2018年ODAの極意は「そったくの機を逃さない」

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.414 23 January 2018
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

昨年末、閣議決定された2018年度(平成30年度)政府予算案は、「人づくり革命」、「生産性革命」、「財政健全化」を3本柱に据え、経済再生と財政健全化の両立を目指すという。2つの歯車が同調すれば両立も夢ではないが、実際に発動させるのは至難の業だ。しかし、経済再生、財政健全化は共に先送りは許されない焦眉の課題であり、官民一体となって目的達成に知恵と汗を絞ってもらいたい。

毎年の予算編成で一番気になるのは、政府開発援助(ODA)予算だ。2018年度一般会計のODA当初予算案は如何に?と目を凝らすと、5538億円で、2017年度予算(5527億円)より11億円(約0.2%)増えている。ひとまずホッとした。2016年度ODA予算で16年も続いた削減に歯止めがかかり、来年度も増額されることになれば、3年連続の増額になる。2015年度ODA予算と比べると、約117億円増えたことになるから、緊縮財政が続く中、喜ぶべきことと言って良いだろう。だが、ピーク時(1997年度)1兆1687億円もの予算があった往時が未だに忘れられない身には、物足りなさが残ることも否めない。

さて、気持ちだけ増えるであろうODA予算だが、どのように使われるのか。外務省は昨夏の概算要求の際、外交政策の重要項目のひとつとして「国益に資するODAの更なる拡充」を掲げていた。ODA実施目標としては、「不透明さを増す国際情勢に対応する戦略的外交の展開」、「対テロ等安全対策、戦略的対外発信」、「日本経済を後押しする外交努力」を挙げている。

「不透明さを増す国際情勢に対応する戦略的外交の展開」の施策としては、自由で開かれたインド太平洋戦略の具体化があり、法の支配の強化、関係国の沿岸警備隊の組織・体制強化支援、中古船や海上保安機材の供与などが列記されている。「グローバルな課題への対処」では、SDGs達成に向けた協力、保健、食糧、女性、教育事業などへの支援、親日派、知日派人材の育成、国際開発への知的貢献、防災・津波、気候変動対策、難民、国づくりなどへの協力が取り上げられている。

一方、「対テロ等安全対策、戦略的対外発信」では、現地警察官等の能力強化、空港、税関等への機材供与、日本の正しい姿の発信と将来有望、かつ親日の若手行政官の育成などが表掲されていた。また、「日本経済を後押しする外交努力」には、港湾・交通・情報機関、再生可能エネルギー等に日本の先端技術を活用したインフラ整備、日本の中小企業などの海外展開支援、地方自治体と協力した途上国の上下水道の整備、トップレベルの理工系学生の育成、受入などが並んでいる。

親日派、知日派人材の育成や、親日若手行政官の養成などは、従来も行われてきた継続的な日本の国際協力事業ではあるが、国際社会の針路がますます混迷する時代に具体的な目標として掲げられると、改めてODAの重要な課題であることを認識する。こうした分野で実務に取り組むJICAや国際交流基金などの責務は、いっそう重くなるだろう。

2018年度のODA重点目標は、いずれも3年前に閣議決定された「開発協力大綱」の趣旨に沿ったものだ。日本の外交・経済政策、安全保障に資するODAに不満はないが、外務省資料の文言だけを読んでいると、相手国の心情があまり読み取れない。杞憂とは思うが、2018年度のODAも援助を受ける相手の目線にも配慮したものになることを期待する。

本稿は2018年、最初の一文となるので、年賀状替わりにいくらか含蓄のある言葉を付け加えておきたい。それは「そったくの機」という言葉だ。「そっ」は口偏に卒と書き、ヒナが卵の殻から出ようとして卵の内側から殻をつつく音を指す。「たく」の漢字は「啄」で、「そっ」の音(ね)を聞いた親鳥が外側から殻を破る行為だ。禅宗では悟りの境地に近づいた弟子に、師が適切な教示を与え、悟りに導くことを指す。「そったく同時」などとも言う。

ODA予算が削減されるようになってから、呪文のようにとなえられてきた言葉に「効率化」がある。「削減された予算を努力で補い、効果的なプロジェクトを形成する」、それが20年近くODA実行体の主題とされてきた。だが、人の知恵だけで補えることには限界もある。素晴らしいプロジェクトは、予算と英知が相乗して生まれる可能性のほうがはるかに高い。これは、あくまで外部の人間が見た印象ではあるが、ODA予算が削減され始めた1998年度以降、考えられる無駄の削減は、もう遣り尽くした。

しかし、さらなる効率化が求められるなら、最後の手段は「そったくの機」を逃さないことだ。今、相手が心から欲しているものは何か、それをどのように実施すれば適切な開発に役立つのか、それを正確に見定め、絶妙のタイミングで実施すれば、事業はいっそう効率化する。

JICAは、途上国の社会情勢に絶え間なく耳をそばだて、緊張感を持って小さな「そっ」の音をキャッチすることが重要な任務になる。ヒナが殻を叩いているのに、ぼんやりして機を逃せば、せっかくのプロジェクトも成果は上がらない。他方、小さな音を捉えた時、素早く適切な資金と技術を投入、殻を破る手助けをすれば、元気なヒナが飛び出すだろう。

2018年度ODA政府予算案には、数多くの目標が掲げられているが、どれが「そっ」の音に応えるものになるのか、見極める作業も必要だ。親鳥の都合だけで、孵化の時期に達していない卵の殻を破っても、ヒナはかえらない。