ムガベ後のジンバブエの発展を望む

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.412 13 December 2017
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

その人は30メートルほど離れたT字路の先に、10人ほどの黒服の男に囲まれて立っていた。彼らの前には5〜6台の黒塗りの大型車が並んでいる。一緒に歩いていたジンバブエの新聞記者が「ムガベだ。近づくな」と囁いて、私の袖を引っ張った。1984年6月、ジンバブエの首都、ハラレの中心街での出来事だ。

「ムガベ」は言うまでもなく、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(当時は首相)だ。スミス首相の少数白人政権時代、激しい武装闘争を指揮、1980年4月に独立を勝ち取った国家の英雄だ。だが、白人嫌い、イギリス嫌いを公言することから、欧米のマスコミからは「最悪の独裁者」と言われ、批判も絶えなかった。ソールズベリー(現ハラレ)郊外の雑貨店を襲い、白人一家を虐殺するなど過激な独立闘争は、私の頭の中にもしっかり刻みこまれていた。だから、欧米マスコミの悪意あるムガベ評も、疑いなく信じていた。

地元記者の言葉は、状況を考えれば当然だ。だが、世界有数の悪役とされる人物をこの目で見てみたい、という記者としての好奇心も拭い切れない。私は速度を変えず、無人の歩道を前に進んだ。20メートルほどの距離に近づいた時、チラリとこちらを見たムガベ氏は、写真で見た顔と同じだったが、大柄な人物という予想に反して中肉中背だった。ムガベ氏が車に乗り込むと、隊列は猛スピードで走り去った。隊列が見えなくなり、メモ帳を取り出した私の手は秋冷の候にも拘らずべっとり濡れていた。同時に独裁者の警護が意外に手薄だったことに拍子抜けする思いもした。

ムガベ大統領と言えば政権後期、人気挽回策として白人農園主の土地を強制接収する政策で知られるが、政権初期からも類似の政策を進めていたようだ。日本商社のハラレ事務所に勤める白人農園主の姉妹に話を聞いた際、「親は、次々と難題を突き付けられ、営農出来ない状況に追い込まれている。農園を放棄して英国に帰れと言われるが、移民する場合、国外に持ち出せる資産は1世帯1000ドルと規定されており、英国での生活のあてはない。ここで我慢するしかない」と涙ぐんでいた。

後日、招かれた姉妹の豪邸は、公園のような広い庭に荒れ果てた大きなプール、テニスコートが2面あり、かつての華麗な生活が偲ばれる。ハラレ郊外の湖には、廃墟となったヨットハーバーがあり、枯渇した湖に大型モーターボートの残骸が雑草に覆われて転がっていた。白人が国家の富を寡占していた時代の名残を見ると、白人市民への同情も薄れるが、時代に翻弄される人たちを見るのも忍びなかった。

11月21日、ムガベ大統領が辞任した。37年にわたってこの国を独裁支配したムガベ氏の退陣に、ハラレ市民は喜びを爆発させたという。独裁者は悲惨な末路を辿るケースが多いが、ムガベ氏と後継大統領を狙っていた妻のグレースさんは、訴追免除が認められ、私有財産は保全されて国内に留まることも許されるという。ジンバブエは、完全とは言えなくとも一定の秩序が保たれる中、アフリカで初めて先住の人々と白人入植者の子孫が共存する国家として独立した。今回の政変は軍部による事実上のクーデターだが、形式的には平和裏に政権交代が進み、国家の矜持は保たれたといえる。

アフリカは、部族への帰属意識が強く残ること、欧州列強によって民族、宗教を無視した国境線が引かれたこと、などで国家として一体感を欠く国が多い。内紛の火種を抱えている国が少なくないということだ。腐敗の蔓延、国家経済の破綻を招いたムガベ氏の長期独裁政権を擁護する気はない。だが、内乱が国家と国民を疲弊させる国が多いこの地域にあって、37年もの間、国内に戦乱を起こさなかったムガベ時代をゼロ査定することもないだろう。

ムガベ氏の後任には、長年、側近として政権を支えてきたムナンガグワ前副大統領が就任した。新大統領周辺にもいろいろ負のイメージが付きまとうようだが、ポスト・ムガベを無難に乗り切って国家の安定を図ってもらいたい。アフリカには、ウガンダ、赤道ギニア、カメルーンのように政権が30年を超す国家があり、長期政権が終った後の混乱が危惧されている。新大統領がムガベ後のジンバブエの混乱を回避すれば、他の長期政権国家の政権交代の規範になるだろう。国際社会は、新政権に対して性急に欧米型の民主化を求めず、現実に合った国家再建策をゆっくり見守る寛容な対応が必要だ。

日本とアフリカの内陸国であるジンバブエは、あまり接点が無いように見えるが、ムガベ氏は首相時代も含めて5回も来日している。無償資金協力を中心にODAも供与されてきた。日本の対ジンバブエ経済協力の基本は、持続性のある経済、社会づくりで、貧困撲滅、食料供給の安定、インフラ整備、人材・天然資源の開発などに重点が置かれている。今年3月にはサイクロン被害に対する緊急物資供与も実施された。

この国には、世界三大瀑布の一つである世界遺産、ビクトリア滝がある。私はヘリコプターからしか見る機会がなかったが、それでも凄い迫力だった。ムガベ政権時代、観光客の足が遠のき、せっかくの観光資源も輝きを失っているという。ジンバブエの社会が一層安定して、世界中から観光客がビクトリア滝に押し寄せる日が来ることを期待している。私もあの立ち上る水煙をもう一度見てみたい。