研修員対象日本語講師
林田眞美子(はやしだ まみこ)先生(写真左)、自見政子(じみ まさこ)先生
職場体験プログラムの高校生が参加した日本語講習にて
JICAでは研修員に対し、滞在期間中の生活を容易とし、日本についての理解を深める契機となるよう、また、日常生活に必要な日本語を教授することにより技術研修の円滑化を図ることを目的として、日本語研修を行っています。
通常は技術研修終了後の夜間に3回から7回の日本語講習を実施していますが、船上での漁業実習や、防災訓練が含まれる等、日本語の習得が不可欠な研修コースにおいては集中講習として日中に1日から2日間で実施しています。
技術研修では研修員の母国語または共通言語である英語で授業が行われており、研修員自身、または一般的に日本語を学ぶ必要はないのでは?と思われがちですが、研修先で研修員から日本語で挨拶や自己紹介をすると、先方に外国人に対する気構えが消え、親近感を持っていただけるので、良い関係が構築できるという直接的なメリットもあります。また、風習や文化の異なる海外で言葉がわからないまま生活をすることは不安の要因にもなりがちですが、日本語や日本語を通じた日本文化の理解により一つでもストレスが軽減されることで、研修に専念できる環境づくりにも役立っています。
JICA九州で10年以上もの長い間、日本語講師として研修員にご指導いただいている、林田眞美子(はやしだ まみこ)先生と自見政子(じみまさこ)先生のお二人に、お話をうかがいました。
研修員と高校生の交流がスムーズにすすむよう、ペアワークでまず自己紹介を行い、会話を促します。
【林田】以前、子供英語教室で英語を教える仕事をしており、子供が英語を話せるようになるプロセスを見ているうちに、「言語」そのものや、「英語以外の言語=自分の話す日本語」を教える仕事に興味が転じ、英語教室に勤務する外国人講師に日本語を教えるようになったことがきっかけです。また、英語学校の講師はネイティブスピーカーですが、言語そのものへの興味からいろいろな国で話されている英語を聞いてみたいと思い、JICA日本語講師を希望しました。
【自見】漠然と海外で仕事をしてみたいと思っていましたが、国際交流基金のJALEX(Japan Language Exchange)プログラムに参加し、若手日本語指導助手として米国の公立中高等学校で日本語を教えたのがきっかけです。帰国後も日本語指導に携わりたいと希望していたところ、友人から近所にJICA九州が設立されていたことを知り、偶然にも日本語講師を募集していたため、それ以来、研修員の日本語指導に携わっています。
別の研修グループと合同研修を行うこともあります。通常は共通言語の同国研修員とも日本語で話します。
【林田】以前、修士以上の学位取得を目的とした長期研修員プログラムで来日から大学院入学前の間の1か月程度、日本語授業を行っていましたが、多くの研修員が2-3年後、帰国前に来所し、日本語講師室に顔を出し、日本語で挨拶してくれたことです。また、世界情勢の変化により、中国やアジアからの研修が多かった頃から、東欧、中南米、アフリカへと来日研修員の国や地域が変遷したのも印象深いです。
【自見】多くの研修員を指導するため、コース終了と共に名前を忘れてしまうこともあり申し訳無いのですが、その中で強烈に記憶に残る人は数多くいらっしゃいます。当時の状況を懐かしく思い出せるようなお土産も多くいただき、見るたびに贈り主の顔が浮かびます。
授業中に起きた様々な出来事の一つとして忘れられないのは「Jimiさんはひまです!」と突然、大声で叫ばれたことです。日本語として文になっていることは感動でしたが、授業をしている自分が暇とはどういうことか?と怪訝そうな私を見て、彼はテキストを見直し、間違いないことを確認し、満面の笑顔で再度叫びました。彼の指差した箇所には「free= hima」とありました。freeには自由や暇なという日本語の意味があり、私自身、授業を楽しくしたいという意図で活発なクラスを目指していることから、研修員がクラスのことを「自由な」雰囲気があって良いと感じたとのことでしたが、皆で大爆笑したのも良い思い出です。限られた時間の中で、できるだけ多くのことを定着させたいという気持ちがあり、自由な発言だけが飛び交う授業にならないよう、毎回気が抜けませんが、学んだばかりの「日本語で何かを伝えたい、話したい。」という意欲をいろいろな形で示してくれる研修員が、そのパフォーマンスと共に忘れられません。
