくらい、個性的で魅力的な人たちが集まってくる。そんなお客さんたちによる勉強会も企画中だ。4月はラオスの正月があることから、ラオス流で正月を祝うイベント『ピーマイラオ』を開催した。また、ラオスの留学生がお店に来るうれしい出来事もあった。辻さんの作る母国の味に留学生は元気をもらったに違いない。

福島は繁華街であり、飲食店の激戦地だ。そこで一人で店を切り盛りするのは苦労も多いに違いない。しかし、食をとおしてラオスを伝える辻さんの顔は、「ボーペンニャン!」と笑い飛ばすラオス人のように明るい。