「人間的なお産」:母子に優しい安全なお産をセネガルで

2018年7月31日

「もうすぐ赤ちゃんに会えますよ」。助産師さんは、妊婦さんの腰をさすりながら優しく声をかけます。妊婦さんは清潔なベッドで横になり、ときには起き上がって助産師さんにもたれ、楽な姿勢をとってそのときを待ちます。

産まれたばかりの元気な男の子と見つめあうお母さん

セネガルの首都ダカールから約500キロ離れた東南部タンバクンダ州の保健センターで、元気な男の子が誕生しました。「助産師さんがずっとそばにいてくれて安心して産むことができました」と妊婦さんは言います。助産師さんは、妊娠がわかってからずっと妊婦さんをサポートし続けてきました。

セネガルでお産の現場が変わりつつあります。かつては、不衛生な環境と劣悪な医療ケアから、「汚くて怖い所」と妊婦さんから敬遠されていた医療施設が、適切な医療のもと安心して出産できる場所になっています。今では、医療施設で出産する妊婦さんが増え、新生児の死亡率も減少しています。

JICAはセネガルで保健省とともに、この「母子に優しい安全なお産」を広めています。

セネガル独自の妊産婦・新生児ケアモデルを作成

炎天下で診察を待つ妊婦たち

「気温40度の炎天下、保健センターの診療室の前で数時間順番を待つ妊婦さんの長蛇の列。お産をする部屋は汚れたままでハエが飛び交い、臭気が鼻をつきました」。後藤美穂JICA専門家が約10年前、調査で訪れたタンバクンダ州の保健センターで目の当たりにした光景です。妊婦さんは陣痛中、放置されることもあり、廊下やトイレで子どもを産み落とす事故もあったと言います。

セネガルでは、「お産は短時間で済ませた方がいい」という医療従事者の間での誤った考えから、お腹の中の赤ちゃんを押し出すなど、過度な医療介入でかえって妊婦さんのリスクを高めてしまうこともありました。助産師の一人は、医療従事者や設備の不足などによる苛立ちから妊婦さんに罵声を浴びせたこともあると心を痛めていました。

JICAは2009年から、お母さんと赤ちゃんにとって優しく安全なお産を目指し、セネガルでの母子保健サービス改善プロジェクトを実施。タンバクンダ州の調査をもとに、セネガル保健省とともにセネガル独自の妊産婦・新生児ケアモデルを作成しました。地域の保健センターと連携し、医療施設の整備や医療人材の育成も進めています。

出産後のお母さんと赤ちゃんの世話をする助産師(右)

このモデルの柱となっているのが、日本の助産師の妊婦さんへのケアに通じる「人間的なお産」です。これは、母子ともに健康な状態(注1)では、清潔な環境のもと医学的な根拠に基づき、本来、人間が持つお母さんの産む力、赤ちゃんの産まれる力を尊重して、命の誕生を支えるお産というコンセプトに基づいています。

日本では安全な環境で無事に出産することは当たり前ですが、途上国をはじめ世界では毎日、830人のお母さんが妊娠や出産に関連する予防可能な原因で命を落としています(注2)。この「人間的なお産」は今、産科医療施設の整備などと並び、途上国で妊産婦や乳児の死亡率減少に向けた取り組みの一つとして見直されています。

安全なお産を伝える地域の母「バジェノゴ」

お産に関する正しい知識を伝えるための講習会が各村で開催されています。ピンク色のTシャツを着たバジェノゴが妊婦役になり陣痛時の姿勢をデモンストレーション、助産師が説明します。

セネガルで2009年から導入されたこの妊産婦・新生児ケアモデルは現在、全14州約100施設で実施されるようになりました。このモデルに基づく安全なお産に関する知識を広めるために活躍しているのが、出産経験のある各村のお世話係で、地域の母と呼ばれる「バジェノゴ」です。

「妊娠中は定期的に健診を受けることが大事です」「医療施設では専門知識の助産師が出産を介助しますから安心ですよ」。バジェノゴは、地域の助産師とともに各村でお産に関する正しい知識を女性たちに伝えるための講習会を開催しています。妊娠や出産に関する相談に乗り、医療施設での診察にも付き添います。

セネガルの医療施設で、出産後すぐ、お母さんが赤ちゃんを胸に抱く「カンガルーケア」の方法を指導する後藤美穂専門家(右)

後藤専門家は、「本来失われなくてもよかったお母さんや赤ちゃんの命を守ることができるようになっています。行政、医療施設、コミュニティが一体となって住民を巻き込み、地域医療を改善するこの取り組みは、日本にとっても学ぶべきものがあります」と語ります。

セネガルはこのモデルを国の母子保健政策に組み込んですべての医療施設への導入を目指し、JICAも支援しています。

人間的なお産への取り組みは約20年前から

妊婦さん(右)に寄り添い、優しく見守る産科スタッフ。JICAのプロジェクトにより、ブラジルでは医療従事者のお産に対する意識が変わりました。(写真:Sakae Kikuchi)

JICAの「人間的なお産」への取り組みは、1996年から5年間実施されたブラジルでの「家族計画・母子保健プロジェクト」が原点です。プロジェクト開始以前、助産師がいなかったブラジルでは、過度な医療依存から不必要な医療介入が増加。さらに、劣悪な医療サービスのもと、女性は「非人間的」な扱いを受け、妊産婦や新生児の死亡率も高い状況でした。

「人間的な出産と出生」の普及を中心に据えたこのプロジェクトにより、ブラジルの医療従事者のお産に対する意識が変わりました。不必要で不適切な医療介入が減り、人間味ある温かなケアが提供されるようになり、看護師が運営する「お産を待つ家」が推進されるなど国の母子保健サービス向上に大きな成果をもたらしました。

ブラジル・セアラ州の医療施設で生まれたばかりの赤ちゃん。お母さんと赤ちゃんの安全と尊厳が守られた人間的なお産は、家族みんなにとって幸せな体験となります。(写真:Sakae Kikuchi)

それから約20年。JICAは命の誕生の場面で女性と赤ちゃんの安全と尊厳が守られることを当たり前するため、セネガルをはじめ、モザンビーク、カンボジアなど8ヶ国で人間的なお産への取り組みを続けています。

(注1)継続的な観察と適切な診断に基づく助産ケアが提供されれば、出産全体の85パーセントは正常経過をたどり、医療介入を必要としません。

(注2)WHO : Maternal mortality