JICA沖縄【大学生×草の根】シリーズ第2弾 −沖縄キリスト教学院大学生が「東ティモール紛争予防プロジェクト」について取材−

2016年12月1日

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【大学生×草の根】シリーズは、沖縄県内の大学生に草の根技術協力事業※の現場で活躍するウチナーンチュ(沖縄の人)をインタビューし、記事を書いてもらう企画です。今回は、シリーズ第2弾として「東ティモール紛争予防プロジェクト」のプロジェクトマネージャー仲泊和枝さんとコミュニティラジオの専門家 仲宗根朝治さんをキリスト教学院大学の学生がインタビューしました。
インタビュワーの大学生お二人は、この草の根事業の提案自治体 読谷(よみたん)村の出身!地元にあるラジオがどうして東ティモールに!?取材してみると初めての発見がたくさんあったようです。

草の根技術協力事業とは?

プロジェクト概要

提案自治体 沖縄県読谷村と実施団体 NPO法人沖縄平和協力センター(以下、OPAC)で実施された草の根技術協力事業(地域提案型)。読谷村がもつ“地域力”の源とOPACのもつ紛争予防の専門知識を合わせ、東ティモールで「地域力強化」をとおした紛争予防事業を展開しました。今回のインタビューでは後半の3年間で取組んだコミュニティラジオに焦点をあてお話を伺いました。
プロジェクト概要は下記のリンクをご覧ください。

人物紹介

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喜屋武さん(左)、砂辺さん(右) FMよみたんにて

【インタビュワー】
“国際的な平和な島の担い手を育成する”沖縄キリスト教学院大学に通う学生2名
  • 喜屋武 春菜、沖縄(読谷村)出身、人文学部 英語コミュニケーション学科、4年次
    「将来は教員として、生まれ育った沖縄へ貢献していきたいです」
  • 砂辺 紗綾、沖縄(読谷村)出身、人文学部 英語コミュニケーション学科、4年次
    「英語教師になり、沖縄と海外の言語や文化を学ぶ楽しさを伝えていきたいです」
【取材相手】
  • 沖縄平和協力センター 事務局長 仲泊和枝さん
  • 株式会社 FMよみたん 代表取締役社長 仲宗根朝治さん

インタビュー「コミュニティ力を強くする!村のラジオ局づくり」

JICA沖縄
仲泊さん、仲宗根さん、今日はよろしくお願いします。お二人にインタビューさせていただく大学生の喜屋武さんと砂辺さんです。二人とも、ここ読谷村のご出身だそうです。
砂辺
実は私の弟が中学生の頃、FMよみたんで研修させてもらったことがあって仲宗根さんにお世話になりました。
仲宗根
砂辺さん…あ、覚えていますよ。彼のお姉さんですか!よろしくお願いします。
喜屋武・砂辺
よろしくお願いします。まず、はじめにお二人が東ティモールでプロジェクトを始めたきっかけについて教えてください。

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地元ならではのトークでひと盛り上がり。

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プロジェクトマネージャーの仲泊さん(右)とFMよみたんの仲宗根さん(左)

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読谷名物の紅イモタルトも美味しくいただきました。

仲泊
はい、私たち沖縄平和協力センター(通称OPAC)は那覇市に事務所をおくNPO法人で、活動のひとつとして国際協力に取り組んでいます。少しさかのぼるのですが、過去何年かにわたってJICA沖縄の研修事業を受け持っていました。その中に青年研修というプログラムがあり、約2週間、東ティモールから沖縄に来た20人ほどの研修員に対し、平和構築に関する研修を行っていました。2009年には、独立して8年目の東ティモールから紛争予防局という局の職員がたくさん来ていました。
紛争予防局の仕事は、当時独立したばかりでいざこざがある国、東ティモールで、紛争をいかに止めるかというミッションに取り組むことです。その紛争予防局の方々からお話を聞いた私たちは、彼らと協力し東ティモールで紛争予防ができるようなプロジェクトができないか、と考えたのがきっかけでした。
最初の3年間のプロジェクトではラジオの話は全くなく、紛争予防局の人材育成のために「どうして紛争が起きるのかを分析する方法」とか、「紛争が起きないためにはどんな仕事が必要か」とか、このような問題に取り組んできました。その3年間はある程度の成果を収めて成功に終わったのですが、やはり課題はいくつか残っていました。紛争予防局が仕事を実践する場として選んだモデル村であるコモロ村の人たちの生活がよくなったのかとか、この地域の紛争の問題が本当に解決できたのかということは誰もわからなかったので、それが課題でした。

