災害時における「こころのケア」-日本とチリの経験を通じて-

2017年10月19日

2017年8月、中南米チリ共和国において、国家ガイドライン「災害時におけるこころのケアモデル(西題:MODELO DE PROTECCIÓN DE LA SALUD MENTAL EN LA GESTIÓN DEL RIESGO)」の作成発表セミナーが行われました。災害時のメンタルヘルスを扱うものとしてはチリ国初となるこのガイドラインは、2014年から3年間、JICA関西が兵庫県こころのケアセンターと実施した研修を通じて作成されたもので、日本の過去の災害経験や教訓、防災対策が強く反映されています。

「こころのケア」とは? -日本の経験-

作成発表セミナーの様子

チリ保健省大臣、災害対応局副長官、日本大使を交えた記念撮影

「こころのケア」という言葉には、どの様なイメージがありますか?
精神科医が患者に施す特別な治療やカウンセリング、という印象を抱きがちな「こころのケア」ですが、実はそうではありません。一般的に災害に見舞われた方は、災害の恐怖経験、身近な方の喪失、また環境の変化などと多くの強いストレスを受けられますが、その多くは、生活環境・健康状態の改善や生活の再建、人との繋がり等を取り戻すことで、特別な治療が無くとも、時間の経過とともに改善されると言われています。その過程で何よりも重要になるのは生活や人との繋がり・コミュニティの再建であり、被災者の方にとっては、災害後に少しでも早く生活の基盤を整えることこそが一人一人の自然な自己回復力を促す、何よりもの心理的支援=「こころのケア」となります。こうした支援を行うには、被災者の友人、家族、近隣住民、行政、医療機関など、社会全体がその考え方や重要性を理解し、日常生活や行政サービス、災害対策等の様々な場面に「こころのケア」の考えや取組みを根付かせ浸透させていく、そのためのシステムを考える事が必要です。
災害国である日本においても被災者の心理的支援は長年にわたって重視され難い分野でありましたが、1995年の阪神・淡路大震災以降その重要性が再認識され、「こころのケア」という言葉の誕生と共に、災害経験を経て今の形に発展しました。

チリにおける「こころのケアモデル」

日本での研修の様子(閉講式)
兵庫県こころのケアセンター加藤センター長、大澤研究主幹と共に記念撮影

2010年チリ地震の慰霊モニュメント

JICA関西が実施したチリ国別研修「災害時等におけるこころのケアモデルの構築」は、こうした日本の経験を日本と同じく地震・津波国であるチリに伝え、チリの災害対策を充実させる事を目的にしています。研修は、日本で初めて「こころのケア」に関する研修、研究、診療を行う総合拠点として設立された「兵庫県こころのケアセンター」の全面的な協力を得て実施されました。3年間の研修を通じて、チリで災害時の現場対応にあたる国家災害対応局(ONEMI)と保健省(MINSAL)、研究機関である国立防災研究センター(CIGIDEN)の3機関によってガイドライン「災害時におけるこころのケアモデル」が作成されました。ガイドラインはONEMIとMINSALを中心とした災害対応機関がそれぞれ災害前・中・後にどのように連携し活動を行うか、また、いかに被災地の情報を集め、地域のニーズを反映した行政サービスを提供するかなどが詳細に記載されており、災害発生前の予防段階の活動や、各機関が連携して対応にあたる重要性など、日本の研修で学んだポイントが多く反映されています。また、それらの対応・活動をすべて被災者の自己回復力向上につなげるという点がガイドライン全体にわたって強調されており、これは日本の「こころのケア」の概念がチリに伝わり、浸透しつつある成果とも言えます。
素晴らしいガイドラインが作成されましたが、しかし実際のところ、3回の研修経験だけでこの成果を挙げるのは容易ではありません。プロジェクトリーダーのウンベルト・マリンさん(CIGIDEN)はガイドラインの発表セミナーにて、「防災対策が進む日本では、『災害時のこころのケア』のあり方も分かり易く文章化され、システマチックに行政対応が行われていると思っていました。しかし『こころのケア』はあまりにも日本の日常に自然な形で溶け込んでおり、それを分析し、チリの活用に向けた検討を行うには大変な努力が必要でした」と話しています。研修に参加した3機関は日本の研修からの帰国後もチリで常に打合せ・作業を続けており、チリの皆様のご尽力が、今回の成果に繋がったと言えます。

災害に強い社会に向けて

今後チリでは、このガイドラインを更に実践的な内容に落とし込んだ「災害・緊急対応こころのケアマニュアル」の作成が予定されており、また中部のビオビオ州では、直近の森林火災の対応データを分析し、州独自の対応マニュアルや分析ツールを開発する取り組みが進められています。
素晴らしいガイドラインが作成されましたが、これはゴールではありません。完成したガイドラインをチリの現状や被災地のニーズに合った形で柔軟に見直し、修正を行い、発展させることで、災害に強い社会づくりに繋げることこそが重要です。日本とチリの協力で誕生した「災害時におけるこころのケア」が、これからはチリ独自の形に発展していく事、またこうしたチリの経験が中南米各国に発信される事を願います。

業務第一課 後藤田 蕗子