支所長あいさつ

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ニジェールの空は、砂漠から舞い上がる細かい砂塵でほぼ年中覆われ、時には地上の景色すら100m先が霞んで見えないことがあります。国土の3分の2が砂漠に占められ、首都ニアメでも5月から9月にかけて500ミリメートル程度降るだけで、乾季真最中の11月から2月までは全く降りません。そういう厳しい自然環境の中で、人々はトウジンビエ、モロコシのような主食作物、野菜、豆類といった換金作物を栽培し、あるいは牛、ヤギ、ラクダの遊牧で暮らし、乾季の農業に適さない時期には近辺への出稼ぎなどで生活しています。
1960年の独立以降、4回の軍事クーデター(成功したもののみ)と、合計18年弱にわたる4回の軍事政権を経験しましたが、流血騒ぎは極めて限られ、クーデターはどれも1日程度で終わり、政権を奪取した軍部が短期間で民政移管するなど、穏やかなニジェール人気質を反映しているといっていいでしょう。
JICAの専門家派遣第1号は1967年で、1985年に事務所が開設されて協力隊員派遣が始まりました。隊員派遣は2011年まで、総数約700名がこの国に2年間暮らして草の根での協力を行いましたが、残念ながら隣国から侵入してきたテロリストによるヨーロッパ人誘拐・殺害事件が起き、隊員は全員引き揚げ、JICA活動も縮小せざるを得ませんでした。テロリスト集団は、東のボコ・ハラム、西のマグレブ・アルカイダとも、近隣諸国に拠点を置き、国境の向こうから襲ってくるため、我々のニジェールでの活動がそのために制限せざるを得ないのは残念でたまりません。サヘル地域が早く平和を取り戻して、国民も外国人も安心して活動できる日が早く来ることを待ち望んでいます。
そのような状況の中でも、JICAはニジェールに対する長い協力の経験と強い絆を途切れさせないよう、工夫しながら活動を続けています。ここ数年の協力の特徴は、住民参加促進と言っていいでしょう。その発端は教育分野で、2004年に「みんなの学校」プロジェクトが立ち上がりました。保健分野でも村民による民主的選挙で設立する村落保健委員会を通じた「マラリア対策」支援を2007年から3年間実施し、そして昨年暮れに終了した農業分野「VRACS」プロジェクトでも「畑の学校」での相互教育を含む農民の自律的コミュニティ開発を目指したものです。今後ともこの方向で協力を続けていき、国民の発展に向けた自発的な工夫を促す協力をしていきたいと思います。
JICA以外では、北部アガデス州のウラン開発に日本企業が1974年から参加し、同社社長が在京名誉総領事を兼ねていらっしゃいます。また、日本に帰国した協力隊員OB・OG、日本に在住しておられるニジェール人が、今年1月に「ニジェール文化の日」を開催するなど、日本でのニジェール紹介活動が行われています。日本ではニジェールに縁のある人々がまだまだ少ないですが、少数精鋭で交流活動を進めておられ、私たちもニジェールに住む数少ない日本人として、両国間の関係強化に貢献していきます。

ニジェール支所長
山形 茂生