第4回:インドネシアで火山周辺村落のコミュニティ防災力向上に取り組んでいます!エフエムわいわい 日比野 純一さん

【画像】第4回は、インドネシアで火山周辺村落のコミュニティ防災力向上に取り組む、特定非営利活動法人 エフエムわいわいの日比野 純一さんに筆を執っていただきました。

Q1. 所属団体とインドネシアでの事業概要を教えてください!

団体/組織名 エフエムわいわい
主な活動国・地域 インドネシア共和国 中部ジャワ州 ジョグジャカルタ特別州
団体が目指していること コミュニティラジオ放送を通して、違いを超え、一人ひとりの市民が尊重される地域づくりを進め、その経験と知識を、国内外のコミュニティと共有すること。
事業名 ジャワ島中部メラピ山周辺村落のコミュニティ防災力向上
事業概要 メラピ火山の裾野の六村落において地域の防災力を高めていくためにコミュニティの情報力(コミュニティラジオ、トランシーバ、携帯メール、SNSを活用)、知識力(ラジオ番組コンテンツ、住民への防災教育、災害経験の伝承)、組織力(行政と住民のネットワーク)を、コミュニティラジオを核にして強化する。

Q2. 国際協力に関わるようになったきっかけ、理由を教えてください!

私たちの団体がある神戸市長田区は、外国人または外国にルーツのある人が人口の一割を占めています。エフエムわいわいは、阪神淡路大震災以降、そんな長田でコミュニティラジオを活用した文化・多民族共生のまちづくりに取り組んできました。具体的には、多言語でのラジオ放送を通して、様々な文化背景を持った住民がいることを発信したり、外国人住民や障害者など、少数者の声を地域の人々に伝えたりしています。
長田区での活動を深掘りする中で、一緒に活動している外国人の仲間たちを通して、コミュニティラジオという道具を使い、地域の課題解決に取り組んでいる人たちが世界中にいることを知りました。彼らとの出会いが私を国際協力の活動に導いてくれたのだと思います。

Q3. インドネシアで事業をはじめたきっかけや対象地域、対象者を選んだ経緯・背景を教えてください!

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コミュニティラジオで火山噴火時の経験を伝える番組を放送

2006年にヨルダンでコミュニティラジオの世界大会が開かれ、「防災とコミュニティラジオ」の分科会で発表をする機会がありました。そこで一緒に発表していたのが、現在、現地側のカウンターパートとなっている団体の前の代表です。発表を通して、インドネシアも日本同様に、自然災害が多発する国であること、また防災にコミュニティラジオを役立てていこうという取り組みがあることを知りました。
この出会いをきっかけに、翌年には、インドネシアに渡り、ジャワ島中部の地震と火山噴火の被災地にあるコミュニティラジオ局を訪ね、彼らの活動経験を学びました。それ以降、インドネシアの仲間たちを日本に招くなど、防災とコミュニティラジオに関するお互いの知識と経験を交換し、それがこの草の根技術協力事業に発展していったのです。

Q4. 事業に関わる上で、一番気を配っていること/気を付けていることはなんですか?

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村の女性達の防災力の向上は活動の柱の1つ

私たちは阪神淡路大震災から神戸市長田区で活動しているコミュニティラジオ局です。コミュニティラジオは地域に密着した情報を地域に向けて発信するためのものですが、 大切なのは自分たちが暮らす地域だけが『豊か』になることを考えるのではなく、他の地域にも同じように思いを馳せて、思いやりを持って、まちづくりやむらづくりを考えることだと思います。
ある時、インドネシアで活動している村の住民からこんな言葉を聞きました。
「防災研修に何度も出て、確かに知識は得られた。しかし得た知識を形にしていく術を得る機会はいつも提供されない。交通費が出るので研修には参加しているが、これでは問題の解決にはならない。だからエフエムわいわいには、息長く一緒に活動していく存在であってほしい」。
私たちができることは、現地の人々と一緒に悩み、考え、そして夢を語り、そこから見えてきたことを、出来得る限りともに進めていく仲間であり続けることだと思います。

Q5. これまでに一番困った/苦労したことはなんですか?また、どのように乗り越えましたか?

2010年から一緒にこの事業の計画を立て、ともに進めてきたカウンターパートの代表が家庭の事情で退職してしまったことです。新しい代表が就任するまでには数ヵ月がかかり、一緒に事業を進める上で忌憚なく互いの意見をぶつけあい、問題を解決していく相談相手がいなくなってしまいました。
新しい代表が就任してからは、私が2ヵ月ほど日本にいなければならなかったこともあり、直接会って話をすることができず、新たな信頼関係を築くことに苦労しました。インターネットを介してのコミュニケーションには限界があります。2ヵ月待って、膝と膝を付け合わせて互いのバックグランドを含めてじっくりと話をすることで、今まさにこれを乗り越えようとしているところです。ミーティングだけでなく、一緒にコーヒーを飲んだり、食事をしたり、そうした時間の積み重ねがもっとも大切なのだと思います。

Q6. では、一番嬉しかった/やりがいを感じたことはなんですか?

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メラピ山の頂上まで登り山を知る

活動している村落の住民達とメラピ山登山をしたときのことです。登山への参加者集めには、村のコミュニティラジオで参加を呼びかけるとともに、ソシャルメディアでも広報を行いました。すると、2010年の火山噴火時に被災者支援活動に携わっていたジョグジャカルタ市内の大学生たちも多く参加し、なんと総勢70名以上のパーティとなりました。
思いがけずメラピ山で火山防災に関わる多くの人達が一同に会する機会となったことで、それを知った、世界でも火山防災では有名な国立火山地震研究所の所長さんが麓までやってきて、登山前に「火山とともに暮らす」という講義をしてくれました。みんなで講義を聞いた後、深夜0時に麓を出発し、日の出のころに3,000メートルの山頂にたどりつきました。往復12時間というホントにハードな登山でしたが、山の暮らし、過去の噴火の経験、防災の話をしながらの登山は、火山防災に関わる人達の団結力を大きく高めました。私自身も山頂まで一緒に上ったことで仲間として認められた感じがしました。

Q7. 事業を進めていく中で、現地の人々にはどのような変化が見られますか?
今後重要になると思われること、今後の抱負を教えてください!

事業を通して、メラピ山麓のコミュニティラジオ局同士の学び合い、助け合いが進んでいます。活動の豊富なラジオ局が、経験の浅いラジオ局に運営や災害対応などの経験や知識を伝える場が確実に増えてきました。また、それぞれのコミュニティラジオ局で活動を担う村の若者を育てる機運も芽生えてきたように感じます。小さな活動を積み重ねていくことで、やる気と自信を育てています。さらに、メラピ山での火山防災の経験をインドネシア国内の他の火山地域の人たちに伝える動き、また逆に他地域の経験から学ぶというような、横の連携も少しずつ広がりつつあります。
私たちの事業テーマは「火山とともに暮らす村づくり」ですが、同じ火山国である日本の火山地域で同じテーマでまちづくりをしている地域との学び合いを、いかに活動に落とし込んでいくかが今後のチャレンジです。

Q8. 最後にずばり!国際協力を色に例えると何色でしょう?!

空色:世界のどこにいても、どんな状況の下で暮らしていても、見上げる空の色は同じであって欲しいから。

ありがとうございました!