【TICAD7に向けて~私とアフリカ~:Vol.9】社会の仕組みを工夫することで公平な保健医療を セネガル国民皆保険への挑戦: 戸辺 誠 国際協力専門員

2019年8月1日

アフリカ西部のセネガル共和国で、JICAは医療保障制度の改革を支援しています。セネガルは、医療保障を2022年までに国民の90%に拡大する目標を掲げた「国民皆保険開発戦略計画」を2013年に策定。コミュニティ健康保険の展開、無料医療制度の強化、医療保険組織改革などを進め、UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)の実現を目指します。「UHC」とは、すべての人々が、十分な質の保健医療サービスを、必要な時に、経済的困難を被ることなく受けられる状態のことです。

セネガル・カオラック州の保健共済組合で活動内容について組合代表から聞き取り調査する戸辺専門員(左から2人目)

シリーズ【TICAD7に向けて~私とアフリカ~】の第9回は、セネガルのUHC支援プログラムのアドバイザー戸辺誠国際協力専門員に、UHC実現に向けた資金と技術の両輪による支援の重要性について伺いました。

資金と技術の同時援助が重要になる

「人口約1541万人のセネガルには、貧困を理由に生きるか死ぬかという状況に置かれている人が約200万人います。しかし、同国が目標とするUHCを実現するには、大きな課題がありました」と、戸辺専門員。

同国における1人あたりの年間健康保険料は日本円に換算して約2,000円。自分では保険料が支払えない最貧困層に属する200万人の保険料全額を政府が補助するためには、年間約40億円の予算が新たに必要になる計算です。

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セネガルの保健所で小児健診をする助産師。これら保健医療サービスが提供維持されるためには、医療保障制度を通じて保健所に財源が流れることが必要になります。

そこでセネガル政府が支援を要請したのが、国民皆保険制度を持ち、かねてから同国で母子保健サービスの改善や保健行政制度の強化に対する技術協力を行ってきた日本でした。JICAは、約84億円の円借款(資金の貸付)とともに、各地域コミュニティなどで行われる医療保障制度の事務能力を強化する「コミュニティ健康保険制度及び無料医療制度能力強化プロジェクト」を立ち上げました。


「医療保障制度に対する資金と技術の同時援助は、JICAにおける保健医療分野の援助ではアフリカ初の試みです。従来、保健医療支援では『まず、医療現場をよくしたい』という思いから、医療従事者の人材育成や施設充実などサービス面の強化が優先されてきました。しかし10年程前から、サービス面の支援だけではダメだということが世界の共通認識になってきています。人材を育成しても、給与を支払うための予算がなければ雇用できません。また、整備した施設を維持するためにも予算が必要です。そしてその予算は、利用者が医療機関の窓口で支払う自己負担金に頼りすぎるのではなく、健康保険や税による医療保障制度によって大半が賄われるようにすることが重要と認識されてきました」。

医療保障制度が国を持続させる鍵

戸辺専門員には、医療保障制度の重要性を痛感するコートジボワールでの「悔しくて、今でも忘れられない」体験がありました。

コートジボワールの病院倉庫に保管された分娩キット。本来、無料で妊産婦に提供されるべきところが実際には料金が徴収されており、医療保障制度の着実な実施が大きな課題となっています。

「ある病院へ視察に行ったときのことです。汚れと匂いがひどく、薬も足りておらず、医療従事者は疲弊しきっていました。目の前に、血を流した妊婦が運ばれてきても、助産師は医師の到着を待つだけで動きません。結局、運ばれてきた女性はそのまま亡くなりました。助産師の技術向上は必要です。しかしそれだけではなく、十分な数の助産師を雇用し、適切に給与を支払うための予算が確保できるよう、全体として経済や財政がうまく回る仕組みをつくらないとダメだと実感しました」。

1960年に植民地からの独立が相次ぎ、経済成長の希望に満ちていた当時、大半の国では、病院などでの医療費はすべて税金でまかない、人々は窓口ではお金を支払わないシステムが主流でした。しかし期待に反して、その後の経済成長は伸び悩み、財政破綻を防ぐために、保健医療の予算が切り詰められ、利用時に自己負担を求められるようになるなど、さまざまな公共サービスのレベルは徐々に低下。結果、貧困層の人々はかつてのように保健医療サービスを利用することができなくなっていきます。

「問題が明るみになったのが2000年代の中頃。自己負担が増えると、国民の足が病院や診療所から遠のき、不健康になり、死亡率が上がり、国が持続的に発展していかない。だからこそ、貧困層など弱い立場におかれた人々も利用できる医療保障制度が必要だと、WHOの報告書が2010年に世界に投げ掛けたのです」。

不公平のない安定した世界を目指して 

セネガルのコミュニティ健康保険制度の保険証。現在のところ、保険事務業務のほとんどは地域住民代表によるボランティア活動で管理運営されています。

JICAの「コミュニティ健康保険制度及び無料医療制度能力強化プロジェクト」では、医療保障制度の実施状況や患者が負担している医療費の割合を調査。予算の流れや制度をどう改善すれば、貧困層までをしっかりカバーできるかといったアドバイスなどを実施しています。

「セネガルでは、保険事務作業を地域の住民が行なうシステムになっているのが特徴です。実際に作業をするのは、地域から『この人なら信頼できる』と選ばれたボランティアさんたち。将来的には、専従職員が医療事務の仕事をするべきでしょうが、そのための予算も今は十分ではありません。『できることをしよう』という熱意と、地元住民としての自助の精神には心を打たれました」。

日本では、国民皆保険を達成するのに30年以上の歳月を要しました。セネガルが掲げる目標の達成にも、10年単位での時間が必要となる見込みです。

「セネガルに限らず、世界には、本人の努力では及ばない理由で不利な環境に置かれている人がいます。社会の仕組みを工夫することで、そんな不公平をできるだけ公平にしたいというのが私の思いです。『不公平だ』という感情が世界を不安定にするのであれば、UHCこそが世の中を安定させることにつながると考えています」。戸辺専門員の言葉に力がこもります。

(プロフィール)
戸辺誠(とべ まこと)
2015年より国際協力専門員(UHC・保健財政)。20年以上にわたって開発途上国におけるUHC達成支援の実践・研究に従事している。受賞歴に「フィリピン経済開発庁優良ODA事業賞(14年)」「JICA理事長賞(17年フィリピンコーディレラ地域保健システム強化プロジェクト)」。

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