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コモロ村にて織物(タイス)づくりを専門家が指導

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FMよみたんの取り組みについてコモロ村のラジオ準備メンバーに伝える仲宗根さん

この事業は読谷村と協力してやっていたので、まずは観光とか、何か地域おこしのためのリソースがないか見てもらうために仲宗根さんに現地にきていただきました。仲宗根さんは当時からラジオ局の社長でしたが、それ以前に長く観光分野に携わっていたので、観光の専門家としての視点で見てもらうことがもともとの目的でした。ところが(現地に行かれた仲宗根さんは、)「今は観光ではなく、まずはコミュニティを強くする必要がある」という発想をされました。そこで、次の3年間は地域力を強化するために「ラジオを作ってみるのはどうか」という提案をされました。コモロ村の人たちからも、コミュニティの信頼関係を強くし紛争を止めることへつなげたいという要望があったので、コモロ村にラジオを作るプロジェクトが始まりました。
喜屋武・砂辺
そうなんですね。
仲宗根
私はもともと旅行業で23年間添乗員をやっていて、東ティモールで最初に行ったのが観光庁でした。そのとき観光庁官に会っていろいろとお話を交す中で、私は、「東ティモールは観光ではなく、ぜったいにラジオ局を作った方がいい」と思いました。その後紛争予防局にこの件を持ちかけると、最初はダメでしたよね?
仲泊
はい。紛争予防とラジオがなぜ関係あるのかというのが、なかなかつながりにくくて疑問を持たれました。
仲宗根
向こうでは、ラジオなどのメディアは政治的に悪い意味で利用されるというイメージが強く、紛争予防局の方は最初反対されていたのですが、私は「ぜったい読谷スタイルでいきたい」という思いが強くありました。なぜかというと、FMよみたんは多くのボランティアが支える仕組みになっていて、かつ地域の人たちが情報を発信するための放送局なので一人の力で偏りのある放送をするものではないのです。たくさんの人たちが関わり合って運営する放送局をつくることは、地域力を高めていくということなので、そのことを紛争予防局の方たちにFMよみたんを訪れてもらい、実際の様子を見せながら、知ってもらいました。それからは話が進み、紛争予防のため、地域力を高めるための放送局をつくることが決まり、ラジオ局の設立につなげていきました。

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喜屋武・砂辺
へぇー、そうなんですね。
仲宗根
戦後すぐの沖縄もそうだったと思うのですが、住民は自治体などが何をやっているのか情報がわからないと不信感を抱いてしまいます。逆に、行政がこういう取り組みをしているんだなと知ることができれば地域の雰囲気は良くなっていきます。FMよみたんでは読谷村の行政の情報を村民に伝え、また村民の声をひろっていく番組をつくっています。このことをコモロ村のコミュニティラジオにも伝えていきました。
仲泊
途中、紆余曲折はありましたが、コモロ村民に「自分たちの」コミュニティラジオだと思ってもらえるラジオができたと思います。今は20名弱のコモロ村の若者がそのラジオで日々、番組づくりや局の運営にボランティアとして携わっています。コミュニティ紛争の原因のひとつはこういった若者たちにやることがなくて、石投げをしたり、ケンカを起こしてしまうということがあります。今ラジオに関わっている若者たちの中にももしかしたらそういった行動に走っていたかもという若者もいますが、ラジオを通して、さまざまな地区の出身でそれまでは話をしたこともなかったようなメンバーが今では家族のような付き合いをするまでになっています。DJで村の人気者になったり、ミキシングなど機材を使う技術にたけていたり、マネージメントや営業をがんばっていたりと、それぞれのメンバーに打ち込めることや居場所が提供できたということが大きいなと感じています。
また、ラジオのメンバーだけではなく、近くに住んでいる若者からも「これまでやることがなかったけど、今はラジオ局のスタジオにきて音楽を聞くのが楽しみ」と言う声が聞こえてきました。村役場からのお知らせを流すのにも活用されていますし、財布の落し物があり、番組で呼びかけたところ持ち主に届けられこともあったと聞いたときはびっくりしました。
喜屋武・砂辺
へー、すごいですね!
仲泊
今回、ラジオメンバーのチームビルディングやモチベーションの向上、ラジオ設立に住民に参加してもらうための仕掛けづくりなどにおいては、コミュニティデザインの専門家(伊藤剛氏)に関わっていただいたことも大きかったです。自治体、NPO、民間や大学からの専門家、それぞれが力を合わせることでプロジェクトは成り立っているということも強く感じました。