毎日のハードな研修終了後、日本語の講義でリフレッシュしてもらえると嬉しいです。授業では、動き回りながら、皆にわかりやすいようジェスチャーを交え、大きな声で話すので、多少疲れを感じることがありますが、かえって元気をもらいます。
【林田】以前はもっと研修時間が長く、ひらがな、カタカナまで学習項目に含まれていたこともありましたが、現在は1.5時間×3回が基本コースとなっています。しかし、受講者の皆さんはほとんどの方が熱心に受講し、延長の要望もあげられます。好奇心旺盛な研修員のニーズに応えることは、地域の方と交流や地域の良さを知ること、つまり親日家の育成につながると考え、公共交通機関を利用して研修員自身で冒険できるような方法等の実践的な研修内容を吟味しています。
子供であれば反復復習が効果的ですが、大人にとっては退屈に感じられるので、単語力を増やしたり文法をしっかり教えるようにしています。ロールプレイイングで生きた言葉を使うことも重要です。また、便宜上ローマ字表記をすることがあっても、本来の日本語とは異なるものであることを伝えています。
以上の通り、いろいろと工夫しながら、研修員が帰国後に母国で日本人と会った時に、日本のことを思い出してもらえるきっかけの種まきができればと思っています。
【自見】振り返れば、講師になった当初は、とにかく定められた全ての学習項目を導入・練習し、予定通り終えることに一生懸命だったと思います。当時は昼間の講習も25〜100時間、夜間講習も1.5時間×12〜18回ありました。研修事業の効率化等により、段々と時間数が減少し、現在では1.5時間×3回が基本コースとなりました。
夜間の実施が主なので、1日の技術研修を終えた後の負担も考え、項目は少なくとも、研修生活に役立つものが定着するように、一人でも多くその日に習ったことが使えるようになるように心がけています。授業は「生もの」です。多様な国、地域から参加した研修員は興味も異なり、また彼らの体調や気分によっても流れが変わり、準備したものとは違う内容になることもありますが、経験を積んだ分、柔軟に対応できるようになったと感じています。
研修員に地図で自分の国を指差ししてもらいながら出身国を話してもらうことで、来日直後の各国の研修員がお互いに打解けて会話をするきっかけにもなります。
【林田】少しずつ豊かになっているのと関係があるのかもしれませんが、スーパー等での買い物の練習に必要な事項として、研修員からリクエストがあがるうちの一つで、食物アレルギーを持っている人が増えているように感じたことがあります。
理由はわからないのですが、アラビア語圏でよく見られる母語干渉(注:外国語を学習しているときに、母語の影響で誤用が起きること)も、少なくなりました。
【自見】以前は初めて学習する外国語会話が日本語という研修員も中にいたと思います。その中で、アラビア語圏は母音の数も違い、ローマ字表記の日本語の発音が日本語本来の発音とかけ離れたものであったため、授業を重ねている間に癖がわかり、聞き取れるようになりましたが、最近は英語習得率も高まり、日本語の発音がさっぱりわからないということは少なくなってきたようです。また、今は、スペイン語で実施する研修コース研修員でも英語が使える人が多くなりました。私はスペイン語が話せないので、質問されそうな単語などは事前に調べておくのですが、それを示すと、スペイン語が理解できると勘違いされ、矢継ぎ早にスペイン語で質問されることがあります。でも私が日本語で「すみません」と言うと、すぐに英語に直してくれるので助かっています。
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通常は穏やかな印象のお二人ですが、研修中は優しいながら、時に厳しく忍耐強く指導にあたっていらっしゃいます。研修終了時のアンケートにおいても研修員の日本語に対する評価はたいへん高く、その中でもお二人には多くのコースを担当していただいております。今後もよろしくお願いします!