ブータンで「災害に強いまちづくり」を実践したい〜ウゲンさん〜

【画像】研修コース名: 2014年度 災害に強いまちづくり戦略コース
研修期間:2015年1月12日から3月7日まで
役職名:ブータン 公共事業省移住部 主任都市計画担当官
名前:Mr. Ugyen M TENZIN(ウゲン)

ブータン国王ご夫妻が新婚旅行の訪問先に日本を選ばれ、福島県相馬市の被災地を訪問。慰霊の祈りを捧げられたのは2011年秋、東日本大震災から半年後でした。若く美しいカップルと国民総幸福量(GNH)という概念がマスコミを賑わしました。そのブータンに2012年、公共事業省の部署が再編成されて移住部ができました。「急速に都市化の進むブータン王国の将来のコミュニティに防災の要素を取り入れたいのです」と話すウゲンさんの目に、震災から復興しつつある日本の今はどう映ったのでしょうか。

日本へ持っていくカメラはどれ?

同僚と議論するウゲンさん

日本への出発のために準備していた私は、どのカメラを持参すべきか迷いました。オフィスの重いプロ仕様のもの、友達が持って行けよと言ってくれた軽量のデジタルカメラ、はたまた自身の「あまり賢くないスマートフォン」内臓カメラで十分だろうかと。「日本では細かいところが大事なんだ」少し前に日本から帰国した同僚はそう力説しました。彼は可能な限り最上のカメラを持っていくべきだと言いたかったのです。そんな些細なこと…と思われるかも知れませんが、仕事をまじめにとらえる私たちの職場では議論のテーマになるのです。私は、ブータンに新しく誕生した、建築家、都市計画の設計、計画立案者などが働く公共事業省移住部に所属しています。私たちのチームは、いわゆるブータンのしあわせのための都市計画の魅力と挑戦に携わる特権を持つ業務にかかわることを誇りにしています。

ブータン王国で都市計画:魅力と挑戦

地方行政官と共に開発地域を調査

ブータン王国は南にインド平野を北にはヒマラヤ山脈を頂く小さな山国です。脆い山岳地帯の生態系の只中で、私たちはしばしば信仰の教義に依り、環境と調和して生きることを学んできました。国は急激な変化を経ていますが、それでもなお圧倒的に伝統的な社会です。とりわけ人の道の精神と環境への尊敬を重んじる精神はブータンの人々の誇りです。そのため、社会経済的な発展、環境の保全、および文化の保護を念頭にバランスのとれたやり方で取り組もうと努力しています。

今なお人口の3分の2が山間部に暮らしていますが、ブータンでは急速に都市化が進んでいます。我が国で起こっている新たな課題は伝統的な集落に及ぼす都市化、すなわち安全や環境保護、文化への配慮のために新たな建物等の建設の圧力から護られてきた地域の開発です。ブータンの都市化の歴史は非常に短いものです。困難も多いですが、同時に今ブータンの都市計画に立案者として取り組むことにはやりがいも感じます。ほとんどすべての事業が先例となるわけですから。学びたいと思えば、そこには必ず教えたい人が現れます。私たちは常に模範となる「為すべき」そして「為さざるべき」事例を求めています。そんな時に訪れたJICAの「災害に強いまちづくり戦略」研修コースへの参加は吉報でした。

ブータンは地震発生のリスクが高い地域に位置しているだけでなく、洪水、地滑り、氷河湖の噴出による洪水など他の自然災害にも脆弱です。どこにいても自然災害は辛いものですが、災害への備えが不足しており、小さいながら繋がりの強いブータンのような国はより苦しみが大きいでしょう。そういう意味で、私たちは日本から、特に神戸から学ぶことが非常に多くあります。また研修コースでは、他の国々の研修員と情報を共有し、ともに学びあうという相乗効果も得られます。神戸に到着して以降、講義や現場見学などで多くの気づきがありました。研修プログラムとそれに付随する様々な活動を通して、私は自分自身の仕事に対する見方が変わりつつあることを自覚しています。

レッスン1.17: 阪神・淡路大震災の経験に学ぶ

1.17希望の灯り:参加者と共に祈りを捧げる

阪神・淡路大震災は人知を超える災害でした。しかし、コミュニティが学んだ教訓を得て立ち直る過程にあって、災禍の記憶をみんなが共有し伝え続けていることは、人々のレジリエンス*(resilience)の証ではないかと思います。強さと見識を持って人生のもっとも暗い瞬間に自身を鼓舞し立ち上がった人々を心から尊敬します。1.17希望の灯り、メモリアルウォーク、式典での献花など厳粛なセレモニーに参加しましたが、すべて心に残る経験でした。私は祈りの言葉を捧げながら、これだけの時間を経てなお震災の記憶が強く残っている事実に気づかされました。これこそが、震災で命を落とした被災者の方々の死を無駄にせず、その犠牲と遺族の方々の悲しみが記憶され、学びが将来の世代へも語り継がれることで、同じ痛みや悲しみに苦しむことがないようにするための証左であると思います。

