~世界に認められた「Semi-Aerobic Landfill Concept」~
福岡大学名誉教授
松藤康司さん
今回の「人」明日へのストーリーは、長年に亘りJICAの研修員に廃棄物埋立技術の「福岡方式」を指導していらっしゃる福岡大学名誉教授の松藤康司先生です。
松藤先生は1988年から1990年までマレーシアに埋め立て技術移転のためにJICAの長期専門家として派遣されたのち、1991年から現在まで全国各地のJICA拠点から毎年約50ヶ国、100名程度の研修員を福岡大学で受け入れ、「福岡方式」を伝えてこられました。
お話を伺いましたのでご覧ください。
「福岡方式」とは準好気性の廃棄物埋立技術です。
埋立地で空気が無い嫌気的な環境において、埋立底部に空気が入りやすく、汚水を抜きやすいパイプを入れて速やかに水を抜き呼吸が出来る様にしていきます。
機械で空気を一気に入れるのではなくて、微生物の発酵熱を利用して埋立地内に対流を起こさせると熱対流でお風呂の熱い水が下部から上部に上がるように、どんどん対流が起きることで埋立の底部に外から新鮮な空気が入っていきます。
人間の毛細血管が隅々まで酸素を届けるように、出来るだけ隅々まで空気が入った方がよいため、埋立地の中にパイプを張り巡らせ空気を入れます。そうすると、廃棄物の分解スピードがアップし、浸出水に含まれる汚濁物質の濃度も削減するわけです。
好気的になるということは「メタンガス」の発生が少なくなり地球温暖化への貢献にもなります。
それから、埋立地が早期に安定するということは、その埋立地を早く使えるようになることでもあるので跡地利用もやり易くなります。
また、材料はこれでなければいけないということではなく、「ローカルマテリアル」と呼んでいますが、現地でも調達できるような材料を使っても、パーフェクトではないものの一定の効果は発揮します。
ですから、開発途上国でも例えば使用する石は天然石じゃなくても、建設廃棄物でもいいし、レンガでもよいのです。ある島ではビールのケースの割れたもので代用したこともあります。
「ローカルマテリアル」を使ってやれるということが、開発途上国の人たちが埋立地の改善に一歩踏み出せる動機づけになっていると思います。
福岡方式のやり方の基本は変わりませんが、雨の多さとか温度等の気象条件、また地質条件や酸素濃度が影響してきます。例えばブータンやメキシコは高度が3,000mくらいなので酸素が少ないわけですが、そういう所と高度が低い国を比べると若干ですが微生物の数は違いますから、ある程度の埋立地の設計変更はしないといけないわけです。
アフガニスタンみたいに雨が非常に少ないところと、熱帯雨林のように年間3,000mmも降るところでは、雨の量がかなり違いますので、汚水を貯める調整池の大きさは変えていかなければいけないですね。ですから我々は14ヶ国くらいの環境が異なる国でモデルケースを行い、国情に合った福岡方式の技術移転を地球規模でやっています。
2017年の10月の初めに「国際廃棄物管理会議」という国際学会で特別賞を受賞したのですが、その時の評価が「長きにわたって世界全体に準好気性埋立ての概念を広めたことに対して表彰する」ということで「準好気性埋立技術」を英語で「Semi-aerobic Landfill Concept」と学会側が書いてくれました。実は「Semi-aerobic」というのは和製英語の造語です。造語だったからこそ「福岡方式」のことを「福岡メソッド」といって、言葉の方が独り歩きして、特に英語圏では正式な英語の名称がないものですから、なかなか認めてもらえませんでした。ですので和製英語の「Semi-aerobic Landfill Concept」が専門家の中でも堂々と使えるようになったというのは快挙だと思っています。1975年に提案して2017年で、42年と約半世紀近く掛かりました。
1988年から1990年までマレーシアに埋め立て技術移転のため派遣されました。
その背景にはJICAの専門家として先にマレーシアに派遣されていた桜井国俊先生(元沖縄大学学長)がマレーシア国として本格的な廃棄物管理のマスタープラン(ABC plan)を策定され、その廃棄物分野の改善プログラムとして12の行動計画を挙げられたのですが、最重要テーマとして「衛生埋立」の技術移転がありました。そこで、桜井先生の後任として私が行くことになったのです。
