UHCで人類の夢の実現に向かおう

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.413 22 December 2017
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

多種多様なキャッチ・コピーが溢れる時代に生きていると、コピーライターが知恵を絞った鏤(る)刻の惹句でも、強く心に突き刺さるものは稀だ。そんな中で、2015年に国連採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の標語、「誰一人取り残さない(No one will be left behind)」は、近年、最も強い印象を残すコピーだと思う。

目標を定めると関係者はゴールばかりに目が行って、振り返ることを忘れがちだ。もちろん前進は重要だが、取り残された人にも手を差し伸べ一緒に歩もうというこの標語は、SDGsの目標が高遠なものであると推察させる。この傑作コピー、いったい誰が作ったのだろう。

さて、過日、JICAのホームページを見ていたら、「誰一人取り残さない すべての人に健康を」というキャッチ・コピーが付いた記事があった。SDGsの17目標の3番目「すべての人に健康と福祉を(Health for All)」実現のため、JICAが実施中の広報強化キャンペーンに使用されており、「誰一人…」と「すべての人に…」というSDGsの2つの標語の合体コピーのようだ。しかし、これも悪くない。

この記事には、東京・港区で開かれた「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)フォーラム2017」(外務省、財務省、厚生労働省、世界銀行、世界保健機関、JICAなど共催)の会期中(12月12日〜15日)、13、14日の両日にJICAが主催した4つの公式サイド・イベントの案内が掲載されていた。

新聞などで報道されたので、ご存じの方も多いと思うが、「UHCフォーラム2017」は、SDGsで採択された「すべての人に健康と福祉」の進捗状況を検証、促進を図ることを目的に開催された国際会議だ。会議には、セネガルのサル大統領、グテーレス国連事務総長、キム世銀総裁など各国要人、国連・国際機関の幹部約500人が参加した。

安倍首相は14日の挨拶で、2023年までに基礎的な保健医療サービスを受けられる人の数を現在より10億人増やし、医療費負担のために貧困に陥る人を年5000万人削減する国際的な努力目標を示し、途上国における保健制度の強化と感染症対策に総額29億ドル規模の支援を表明した。また、この演説で運輸・交通システムが未整備な地域での医療品の輸送に、日本の技術によるドローンの活用を提言、2020年に東京で食料の安定供給をテーマにした「栄養サミット」を開くことを明らかにしている

同フォーラムでは、UHCのコンセプトである「すべての人が必要な医療を、必要な時に、適正な費用で受けられる」状態の実現に向けて世界の現状を掌握、国際社会のいっそうの協力が確認された。

私は本会議ではなく、12日に行われたJICAのサイド・イベント「Strengthening Country Monitoring Systems of SDG UHC Indicators : A Case of Senegal and Global Practices」を覗いてみた。本イベントでは、仏語圏アフリカで、UHC分野のリーダー的存在であるセネガルの事例が取り上げられていた。セネガルは2022年までに国民皆保険を目指しており、席上、セネガル社会保健省幹部から1)インフォーマル・セクター向けの任意加入健康保険、2)公務員、民間企業従業者向けの強制加入保健、3)妊産婦・5歳未満児・高齢者向けの無料医療制度の推進を目指す同国のゴールが示され、また、総人口の15%を占める最貧困層の保険料と医療機関の無償化なども検討中であることなどが報告された。

イベントでは、途上国の基礎保健サービスと医療保障のカバー率に関するUHC指標のモニタリング体制の確立の必要性についても論議されていた。多くの出席者から「目標達成のために監視体制の整備が最優先課題」という声が出ていたが、これはまさに正論だ。UHCの正否は、掛け声だけでなく住民登録など情報基盤を正しく把握する体制づくりと、公正な監視体制の整備が急務だ。モニタリングの重要性が再認識されたことは、JICAイベントの成果と言えるだろう。

日本は戦後、ゼロに近い状態から世界に先駆けてUHCを達成した国だ。現在は戦後70年の経験を生かし、途上国のUHC達成に助力している。昨年5月の先進国首脳会議(G7)で採択された「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」にUHCを明記、SDGsにUHCコンセプト盛り込みを主導するなど、UHC達成のリーダー国ともいえる。JICAも国際的な潮流作りに尽力しており、財源の確保と医療保障制度の拡充、保健医療行政・施設マネジメントの強化、地域社会や脆弱層のエンパワメントなど5領域に重点を置いた支援を続けていることも付記したい。

過剰医療、過剰投薬などが問題になる日本のような国に住んで居ると、UHCは、それほど高いハードルに見えない。だが、現時点においてUHCを達成している国は極めて少ない。世界にはまだ基本的な保健医療サービスを受けることが出来ない人が4億人おり、医療保険制度の未整備で毎年1億人が医療負担で貧困化しているという現実がある。豊かな生活を謳歌しているアメリカにさえ、数千万の無保険者がおり、高額の医療を受けられない国民が多数存在しているのだ。

UHCの達成は、社会不安の解消、良質な労働力の確保などに繋がり、経済開発効率化の視点からも優先される課題だ。すべての人が健康で福祉が整った社会に生きることは極楽の実現であり、人類の長い夢ではあるが、一朝一夕に成し遂げられるものではない。しかし、「誰一人、取り残さない」という引力のある標語を見ていると、そう遠くない未来に、夢が実現するような気もしてくる。今回の「UHCフォーラム2017」がその起爆剤になることを祈る。