国益と援助の陥穽を考える

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.416 19 February 2018
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

昨年末、トランプ大統領がテルアビブにある米大使館をエルサレムに移す準備を始めるよう指示したことで、アラブ諸国をはじめとする世界が揺れた。トランプ政権の決定に国連も反応、年も押し迫った12月21日、緊急会合を開催してエルサレムの首都認定を無効とする決議を賛成多数(日本も賛成)で採択している。

米大使館のエルサレム移転は、同氏の選挙公約(ちなみにクリントン、ブッシュ(子)、オバマ各氏も選挙運動中は移転を公約していた)でもあったから、いつかやるだろうとは思っていた。だが、国連総会緊急会合で無効決議が採択されることが確実になった前日(12月20日)、決議に賛成した国への援助打ち切りを仄めかす発言をしたことには、正直、驚いた。「我々から巨額の援助を受けながら、我々の意に反する投票をする国には、援助停止することも考慮する」とけん制したのだ。

これに続いてヘイリー米国連大使も投票前の総会演説で、「本日の投票で賛成した国が、今後、米国に援助を求める時、我々は今日の行動を思い出すだろう」とダメ押しの圧力をかけた。“脅し”が効いたせいか、採決では中南米、南太平洋の9か国が反対、メキシコ、フィリピンなど35か国が棄権、ミャンマー、モンゴルなど21か国が投票に参加せず、全世界から袋叩きに会う事態は免れた。トランプ氏はこの結果に満足しているという。

今後は、アメリカから巨額の援助を受けながら、賛成票を投じたエジプト、ナイジェリア、エチオピアなどの国にどう対応するのか、に関心が集まる。外交戦略、安全保障の視点などを鑑みて、露骨な援助削減はないとする見方が大勢だが、予測不能(Unpredictable)を政権スタイルとするトランプ氏だけに思わぬ事態が起きないとは限らない。アメリカは、1月16日、エルサレムの首都認定に反発したパレスチナへの報復措置として、「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)」に対する拠出金約半額の支払い留保を発表している。最大の支援国アメリカからの拠出金が凍結されたことで、食糧、医療、教育支援などが滞り、すでに難民の暮らしに悪い影響が出ているという。

トランプ政権の援助削減を臭わす発言は唐突にも見えるが、アメリカの対外援助は、伝統的に外交・安保益に繋がることを優先してきた。時代を遡ると1970年代はベトナム、インド、パキスタン、韓国、1980年代はエジプト、イスラエル、トルコ、バングラデシュ、1990年代はイスラエル、エジプト、フィリピン、エル・サルバドルなどが二国間ODAの上位に名を連ねており、国益優先の援助政策は明快だ。流れは現在も変わらない。多額の援助を続けているパキスタンに対しても、米国のアフガニスタン戦略に反する動きをしているとして、1月4日、テロ組織に断固たる措置をとるまで、軍事援助の凍結を発表している。

アメリカほど露骨でなくとも、他の主要援助国も自国の利益に繋がる援助を優先して実施してきた。イギリスの二国間ODAは、英連邦の低所得国が上位を占めており、フランスもフランス語・フランス文化を共有する旧植民地国への援助に注力している。中国の経済援助には、不透明な部分が多いが、中国の影響力・利権拡大、経済的利益に繋がる国益追求型の援助を行っていることは、周知のことだ。日本も2015年に閣議決定された「開発協力大綱」で、日本の平和と安全、普遍的価値に基づく国際秩序の維持・擁護などの国益に資する対外援助の実施が明文化されている。

トランプ大統領の世界最強国家のリーダーらしからぬ恫喝発言について、「過去の大統領と違う言葉を使っただけで、内容に大きな差はない」と擁護する声もある。言い換えれば、歴代米大統領の中には、対外援助に対してトランプ氏に近い考えの人もいたということだ。アメリカだけでなく、他の援助国のリーダーにも「自国の利益に反する行動をとる国に、国民の血税を使いたくない」という素心を持つ人もいるだろう。

ODAが外交政策の一環であり、国益を追求する外交ツールとして活用することに異論はない。だが、同時にODAは途上国のインフラを整備、健康保持、人材育成などに寄与する人道的側面も持つ希少な政策だ。援助が庶民の生活基盤を支えている国は少なくない。自国の都合だけで援助政策を翻弄すると、多くの人の平穏に生きる権利を奪うことを、援助する側は忘れてはならない。

同時に、身勝手な援助政策は、自分たちにも大きなしっぺ返しが来ることを覚悟すべきだ。もし、アメリカが国連で賛成票を投じた国への援助を停止すれば、世界の信頼を失うことは自明だ。人々がアメリカに対して尊敬とあこがれを抱くのは、軍事力や経済力より民主主義、人権重視、言論の自由などアメリカが持つソフトパワーに対してであり、一時的な感情で援助を停止してアメリカが失うものは、計り知れないほど大きい。それをトランプ大統領も知っていると信じたい。

最近、世界に蔓延する自国ファーストの風潮の中、国益と援助の問題を考えると、これまでODAジャーナリストとして歩んできた細道を導き照らしてくれていた「人の道」という淡い光が揺らぐような気がする。昨年7月、JICAが発表した新ビジョンのキーワードは「信頼」だ。「信頼」を重視する援助を続ける限り、放縦な政策変更はできない。信頼醸成が日本のODAの信義を守り、国益優先で揺らぐODAの理念を守ってくれるものと信じている。