それまで、既に「福岡方式」は20数年の実績がありましたから、日本国内の有識者の間ではオーサライズ(公認)されていました。しかし「文化や気候が違う海外で果たして応用できるのだろうか?」という思いもありましたが実際やってみると比較的効果が出ました。
その頃のマレーシアの埋立地は私がゴミの研究を始めた1971年当時のフィールドで調査の場所であった福岡市東部の八田地区の埋立地によく似ていて、まるでタイムスリップしたようでしたね。ですから、駆け出しの頃に福岡市の埋立地の現場で学んだことを生かし、ひとつひとつマレーシアでも埋立地の改善を行いました。
それまでは開発途上国で「埋立地の改善を行う」といっても、現地の埋立地の一部は廃棄物から発生したガスに引火した火の海でした。また教科書的に場所を選び行うサイトセレクションで新規の埋立地を作るのですが、JICAの専門家が日本に帰国した途端にまた、元の状態に戻ってしまっていました。そこで桜井先生と話して現状の埋立地をまずは改善し、ある程度の効果が出ればその次に福岡方式の技術移転を行い、最後に汚水処理を行うという3段階でやることにしました。直ちにではなくてステップバイステップで一つずつ改善して次の段階にいくという挑戦でした。
私は講義で50年前くらいからの日本の技術の進歩を話すのですが、日本もいきなり「パッ」と一気に成功したわけではなく、失敗を重ねながら新しい知見に遭遇しながらやってきたわけです。そこをきちんと教えないと技術移転は成功しないということを若いころに叩き込まれましたので、それを思い出しながらやったというのが、マレーシアでの技術移転の成功の秘訣だったかなと思いますね。
マレーシアでの成功事例は急速に国内外で注目を集めるようになりました。そこでマレーシアから帰国した翌年の1991年から、JICA研修員の受け入れをスタートし福岡大学は廃棄物埋立技術に関して全国のJICAの拠点になり、研修員が毎年約50ヶ国から100名程度が訪れ「福岡方式」を学ぶことになったのです。テキストも少しずつ更新しながら作ってきました。アジアのODA対象国からは、ほぼ来ていると思いますが、最近では中南米、南米、特にアフリカの研修員が増えてきていますね。
福岡方式は先に述べたように「ローカルマテリアル」でできるので、先日も講義後に研修員が「今まではお金がないとできないというイメージでしたが、自分たちの国にある材料でも福岡方式が導入できるんだということに気がつきました」と述べてくれました。
日本に学びに来て「ひょっとすると自分の国でもやれるかもしれない」という希望を持ち、この先、廃棄物の専門家として腰を据えて取り組むような人が一人でも多く研修員の中から出てくればいいなと思っています。
私自身、畑違いの薬学部から廃棄物の専門家になったわけですが50年やってきて特に後悔していません。しかし私も駆け出しのころは周りの人達から「何故、大学まで出てゴミの研究をやっているのか?」と白い目で見られていました。同じように研修員も自国でそういう思いをしているかもしれませんが「これは大切な内容だから私が頑張らなければ自分の国のゴミ問題はよくならない」という考えを持つ研修員が一人でも出てくればJICAの研修としては成功ではないかなと思いますね。
2018年3月で福岡大学を定年退職した私のこの先の夢は「福岡方式」の限界への挑戦です。
技術というのは限界があるんです。具体的には「福岡方式」を使うことが出来ない場所もあると思います。例えば、微生物発酵を中心としているので、微生物の生活しにくいところでは、今のところ運用できないと思います。また好気的ということが前提ですので、酸素がないところでは同じく難しいと思われます。
どこまでが福岡の地で開発された国産の「福岡方式」の限界かというのを明確にしないと本当の意味で「学問」としての体系づけというのが出来ないのではないかと思っています。
車はとても複雑な機械だけども、万人が使用できますよね。ところが、未だ埋立技術はそこまで完成したものではないんです。
資金が乏しかったり、識字率が低かったりしても、この方式は使えますよという段階になるまでには、まだまだ発展途上の技術ですから挑戦していかなければなりません。
やればやるほど、奥が深いと思いますし、私に続く若い研究者や技術者の方々にも期待しています。
とにかく今、取り組んでいるプロジェクトを少しでも前進させたいですね。