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3年の博士課程を振返って(リックさん/ベトナム)-京都大学大学院工学研究科北村研究室(ナノ構造強誘電体材料、強磁性体材料の特性・汎用性を高める研究)

【画像】名前:Mr. Le Van Lich (ベトナム)
研修コース名:アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)機械・製造2長期研修員(博士)
配属先:京都大学大学院 工学研究科機械理工学専攻 材料物性学
研究テーマ:トポロジカルナノ構造を有する強誘電体におけるマルチフィジックス特性
研修期間:2013年9月23日から2016年9月30日まで
所属先:ハノイ工科大学

Lich さんは2013年秋にSEED-Net 長期研修員として来日、京都大学の北村研究室でナノ構造強誘電体材料、強磁性体材料の特性・汎用性を高める研究をされ、非常に優秀な成績で昨年9月23日に卒業されました。
3年という限られた研究期間で博士号を取得したLichさんのビハインドストーリーと彼から博士課程中の後輩への示唆に富んだアドバイスです。

独立心を養い自ら生きる。 ”天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず“(福沢 諭吉)

京大交換留学生の交流会(後列右から二人目がLichさん)

私は日本の近代化に最も寄与した偉人の一人である福沢諭吉と彼の有名な著書である”学問のすすめ“に影響を受けました。 ”学問のすすめ“の主題は要約すると-独立心を持つ-ということだと思いますが、彼の精神性に強く影響を受け将来自分も独立心を持った研究者になりたいと留学先を日本に選びました。そして自分の学問、生活を彼の教えに沿ってスタートさせました。

 幸運にも日本政府(JICA)の支援でアセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)の奨学金を得て博士号を取得することになりました。合格通知を受け取り日本での生活を考えながら眠れない夜を過ごしたことを今もはっきり覚えています。この奨学金を得たことは単に名誉であるだけでなく自分の夢を叶える特別な機会でした。

京都大学における3年間の博士課程は私の専門研究の知見を広げてくれました。私は運良く北村先生に師事しましたが、先生は私に強く自主性と創造性を促しました。その教えに従い早い時期から自主性を発揮しました。研究アイデアを組み立てるため“考える期間”を課し、反復プロセスによって研究の方向性がぴったりするまで練り直しました。北村教授の研究室でいくつかの最先端、先駆的な研究を知る機会がありましたが中でもナノ構造強誘電体のマルチフィジクス特性に夢中になり、この分野の破壊力学に研究を広げることにしました。私はよく科学スタッフや研究フェローと研究アイデアや分析実施方法の開発について議論し研究室会議でフィードバックを得ました。特に助教の嶋田先生との毎日の議論を通じて多くの技術を習得しました。このような経験から私は多様な背景を持つ研究者と効果的に意見交換し、協力関係を構築・維持していくコミュニケーション能力を高めました。同時に自分の得意研究分野を広げることで新しい経験と知識が増え、新しい研究アイデアを生むことに気付きました。

博士学位論文公聴会後、嶋田 隆広助教とLichさん

 博士号を取得するまでに私は10本以上の論文を著者、共著者として国際ジャーナルに投稿、出版されました。私の研究は同僚の関心を引き、時には論文編集者の目に留まりこの研究分野の原稿査読を依頼されるようになりました。
この経験は私に出版プロセスや査読者の役割をさらに理解し、洞察力を鍛える稀有な機会となりました。質の悪いレポートを提出することは編集者からの評価を損ない、同僚からの尊敬も失うことになるという思いから担当教授に相談しながら数週間をかけて周到に原稿を査読しレポートを作成しました。
時間のかかる作業ではありましたが、他人の原稿を深く掘り下げることは自身の研究にも役に立ちます。査読者であることは自分の知識を深めるだけでなく批判的思考法も磨かれました。加えて、いかに他人に失礼にならず、意欲を削ぐことなくコメントする術も身に付きました。

 私は指導や助言活動に恵まれました。博士課程2年目から私と同じ研究の方向性を目指す後輩学生に助言を始めました。これは私が彼らと同じ研究時期に習得した技術の共有を意味し彼らの技術の自主研鑚を励ますものです。もっとも重要な事として彼らに教えたことはいかに的確な質問をしてどこにその答え見出すかについてです。学生が間違った時に単に過ちを指摘するに留まらず、いつも正解にたどり着く方向へ導くようにしました。また、学生に積極的に議論に加わるように促しました。さらに、学生の研究進捗を絶えずチェックし各学生の具体的なニーズに合った教え方を工夫しました。 学生を指導することで幅広い学びのスタイルや性格を許容することができるようになったのですが、これは私の将来の仕事で実証されるかと。とは言え、理解が安定した時に学生が見せる輝く表情を見るのは最高の気分です。知識を伝えることは私にとって責任でもあり喜びでもあります。

学外活動:在日ベトナム学生青年協会京都/ベトナム・日本学生学術交流ミーティング/ベトアジ

ベトナムの正月を祝うパーティ会場 在日ベトナム学生青年協会京都メンバーとゲスト(後列左、Lichさん)

ベトナム学生学術交流ミーティング(VJSE2015)組織メンバー(左から2人目、Lichさん)

ベトアジ京都発足2周年記念(一番左、Lichさん)

私は指導経験を通じて培った対人関係やリーダーシップに感謝し、学外で自分のコミュニケーション・リーダーシップ能力を発揮できるより大きな役割を引き受けました。2015年に私は在日ベトナム学生青年協会(京都)の副会長に選ばれました。協会の会員は200人を超えます。副会長として私は京都に住むベトナム人の結束と支援のため多くのイベントを開催し、特に京都大学で開催された第8回ベトナム学生学術交流ミーティング(VJSE2015)運営に参加しました。このミーティングでは50のレポート発表、7つの同時セッションがあり、日本とベトナムの多くの大学から学生、教授、研究者、活動家等120名の参加がありました。

さらに、ベトアジという慈善・非営利団体でボランティアをしました。この団体はベトナム料理教室を開きベトナムの地方山岳地帯に住む経済的に恵まれない学生に財政支援をしています。日本人や外国人にベトナムの文化も紹介しています。京都大学での交換留学生交流会に招かれ自身の研究経験やリーダーシップについて発表したこともありました。このように多くの役割を果たすことで忙しい日々でしたが、会議の開催方法、いかに異なる分野の人々の意見をまとめ、異なる意見を調整するのかといった重要なスキルを学びました。

博士課程後輩へのアドバイス

【画像】 来日してからちょうど3年目の2016年9月23日に博士号を取得しました。多くの卓越した人々、関係組織の支援と励ましを無くしてはこの素晴らしい3年間を過ごすことはできなかったでしょう。皆様にこの場を借りて深く感謝いたします。私は卒業して新たな挑戦と研究を継続します。そして難解な問題に取り組む有望な学生を指導していくことで社会に積極的な役割を果たしたいと願っています。

最後のメッセージとして、博士号取得を目指す後輩に私からのアドバイスです。
博士課程の3年間は長くはないけれど人生で最も重要な期間の一つだと思います。博士課程開始時点から博士号取得後の自分のキャリア形成について考える時間を持って下さい。自分の考えに忠実に、心の声と直感に従う勇気を持つことです。最後にスタンフォード大学卒業式での故スティーブ・ジョブズのスピーチから引用します。

“あなたの時間は限られている。だから誰かの人生を生きて時間を無駄に過ごしてはいけない。”

Le Van Lich JICA長期研修員 2013-2016