国立大学法人 長崎大学 大学院工学研究科 准教授
西川 貴文(にしかわ たかふみ)氏
今回の『「人」明日へのストーリー』は、これまでラオスやキルギスなどの道路維持管理の国際協力に貢献され、現在、JICAの研修「橋梁維持管理」のコースリーダーであり、長崎大学大学院工学研究科にて構造工学・維持管理工学を専門に研究・教育に従事されている西川貴文准教授に、2018年2月25日から2018年3月24日まで行われた上記課題別研修についてお話を伺いました。
鋼構造物の診断技術演習に取り組む研修員
途上国に限らず、架設後の橋梁が抱える問題は、比較的初期に生じる欠陥、地震などの突発的な事象による損傷・崩壊、そして経年的な劣化・損傷による機能不良や耐荷力・耐久性の低下に大別されます。このなかで、地震や洪水など気象現象に起因する損傷のリスクは地域性による大小がありますが、初期欠陥と経年劣化は全ての橋梁が抱える問題といえます。
初期欠陥は、計画・設計段階における想定や配慮の不足、例えば材料や工法の不適切な選定などによるものと、施工中の材料管理や施工精度など品質管理(管理と監理)の低さによるものが考えられます。日本では、過去の事例から教訓を得て、非常に高質な品質管理や施工監理のシステムが構築され、また、そのシステムが徹底されているため、初期欠陥が生じることは近年ではまれと聞いています。一方で、開発途上国は比較的早期に不具合が生じるケースが少なくないようで、我々の「橋梁維持管理」研修の研修員の多くが品質管理、施工監理を主要な課題に挙げています。
もう一つの、経年的な劣化・損傷に起因する耐荷力・耐久性の低下は、主に維持管理不足によるものです。橋梁の維持管理は、一般に、費用がかかるうえ、高度な点検・診断・補修技術が求められます。多くの途上国では、予算の制約や知識・経験・技術を持つ人材の不足などにより、既存橋梁を適切に維持管理することが大きな課題となっています。実は、これらは日本国内の地方自治体も同様に抱える問題なのですが、近年、日本でもしばしばニュースで取り上げられた損傷事例や事故の発生によって、維持管理の重要性についての認識が高まり、 国を挙げて維持管理の徹底に取り組んでいます。一方、開発途上国では、やはり建設・整備が優先され、維持管理の重要性は認知されていない、または後回しにされる状況にあります。
このような状況から、開発途上国に橋梁維持管理に関する知識と技術を伝えるため、新しいタイプと言われている研修事業を2016年から2018年までの3年間にわたり実施しました。
研修中はできるだけ研修員の前に立って研修員の言葉を受け止めるように努めることで質問や要望を引き出す
モニタリングでは現地の強い要求に圧倒されるが、それが次の研修へのモチベーションを一層高めてくれる
この研修事業では、日本での研修と研修終了後の参加国での現地モニタリング活動がセットとなっています。この事業では、アクションプラン(帰国後の活動計画)の進捗をレポートによって報告してもらい(レビュー)、さらに参加国のいくつかに実際に訪問することによってその進捗やプラン遂行上の問題点を直接把握することができます(モニタリング)。レビュー・モニタリングを行うことにより、研修効果を我々自身で分析・評価することができ、次の年の研修に改善策としてフィードバックできる点も大きな特長です。また、現地訪問時にはフォローアップとして、研修員からのリクエストに応じた内容のセミナーやワークショップを開催します。これは相手国や機関、帰国研修員にとっての大きな利点と言ってよいと思います。
また、実施体制について、事業を円滑かつ効果的に遂行することができるように、大学とコンサルタントが連携する体制を整えました。長崎大学が有する社会基盤インフラの維持管理分野の人材育成の実績と、JICAの技術協力プロジェクトや調査業務等における人材の育成や能力開発についての(株)国際開発センターの豊富な知見・経験を統合することで、まさに互いの得意な部分が活きる連携体制を築くことができたと言えます。その土台のうえで、国土交通省や土木研究所、長崎県、東京大学や大阪大学など他大学の先生方、民間企業各社に協力を要請し、産官学の英知が集結した研修プログラムを構築することを狙いました。
