一難去ってまた一難。

氏名:三関 理沙
隊次:平成26年度1次隊
職種:コミュニティ開発
任地:オザヤ
配属先:ニエリ南児童局
出身県:栃木

「子どもを育てる家族やコミュニティの支援をしたい!」
という強い思いを胸に、ケニアの大地に降り立ちました。

ケニアの首都ナイロビからミニバンで2時間半。ケニア山を囲むセントラル地域にあるオザヤという街が私の活動場所です。標高およそ1900m、お茶畑が山一面に広がる自然の豊かな場所です。生まれ育った栃木を思い出させるような緑豊かな景色がとても気に入っています。

私の配属先、ニエリ南児童局は日本の児童相談所のような施設で、毎日子どもに関わる問題を持ったたくさんの人たちが訪ねてきます。虐待、育児放棄、登校拒否、養育権問題など様々な問題が日常的にコミュニティで起こっています。このような問題に一緒に立ち向かう心強いケニア人のボランティア11名が児童局にはいます。彼らは自分の仕事や家庭を持ちながら、地元の子どもたちのためにより良い社会を作りたいという情熱を持った人々です。私の主な活動は、彼らが活動しやすいようにお手伝いすることです。彼らの情報共有、業務効率化、意欲や能力向上のために定期会議やトレーニングを開催しています。他にも子どもの権利の啓発活動等を同僚と相談し、実施しています。

ある日、発達に遅れがある子どもへの虐待の通報が児童局にありました。児童官の指示の下、その地域のボランティアと家庭訪問を行いました。通報をした近所の人によると、子どもが泣き叫ぶ声が聞こえるが、子どもが長時間家に閉じ込められて、姿が見えないとのことでした。残念ながら、このようなケースが活動している地域では多く発生しています。農作業や外へ働きに出る親が、仕事をしながら世話することのできない幼児や障害児を自宅に残し、出掛けているのです。親としても、稼ぎがないと子ども達を養うことができないため、苦渋の選択です。

ご紹介したケースでは、通報のあった家族に、子どもを学校に通わせることを提案しました。しかし、その家族にとって"学校に子どもを行かせる"ということは、簡単なことではありません。特別支援学校へ入学する手続きには、いくつもの壁があります。まず特別支援学校へ入学するために、子どもの発達や障害を検査する施設で、学校への紹介状を手に入れなければなりません。紹介状を入手するためだけに、家からバス乗り場まで、歩くことが不自由な娘を背負って1時間歩き、運賃を払ってミニバンで隣町まで行きます。バスの降り場から、不案内な道を歩いて、検査施設へたどり着かないといけません。ようやく紹介状を手にすることができても、更にミニバンに乗って他地域にある特別支援学校へ入学手続きに行く必要があります。この手順を聞いた家族はたいてい、交通費が工面できないことや、まったく知らない地域の施設へ行かなければいけないことに対し、不安を感じてしまいます。そしてこの家族の場合、お母さん自身にも軽度の知的障害があります。会話の受け答えができるものの、1人で全ての手続きを完了させることができるのでしょうか。

そう、こんな時こそ、我が児童局のボランティアの出番です。一緒に公的手続きを進めることによって、家族の不安を取り除き、適切なプロセスへ導くことができます。現在、家に閉じ込められていた少女は、ボランティアの支援を受け、学校に入学するための手続きを無事に終えることができました。しかしながら、特別支援学校の受け入れ枠がなく、空きを待っている状況です。ケニアは簡単に物事がうまく進みませんね。一難去ってまた一難。

しかし、この働きかけにより、配属先の児童局も発達に遅れがある子どもたちとその家族に対しての支援の必要性に気づき、新しい取り組みを始めようとしているところです。少しずつではありますが、子どもを囲む家族やコミュニティが子どもを育てやすい環境になるように、地元のボランティアと活動を続けていきます。

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自閉症と診断された少女とお父さん。現在は家族が交代で少女の面倒をみています。

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少女と筆者。外国人が来たー!と最初は驚いていたようですが、最近ではお友達になれたようです。

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隣街の子どもの特別支援センターへ。歩くことが不自由であるため、お母さんがいつも背負っているのですが、たまには運動した方がよいのでは?ということで、ゆっくり、ゆっくり、時間を掛けて、歩いています。