平成21年度帰国 青年海外協力隊 新垣 義乃祐

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職種:ハンドボール
派遣国:バングラデシュ
配属先:青年スポーツ省 ハンドボール連盟
派遣期間:平成20年1月〜平成22年3月
略歴:首里高校、仙台大学体育学部卒業。高校時代からハンドボールをし、選手として全国大会に出場、コーチとしても指導を行った。その経験を経て青年海外協力隊に参加。

インタビュー

1. 任地の気候や食べ物、生活環境などを教えてください。
気温は沖縄とほぼ同じで過ごしやすいですが、雨季と乾季の雨量差が激しく、特に、雨季に大量発生する蚊には苦しめられました。蚊帳を張って寝ますが、中に蚊が入ったら地獄…思い出すだけでも辛いです。
食事は、365日カレー。首都ダッカには外国料理もありますが、地方に行けば朝昼晩毎日カレーです。赴任当初は、カレーに嫌気がさした時期もありましたが、ある日、極限の空腹に耐えきれず食べたカレーが、人生で一番うまいカレーになりました。
2. 活動された内容を教えてください。
国のハンドボール連盟に配属され、様々な年齢層のハンドボール選手を対象に、各地で練習会を開くなど草の根的な活動を行いました。タイミング良く、2010年南アジアスポーツ大会がバングラデシュで開催される年でしたので、任期後半の1年間は、ナショナルチームの指導にも携わりました。南アジアの中でも下位グループにいたバングラデシュチームが、結果的には銅メダルを獲得するほどに成長しました。普段、怠け者な彼らですが、やる気になれば(お金がもらえると)すごいパワーを発揮します。
3. 活動にあたり障がいとなったことやそれを克服していった事例があればお教えください。また活動はどうでしたか?
協調性が無いことが何よりも障害でした。手柄の独り占めや上司の独裁、ミスを嘘でごまかす態度などは大変困りました。チームワークの無さは、もちろんハンドボールにも表れ、チャンスにパスを出さない。ミスしたチームメイトに罵声を浴びせる。すぐ諦めるなど、チームワークの欠片もない選手ばかりでした。それでも諦めず、協調性を持つことで効果的な仕事ができ、チームが勝利する結果が生まれるなど、回りまわって最後は自分のためになることを根気よく説明したのを覚えています。
活動にあたっては、とにかく信頼関係を築くこと。一緒に飯を食い、一緒に遊び、一緒に考え、一緒に苦しんだり楽しんだりすること。上から目線にならず、彼らの文化や習慣を知り、お互いに学び合う姿勢が大切だと感じました。
4. 失敗談や楽しかったこと、困ったこと、大変だったことは?
「援助慣れ」という言葉をご存知でしょうか。先進国などから援助を受けることが当然と思い、自助努力を怠るようになることです。私がバングラデシュに到着して、言われた言葉は「何を持ってきたのかな?」の一言でした。つまり、日本製の用具や金銭的な援助を求めるものでした。私が「何も持ってきていないよ。ハンドボール技術を伝えることが仕事だから」と答えた時の「チッ」と舌打ちした彼らの態度は、これからの活動を不安にさせました。
また、前述したように、協調性に欠ける彼らは、みんなで分けてと支援物資を渡しても、こっそり自分の物にしたり、高値で売り払ってしまったり。これが他の関係者にばれた時はもう大変。善意のつもりが争いの種になってしまいました。
国際協力は、相手の状況やニーズ、波及効果などを踏まえた上で活動し、自分勝手な「助けたつもり」で終わらないことが大切だと感じました。でも、考え過ぎないパワフルな行動力も大切!バランスが難しいですね。
5. その他、何でも感じたことを書いてください。
これまでに大変だったことを多く書き綴ってきましたが、それを全てカバーするほどの愛情の深さ、人情の厚さがバングラデシュにはありました。日本が忘れかけている人との繋がりや家族の大切さ、仲間との信頼関係などが残っています。「開発」と「豊かさ」がイコールでは無いのという現状があることを知りました。
6. これから海外に出ようとしているウチナーンチュに一言。
途上国で生活する上では、「学力」よりも「楽力(がくりょく※勝手に作りました)」、つまり楽しむ力が大切です。ムカつくことも沢山あります。騙されて任国不信になることもあります。でも、そんなアクシデントも笑えるくらいの気持ちのゆとり、発想の転換、コミュニケーション能力が必要だと思います。おかげで帰国後は、多少のことでは動じず、何でも楽しむことができています。