運営面では、この研修では2名のコーディネーターの方とともに研修に取り組んできましたが、我々実施チームとコーディネーターのお二人との間で、役割分担を明確にしつつも柔軟に、また密接に連携するように努めました。その甲斐あって、研修員との間に非常に良い関係とネットワークを築くことができました。研修期間中から終了後も続く研修員と我々との関係性の良さが、この研修の最たる特長と言ってよいかもしれません。
大学の業務との両立など大変なことも多いが、研修員やモニタリング先で出会う人々の言葉と笑顔が力をくれる
研修期間および内容を大きく3つのパートに分け、まず第1部に橋梁維持管理の全体概要から橋梁の構造的な性質、劣化・損傷の事例および特徴、点検・診断、補修技術等に関する講義・演習・視察を設けました。第2部では、維持管理に関わる組織・体制や維持管理計画の事例、入契・発注、施工監理、アセットマネジメント(※)、PCM(プロジェクト・サイクル・マネジメント)手法など、管理、計画・方策の領域を重点的に取り扱い、第3部は研修員の帰国後の活動計画作成のため、ワークショップ形式の講義・実習、討議に時間を割きました。その大きな流れのなかに、インフラ維持管理に関する先端的な技術研究・開発事例の紹介や、ニーズ(必要性)とシーズ(特別な技術や材料)のマッチングを狙った実用的な技術の紹介、維持管理意識の高揚を狙ったワークショップ等を配置しました。先ほど申し上げたとおり、この研修は参加する国・研修員が多く、職種や職位、維持管理の現況が様々であるので、講義や演習の範囲(広さ)と濃度(深さ)のバランスに特に配慮しました。
(※)道路や橋などの公共施設について、将来の損傷や劣化を予測し、最も費用対効果の高い維持管理を行い施設を長持ちさせる考え方
長崎大学正門前、満開の桜の下で(2016年)
アクションプラン(活動計画)は、その名のとおり実際に行動(アクション)を起こすことができるプランである必要があります。理想に走り過ぎる(ideal)プランでは、帰国後にいざ実施を図る際に大きなハードルに直面する可能性が高いのではないかと考えています。活動計画作成に際しては、「Not an ideal plan, but real plans!」という言葉を繰り返しました。また、リアリティのあるプランの立案を助けるため、まずは研修員全員に第1部および第2部で得た知見をもとにカントリーレポート(自国の課題をまとめたレポート)を最終化することを求めました。最終化されたカントリーレポートは、活動計画の直接的なベースになるという考えからです。 さらに、この研修事業の最大の特長である前年度の研修およびモニタリングで得た知見や経験をフィードバックとして研修員に提供しました。1年目には実現可能性が高いとは言えない活動計画がいくつか見られましたが、最終年である今年はほぼ全ての研修員が、点検シートの整備や改善、損傷事例集の作成、所属部署での研修の実施など、現実的かつ具体的で効果が明確に示されやすいと言えるプランを発表してくれ、成果があったとみています。一方で、開発に多大な投入と時間を要する高級なBMS(橋梁管理システム)の開発を掲げたプランも見られました。これらに対しては、地域を絞って始めることや、比較的小さな規模で試行して実施上の課題をもう一段掘り下げて分析することなど、実現可能性を高めるための再考を促しました。
活動計画を実現していくということは、常にチャレンジングであり、上司や同僚の説得、関係するさまざまな組織を動かすことも要求されます。研修員が帰国後も維持管理意識を維持し、日本での経験を活かして行動を継続してくれることを強く願っています。
聞き手:JICA九州 研修業務課 小川容子