震災により尊い人の命と計り知れないほどの財産が失われましたが、災害は希望の源ももたらしました。私たちは災害により人間の優しさの最良の形が引き出されたことにも気づかされたのです。地震発生直後、多くのボランティア活動や組織活動が開始されました。そして、それが災害管理に関連する運営方法に関する法律や基準が見直されるきっかけとなりました。さらにインフラ整備、コミュニティの創造、そして日本国内外における人々の繋がりについて、人々の理解に変化をもたらしました。「1995年1月17日に発生した大震災からの経験と教訓を活かした復興」のための兵庫行動枠組2005-2015が阪神・淡路大震災10年を迎えた2005年、神戸市によって採択されました。

震災の経験と教訓を語り継ぐ:語り部のことば

南三陸町:語り部の後藤さんの話を聴く

写真を撮るウゲンさん 

研修旅行で私たちのグループは東北地方の岩手県と宮城県を訪れました。もう一つの悲しく辛い足跡を辿る東日本大震災被災地への旅です。沿岸の被災地を巡りながら、私は母なる自然が偉大な恵みを与える一方ですべてを奪い去ってしまう破壊力も持っていることに大きなショックを受けました。私は南三陸町を訪ねた私たちに、地域の語り部として案内してくださった震災のご遺族である後藤さんのお話が忘れられません。心の痛みを抑え、目に涙を浮かべながら、2011年3月11日に起こった出来事を、多くの胸が張り裂けるような悲しいエピソードや命からがら逃げて助かった時の喜びなどを織り交ぜて語ってくださいました。彼のメッセージから、自然の力を敬うこと、我々人間の力の限界を知ることの大切さを教えられました。「生き延びるために必要なこと、それは科学技術の発展に無条件に依存することなく、私たちの五感に過去の震災の記憶を結びつけることで第六感を磨くことです。私たちは同じ過ちを繰り返してはいけません。とりわけ人命にかかわることは…」

日出ずる処:私にとっての日本

日本酒の樽の大きさに驚嘆!黒潮市場にて

浄土ヶ浜:研修関係者及び研修員の仲間たちと共に

私にとって最初の日本についての記憶は、「日出ずる処」と学んだ小学生の頃に始まります。山に囲まれた村を出たことのなかった幼い少年の私は、「なぜだろう?」と疑問に感じたものです。私たちの村にも毎朝、日は昇るからです。しかし本当のところ、日本に来てからというもの、「日出ずる国」固有の美を観察するのに飽くことはありませんでした。世界の他の地域に先駆けて「未来」にいることに気づくことは、特別の感慨があります。想像上の線引きにすぎないとしても、世の中の少し先にいることが、日本をして様々な点で世界に先んじさせ続けているのだろうかと思ったりします。

日の入りの風景も息をのむほど(最適な場所に最適な時間にいればですが)美しいものです。沈んだ太陽はまた昇り、新たな日が始まることを知っていることは、希望につながります。そして、この希望の兆しに因んで、今一度東北、南三陸の後藤さんに敬意を表したいと思います。彼は語り部としての話のしめくくりとして、私たちに次のように話してくれました。「私は震災で命を失った人々の記憶とともにこれらの教訓をみなさんと共有することで、他の人々が生き続けることができればと願っています。どうぞ私たちが震災を経験して学んだ事柄をみなさんの国の人々に伝えてください。どの国も、何人(なんびと)も災害で苦しむことがないように」

同じ精神でJICAは阪神・淡路復興20年を記念して新たに創られたこの研修コースへの参加の機会を、私に与えてくれたのだと信じます。震災の教訓と共に、私は日本が災害管理における知見と経験を共有することに対する真摯さと覚悟を学びました。この分野のみならず様々な領域において、日出ずる国「日本」がこれからも昇り続け、現在と同じようにその光と温かさが世界で共有され続けることを望んでいます。

 Ugyen M TENZIN(ウゲン M テンジン)
※本記事に記した意見は筆者の私見であり、移住部もしくはブータン王国政府の意向を反映するものではありません。

編集後記

2月7日(土)、8日(日)の両日、扇町公園・関西テレビ扇町スクエア・大阪市北市民センターを会場にワンワールドフェスティバルが開催されました。2月8日(日)午後、「災害に強いまちづくり戦略コース」に参加している8か国14名の研修員が、大阪市北市民センターの会議室で、各国の状況について発表しました。ウゲンさんは同じコースに参加しているノルブさんと共に、市民のみなさんにブータンについて時にユーモアを交えながら語りかけました。おかげでこのセミナーは大勢の方の参加を得て、楽しい学びの場となりました。神戸で、そして東北での出会いを通して、レジリエンスを念頭に置いた都市計画の青写真を描きつつあるウゲンさんの優しい語り口に、希望と確固たる未来への展望が見えます。ブータンの豊かな自然の中に、伝統文化と防災の要素がバランスよく調和した、安全で住みよいまちが生まれる日が楽しみです。

JICA関西 研修監理課 有田 美幸

研修コースについて:
「災害に強いまちづくり戦略コース」は、災害頻発国の防災計画策定に関わる機関における行政官を対象としてわが国における過去の大災害における行政や市民社会からの教訓・経験により明らかになった自然災害に強いまちづくりの要素を研修参加国と共有することにより、各国の社会的背景を踏まえた、災害被害の軽減に資するアクションプランを作成し、更には研修後、自国において災害に強いまちづくりのための防災計画策定に活かすことを目的として実施されました。

用語について:
※レジリエンス:復元力、回復力。英文コース名に使用されています。”Strategy for resilient societies to natural disasters”