JICA発「稲むらの火」に期待する

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.409 31 October 2017
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

先日、新聞の広告欄に「10月10日はお好み焼きの日」というコピーがあった。なぜ、10月10日が「お好み焼きの日」なのかというと、「ジュー・ジュー」だからだという。「ジュー・ジューなら焼肉だろう」と思い、「焼肉の日」を探したところ、こちらは8月29日だった。「や(き)にく」と読ませて「焼肉の日」にしたようだ。こちらの語呂合わせはいくらか苦しい。

暦の数字を読み替えて記念日にする地口は、かなり前からあった。6月4日の「虫歯の日」(今は6月4日から10日の「歯の予防週間」)などはそのはしりだろう。暦に合わせた記念日がいったい何日あるのか知らないが、毎月何がしかの記念日があることは間違いない。

記念日を制定して、ある問題に対する人々の関心を喚起しようという発想は、世界共通のもののようだ。国連広報センターのホームページで現在ある国際デーを調べてみると、なんと133日もあった。約2.7日に一度、国際デーがあるという計算だ。

私も知らなかったのだが、「貧困撲滅のための国際デー(International Day for the Eradication of Poverty)=10月17日」などという日もある。2013年11月7日の本欄(Vol;314)でも取り上げた「世界トイレデー(World Toilet Day)=11月19日」も国際デーの一つだ。これは以前、小耳に挟んだ気もするが、「世界開発情報の日(World Development Information Day=10月24日)」、「世界難民の日(World Refugee Day)=6月20日」 などもある。

世界の言語は多様だから、国際デーは暦の語呂合わせというわけにはいかない。制定される日にはそれぞれに妥当な理由がある。「世界開発情報の日」は、1970年10月24日に「第2次国連開発の10年」が採択されたことが謂れで、1972年の国連総会で決議されている。開発関連の情報を広く世界に知らせ、開発問題に対する国際社会の関心を高めることが目的だ。

世界保健機関(WHO)の設立を記念して1950年から始まった「世界保健デー(World Health Day=4月7日)のように、戦後間もなく制定されたものもあるが、存外、21世紀になって制定された国際デーも少なくない。

そんな中で最も新しい国際デーの一つは、11月5日の「世界津波の日(World Tsunami Awareness Day)」だ。「世界津波の日」は、日本など142か国が共同提案、2015年12月の国連総会で採択された誕生3年のほやほや国際デーだ。提案国のリーダーとなったのは日本で、和歌山県の豪商濱田儀兵衛が稲むらに火を付けて村人に津波の到来を知らせたことで知られる1854年11月5日の安政南海地震に由来する。

しばしば大津波に襲われた過去を持ち、2011年の東日本大震災では2万人近い犠牲者を出した日本人にとって、津波は永劫に忘れることが出来ない恐懼の自然災害だ。世界を見渡すと、日本やハワイなどで約5700人の死者・行方不明者を出した1960年5月のチリ地震、東南、南西アジアで23万人近い死者・行方不明者が出た2004年12月のスマトラ島沖地震など甚大な津波災害がある。国連国際防災戦略事務局(UNISDR 本部・ジュネーブ)が2016年にまとめた報告書によると、過去100年に世界の各地で被害を伴う津波が58回発生している。1996年からの20年間では16回発生し、21カ国で計25万人が犠牲となった。20年間で最も多くの犠牲者が出た国は、インドネシア(約17万人)、これにスリランカ(約3万5千人)、日本(約1万9千人)が続く。

しかし、大きな被害を出す津波の発生間隔が比較的長いことや、多発する地域が太平洋、インド洋に集中していることなどで世界全体の津波への備えは、今も十分とはいえない。だが、津波、火災などによって6万人以上の犠牲者を出し、その後の欧州の政治・思想の流れに大きな影響を及ぼしたとされる1755年のリスボン地震など大西洋や地中海沿岸部でも過去の津波被害の記録は少なくない。津波は限られた地域の自然災害ではないのだ。その意味で「世界津波の日」は、太平洋・インド洋地域以外の住民にも、津波の恐ろしさを再認識させる価値ある国際デーといえるだろう。

東日本大震災以後、東北地方沿岸部を中心に進められている津波に強い街づくり、日本の各地で行われている精度の高い避難訓練、津波ハザードマップの作成など日本の津波防災対策は、かつてないスピードで進められている。想定される南海トラフの巨大地震に対する備えも進行中だ。高い代償を払ってはいるが、現在の日本の津波対策は世界をリードする。

こうした日本の知見を世界に提供しようという動きも活発だ。JICAはフィリピン、チリ、エクアドルなどの津波多発地帯の気象庁職員らに津波予測技術や予測システムの開発を指導し、気象庁も北太平洋地域で地震が起きた際、津波が襲来する地域に到達時刻、波高などの情報を提供する態勢を整えている。

JICAの防災協力の軸足は予防にある。災害発生後の復興支援より、被害を未然に防ぐほうが持続可能な開発を支える効果が大きいからだ。「世界津波の日」が東日本大震災の3月11日ではなく安政南海地震の11月5日にされたのも、稲むらに火をつけるという濱田儀兵衛の気転が、多くの人命を救った早期警報の重要性を世界の人に伝える目的からだ。

JICAから世界に発される防災技術協力という現代版「稲むらの火」が、これから世界各地で数多くの命を救うことを願っている。