笠松 エミリア(カサマツ・エミリア)氏 インタビュー

2018年11月27日

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パラグアイに著名な日系人はたくさんいるが、笠松女史もその一人だ。女性の権利と地位向上を目指して長年活動しているかたわら、華道小原流の師範としてパラグアイに生け花を普及し、パラグアイ日系人移住の歴史や、ジェンダー開発、パラグアイ国家の記念誌などにも数多くの記事を執筆・寄稿している。

2004年からは香川県アンバサダーに任命され、香川県とパラグアイとをつなぐ架け橋として、両国で情報発信を行っている。

女史のパラグアイにおける奉仕活動や社会貢献活動の功績は多岐に亘る。今回はそんな経歴を持つ女史に、最近の活動と日系社会の未来展望について話を伺った。

プロフィール

肩書

パラグアイペンクラブ会長、日本パラグアイ協会副会長、福祉推進委員会委員、華道小原流師範、香川県アンバサダー、ラテンアメリカ女性の権利を守る会会員

経歴

1940年、ラ・コルメナ市生まれの日系二世。父は香川県出身で、母は北海道出身。2004年国立アスンシオン大学文学部を卒業した後、同大学院にて大学教授のための特別教授法・研究方法論を専攻する。修了後、同大学院でジェンダー開発の修士コース研修に進み、本コースも修了した。

その後、同大学院で研究方法論、哲学研究部、コミュニケーション学、ジェンダーの平等などについて教鞭を取る。過去には、パンアメリカ日系協会副会長、日系人で初めてのパラグアイ・日本人造りセンター(注)女性所長、パラグアイ日系社会福祉協議会会長、など様々な役職を経験している。

(注)1988年に日本の無償資金協力によって建設されたセンター。通称はCPJ(セー・ぺー・ホタ)。パラグアイにおいて有数の最新設備を誇り、音楽、スポーツ、パソコン、語学、日本文化など様々な教室を開催している。JICAは同施設へ設備提供を行い、現在はボランティア派遣を通じて、ソフト面での支援を行っている。

インタビュー記事