有限会社国際水銀ラボ 所長
赤木洋勝(あかぎ ひろかつ)先生
今回は、昨年開始された草の根技術協力事業(地域提案型)「ブラジル・アクレ州の水銀汚染健康モニタリング強化プロジェクト」のプロジェクトマネージャーであり、水銀分析法「赤木法」を確立された世界的な権威でいらっしゃる赤木洋勝 (あかぎ ひろかつ)先生に国際協力のこと、草の根技術協力事業のことなどについてお話を伺いました。
赤木さんは今年4月に教育者部門(国際)で「第8回ヘルシー・ソサエティ賞」を受賞されました。この賞は健全な社会と地域社会、そして国民のクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献した方々を称える目的で、平成16年(2004年)に公益社団法人 日本看護協会とジョンソン・エンド・ジョンソン グループによって創設されたものです。
表彰式でスピーチされる赤木先生
今、思い返しても非常に思いがけないことでした。私の知らないうちにJICA理事長からご推薦いただき、このような賞をいただくことになって大変光栄です。これまでの地道な活動を評価していただいた関係者の方々、そして長年にわたってご支援、お力添えをいただいた環境省、JICAの関係者をはじめ多くの方々に対し、感謝の気持ちで一杯です。
水銀モニタリング技術研修ブラジル 2011年
水銀モニタリング技術研修ブラジル 1994年
1981年、国立水俣病研究センターに移動してから取組んだ研究課題の一つが、一連の新しい水銀分析手法の開発研究でした。本来目指していた目標は、水銀の化学形態別分離分析手法を完成させ、それを駆使し水俣湾内の水銀分布や移動に関する調査研究に着手する計画でした。生物・生体試料、水質、底質・土壌などの環境試料について、総水銀、メチル水銀分析手法の中で最も適した前処理法の確立に随分長い年月を費やし、可能な限り簡便でかつ各種試料に共通して適用できるよう統合化を試みました。その一連の総水銀、メチル水銀の系統的分析法がほぼ完成したのは1980年代末のことでした。
この間、国内外の各水銀研究グループの研究者たちが絶えず共同研究に水俣を訪れ、共同作業を進める過程で、試料ごとに分析法の改良を重ねました。
こうして出来上がった新しい一連の水銀分析技術が、世界に広がるきっかけとなったのは、1990年、水銀に関する国際シンポジウム(東京)でした。この企画は”Advances in Mercury Toxicology” と題した書として1991年にNew Yorkで出版され、それが大きな反響を呼び、このころから私の運命が変わってしまいました。
本来目指していた、水俣湾内の水銀分布や移動に関する調査研究計画が頓挫し、ブラジルをはじめ各国から分析技術に関する問合せや研修・共同研究要請等の対応に明け暮れる時代が忽ちのうちに来てしまいました。これが国際協力に本格的にかかわるようになった経緯です。
アマゾンサンプリング魚 1995年
水銀人体曝露評価IAEAミーティング 1995年
要請の大半は金採掘に伴って起きている水銀汚染問題に関連した水銀汚染調査法、モニタリング手法に関するもので、特に南米からの問合せからは緊急性がひしひしと伝わってきましたが、その多くは旅費、滞在費の面倒までみなければならない人々でした。
「僕は仕事を断らない主義だ」−これも学生時代の恩師の言葉としていつまでも脳裡から離れないことの一つですが−JICA 研修に加えていただいたり、WHO等からの援助を受けられるよう手配したり、当時の科学技術庁のSTA フェローシップに申請したりしながら、相当な年月、エネルギーを費やしながらも何とか研修や共同研究が実現するよう対応してきました。
中央アジア環境技術研修B 2002年
ブラジル政府関係者との打合せ 1996年
振り返ってみますと、本来自らの研究推進のために確立したはずの水銀分析法が1992年以来の「アマゾン川流域の水銀汚染」に関す共同研究をきっかけに、これほどまで世界の各地で起きている汚染問題に必要とされ活用されるまでに至ろうとは当初思いもよらぬことでした。このような国際協力もまだ道半ばで、現地の仲間とともにさらに技術に研きを掛け問題解決に取組んでいきたいと思っていますが、その反面、国内の課題、特に水俣湾周辺の水銀動態等の研究が置き去りの状態になってしまったことだけが心残りです。これからも時間の許す限り国水研、鹿児島大学、長崎大、九州大学との共同研究の形で進められることを願っています。
ブラジルでの取り組みは古く、当時の環境庁地球環境研究推進費による「アマゾン水銀汚染研究プロジェクト」が最初です。
1993年、当時の国際協力事業団(JICA)の「水銀汚染分析プロジェクト」が立ち上げられました。その後、1994-2000までJICAの短期専門家派遣により、パラ州ベレンおよびリオデジャネイロ市で水銀分析に係る技術協力を実施し2007−2010年には、タパジョス川流域のメチル水銀汚染に関する保健監視システム強化を目的に、技術者の水銀分析能力強化とともに住民啓発・健康教育能力向上のための研修を現地および本邦で実施してきました。
2011年に開始された草の根技術協力事業のターゲットは、アクレ州リオブランコ市周辺地域の水銀汚染です。アクレ州はコロンビア、ペルー、ボリビアと国境を挟んで隣接していることから、ブラジルのみならず、これら周辺隣国にとっても重要かつ緊急課題となっています。そこで、アクレ州内に新たに設置された水銀汚染モニタリング拠点の強化と保健監視システムの機能向上を目標に指導を行っています。将来的に周辺国も巻き込んだ形での水銀汚染問題解決を図ることを視野に入れています。
国際協力については、世界の人々と手を携えることを基本に考えながらローカルな位置にいてもグローバルな視点を忘れないでほしいと思います。研究者についていえば、簡単に答えを求めないことです。自分自身を信じながら、一方で自分を疑う。自分のやっていることについては疑いを常に持ち確認作業を怠らないことが大事だと思います。例えば、水銀汚染研究のような微量の化学物質を対象とする事象解明の研究では分析値だけが頼りですから、若手の研究者には、データの信頼性に対する精度管理を自らやってほしい、それに力を注ぐ気持ちをずっともち続けてほしいものです。
<プロフィール>
赤木洋勝 (あかぎ ひろかつ)
鹿児島県枕崎市出身。厚生省国立公衆衛生院(現国立保健医療科学院)に入省。
カナダ国立科学研究所の客員研究員などを経て、1981年、環境省国立水俣病総合研究センターに赴任。
国際総合研究部長および疫学研究部長を兼任。2004年退官後、「国際水銀 ラボ」を設立し現在に至る。
聞き手:JICA九州 市民参加協力課 小川容子