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コモロラジオメンバーと完成したラジオ局の前で記念撮影

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沖縄研修ではFMよみたんの番組にも出演

喜屋武・砂辺
なるほど。
沖縄から東ティモールへはさまざまな技術を教えましたが、逆に東ティモールとの交流やこのプロジェクトを通して学んだことはありましたか?
仲泊
計画通りに行かないときにも、創意工夫して取り組むことの大切さを実感しました。例えば、ラジオ局を造る際に、地元から少し離れた大工さんAに頼んだのですが、地元の大工さんBが、「なんで自分達にはやらせてくれないんだ」と言ってきました。要するに、仕事が欲しいってことですよね。ムードが悪くなり、紛争になりかけましたが、紛争の予防のためのラジオ局だから、ここで争いを起こすわけにはいかないと思い、結局、内装と外壁を分けて発注し直して、皆に仕事が行きわたるようにしました。計画通りに行かない事は多々ありましたが、一つ一つに対して憤っていても何も進まないので、創意工夫と柔軟な対応で進めていくことが重要だと分かりました。
仲宗根
私にとって今回のプロジェクトは初めての国際協力の経験でした。添乗員をしていたのでたくさんの国に行き、観光したりレストランで美味しいものを食べたりしていましたが、いつもその国のことを本当には理解できていない、分かったふりをしているだけなのではと感じている自分がいました。JICAやOPACと協力できたことで初めて国際貢献ができ、国際協力プロジェクトがどのように実行されているのか一連の過程や仕組みを知ることができました。税金を活用した事業なので、やったことを書類に落としていかなければいけないんだ、ということも印象的でした。紙に残っているので、いまでも振り返る事ができ、ありがたいなと思っています。

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仲泊
ところで、あまりにも身近な事過ぎて気付かなかったのですが、ラジオ局を造るということは相当な事らしいんです、ね、仲宗根さん。
仲宗根
そうですよ、大変ですよ。建設業者は何万ともあるのに、県内でラジオ局を造った人は18人で、全国で言っても230人程しかいません。JICA沖縄のプロジェクトでラジオ局作ったのはもちろんこの事業が初めてだろうし、全体でみても数はそんなにないんじゃないかと思いますが。
仲泊
コモロ村にラジオ局を造った時に周りが驚いていました。だから、コミュニティラジオができたということは本当に凄い事だと感じました。その分、責任はとても重大で、異議もあったと思いますが、「村のためのラジオ」だから、メンバーが代替えしていってもそのコンセプトをなくさず、続けてほしいです。今はまだハンドオーバーしたばかりで、プロジェクト終了後も数ヶ月はOPACがフォローしていますが、日本人の手が離れても自分たちの力で存続させていけるように願っています。
仲宗根
ハード面を整える事は誰でもできますが、このプロジェクトではどう運営させるかということに力を入れ、スタートからずっと人材育成に取り組んでいきました。この事業で一番大切なことは紛争予防で、そのための手段としてラジオ局があります。ここで研修を受けた人々が現地で今もとても頑張っているという知らせをさっきも(仲泊さんから)聴いて、本当に嬉しく思います。
喜屋武・砂辺
今日は初めて聞くことが多く、とても勉強になりました。本日はお忙しい中本当にありがとうございました。

インタビューを終えて(大学生の感想)

私たちは、地元のラジオ局「FMよみたん」の技術や取り組みが、東ティモールでも地元住民のコミュニティを繋げる場づくりに貢献している事を取材するまで知らなかったので、聞く話全てがとても新鮮に感じました。普段、身近にあるものほど見過ごしてしまいがちですが、今回のことをきっかけに地元のことにも目を配り、このような国際協力の活動を周囲の人にも知ってもらう機会に繋げていきたいと思いました。また、東ティモールの伝統的な織物である「タイス」と、読谷村の伝統工芸品である「花織」がそっくりだという、両地域のもつ意外な共通点にも驚きました。これからも沖縄や読谷村と東ティモールとのより良い交流が広がっていくといいなと思います。