ケニアから来た土木技師モーリーンさん

【画像】役職名: ケニア国公共事業省 道路局*1 維持管理部 アシスタントエンジニア
名前: Ms. Maureen Wangui Kariuki(モーリーンさん)
研修コース名:インフラ(河川・道路・港湾)における災害対策
研修期間:2014年5月21日から7月19日まで

モーリーンさんはケニア出身の土木技師です。5人兄弟姉妹のにぎやかな家庭で育ちました。男3人、女2人の中で、土木技師になったのは次女のモーリーンさんだけだそうです。いつ、どうして土木工学を学ぼうと思ったのか。ケニアで土木技師として働くということはどういうことなのか。そして日本で何を見、何を感じたのかを伺いました。

モーリーンさん、土木技師になる

赤谷地区・地滑り対策の現場にて

高校で進路を選択するとき、数学が得意だったので工学系に進もうかなと。まだ16歳でしたから、工学部でこれを専攻しようという考えはなかったです。その後大学で学ぶうちにエンジニアとして仕事をしようかなと考えるようになりました。そして今、自分が本当にやりたかったのは、まさに自分が携わっている土木工学というとてもクリエイティブな仕事なのだと確信しています。
担当している道路の建設と管理という仕事は、安全面やコストに配慮して設計し、いろんな問題を解決する必要がある、とてもやりがいのある分野です。また職場は男性が多く、女性は数人しかいません。道路の検査やデータ収集などのため野外調査も頻繁に行いますが、女性に配慮した快適なトイレなどが不足しているという現実に向き合わなければなりません。しかし環境は選べませんから、そこは自分がありのままオープンに受け入れるしかないと思っています。
ケニアの新しい憲法には、すべての事業所は従業員の30パーセントを女性にする努力をしなければならないという条文があります。工学部を専攻する女子学生の数が少ないため、工学系の分野でこの数値を達成するのはとりわけ難しいと思われます。しかしながら、ここ数年で相当な改善がみられると言ってよいでしょう。というのは、私の母の年代では、1年に二人のエンジニアが誕生していたようですが、2008年に大学を卒業した私の年代では、女子学生の13人ほどが平均して例年エンジニアとして社会に出ているからです。

モーリーンさん語る〜私にとっての日本ってこんなところ〜

駒ケ岳の雪渓にて未来の協力隊員と

チリ出身のラウルさんと六甲道にて

日本に来てから、いろんな所に行きました。研修で東京に滞在中、プライベートでスカイツリーや浅草寺へ行きました。日本人形を自分用に、母にはミニチュアの東京タワーを買いました。来日して2週間後の週末、駒ヶ根の訓練所で青年海外協力隊の派遣前研修中の隊員との交流プログラムが行われたのですが、それに参加して、駒ケ岳に登り、生まれて初めて雪を見ました。あそこで見た風景は、これからもきっと忘れないでしょう。
日本の方、特に女性は、とても若く見えます。そして本当に親切だと思います。ある日のこと、神戸へ初めて出かけて山側の改札から出てしまったようで、港はどこにあるのかしらと思案していたら、娘さんとそのお母さんと思われる二人連れの方が助けてくださいました。たぶんお母さんが「案内していらっしゃい」と娘さんに言われたのだと思います。娘さんが駅の反対側まで一緒に歩いて、港の方角を示してくださったおかげで、美しい港を見ることができました。
また、日本は公共スペースもどこもかしこもきれいで、夜も安全です。JICA関西で自転車を借りて六甲道に留めたことがあるのですが、かごに入れたヘルメットが数時間後に戻った時、そのままの姿で残っていたのには本当に驚きました。

インタビュアーから一言

モーリーンさんが、13人の研修員の中でただ一人の女性研修員として頑張っている姿を見て、ある日、コース担当の*2研修監理員の一人、八木さんにどんな様子か聞いたところ「各国の男性の中で、いつも中心にいてまるで扇の要のよう。彼女なしでは今年の研修は考えられない」と話していました。お話を聞いたのは6月30日、まさに都議会でのセクハラやじがマスコミを賑わしていた時でした。マイノリティの女性としての苦労などないですか?という質問もしてみましたが、「環境は選べない〜だから自分がそれをありのままに受け入れる」というコメントが返ってきました。男性ばかりの環境でうまく調和するしなやかさがモーリーンさんをグループの要にしたのでしょう。そして、最終日に行われた閉講式では研修員代表として、研修員仲間から選ばれたモーリーンさんがスピーチをしました。

閉講式 研修員代表スピーチ要旨

閉講式でスピーチする

ご列席の皆様。本日、インフラの防災対策コース研修員を代表して皆様にご挨拶申し上げることは大変光栄なことです。日本へやってくるのは私たちのみならず、国に残した家族、子供たち、友人たちにとっても大変な努力が要ることでした。私たちはそれぞれ、未知の国である日本に、かつては私たちの想像の世界のみに存在していた新たな知見を学ぶためにやってきました。日本国政府および関係団体の皆様のご尽力のおかげで本コースは無事終了いたしました。厚く御礼申し上げます。
私たちは、内容の濃い講義はもちろん、関係者が一体となって行ったさまざまな災害復旧の現場を直接見学することで、本当に多くを学びました。そして滞在中、ユニークですばらしい日本の文化を学ぶ機会に恵まれました。また博物館や寺社、お城、世界遺産などを訪れ、日本文化の源流に触れることもできました。
来日した当初はお互い知らぬ者同士、防災についても無知だった私たちは今、12人の友を得、災害対策の知識や技術を身に着けました。学んだレベルまで追いつくには、まだまだ長い道のりが待っているでしょうし、限界や力不足にも向き合わなければならないでしょう。しかし、この研修で得た知識とスキルをより広く普及させることにより、私たちはきっと希望するレベルに近づくことができると確信しています。
これはみなさんにお別れを言うためのスピーチですが、互いに会えるのはこれが最後ではないと私は信じています。世界は一つ。日本の皆さんの無欲の友情を通じて私たちが学んだ知見を以って、母なる自然が災害をどんなにもたらそうとも、私たちは何度でも立ち上がるでしょう。そして、災害対策による環境の改善を続けることで、私たちは互いに繋がるのです。お話したいことはもっとたくさんありますが、静かな川の水は深く流れる(Still waters run deep)と言うことわざの通り、口に出さないほうがいい言葉もあります。参加した研修員の国の言葉で、そして69日間、私たちを一つにした日本語で締めくくります。「ありがとうございます」

JICA関西 研修監理課 有田 美幸

*1 ケニア国公共事業省 道路局 Kenya National Highways Authority