元青年海外協力隊員
市野 紗登美 さん
インド洋に浮かぶ島国、マダガスカルで青年海外協力隊員として活動してきた市野紗登美さん(長野市出身)は6月、今度は国連ボランティアとして東ヨーロッパのウクライナに赴任します。海外を舞台に活躍する市野さんの原点は、世界のトップアスリートが集結した長野冬季五輪でした。世界的なスポーツの祭典が市野さんの心に何をもたらし、どのように成長してきたのか、その軌跡をうかがいました。
1998年2月、世界の目が長野に集まりました。20世紀最後の冬季五輪の開幕です。当時小学校6年生だった市野さんは、五輪のテーマソングを歌い、踊る「雪ん子」の1人として開会式に参加しました。この舞台で市野さんに強烈なインパクトを与えたのが、地雷撤去作業中に手足を失いながらもマラソンを続けるイギリス人聖火ランナーでした。「地雷や戦争で苦しんでいる同年代の子どもがたくさんいることを知ったんです」。市野さんの目が開発途上国に向いた瞬間でした。
「世界の子どものために働きたい」。五輪を機に芽生えた思いを胸に、市野さんは大学で開発学を専攻し、アメリカへの留学やガーナの病院でのインターンシップ参加など、目標に向け準備を進めます。その中で、「保健」への関心を高めていった市野さん。「何をするにも生きていくことが一番大切と思ったんです。そのために、病気を予防する活動をしたいと考えるようになりました」と振り返ります。
大学卒業後、市野さんは青年海外協力隊に参加。コミュニティの開発などを担う「村落開発普及員」としてマダガスカルに赴任しました。活動場所は首都からバスで2時間ほどの小さな村。電気はあったものの水道はなく、住宅の2階に住んでいたため「とにかく井戸からの水汲みが大変でした」といいます。
村の診療所に配属された市野さんは、住民の衛生環境の向上を目指し、保健ボランティアとともに地域を巡回しながら現状把握に努めました。この中で気になったのが、手洗いの習慣がないこと。もともと予防可能なケースが多い下痢性の疾患により命を落とす子どもの多さに心を痛めていた市野さんは、活動の目的を手洗い意識の向上にしぼり、手洗いの手順の指導や、啓発紙芝居の上演などを始めました。
一連の活動は地元のプロ歌手をも巻き込んだ「手洗いソング」として結実します。軽快なリズムと手洗いの動作を盛り込んだダンスは、音楽好きのマダガスカルの子どもの間に徐々に広まっていきました。「手洗いの意識付けを楽しくやりたかった。子どもたちが手洗いの重要性に気づいてくれたのは良かった」と協力隊の活動を振り返ります。
協力隊を終えた市野さんが、国際協力活動の次のステージとして選んだのは国連ボランティアでした。赴任するウクライナは、偶然にも長野冬季五輪の開会式で市野さんが選手団入場を先導した国でもあります。「なんだか運命的なものを感じます。マダガスカルとは全然違うと思うけど、これまでの経験をいかし、精一杯活動したい」と意気込む市野さん。長野五輪の「雪ん子」の心に灯った熱い“聖火”は、まだまだ燃え続けます。
長野五輪で「雪ん子」を務める市野さん
学生時代にインターンシップで訪れたガーナの病院で
マダガスカルの小学校で手洗いの指導をする市野さん