第8回:インドネシアと東松島で津波被災からの相互復興に取り組んでいます!東松島みらいとし機構 小平 裕子さん

【画像】第8回は、インドネシアと東松島で津波被災からの相互復興に取り組む、一般社団法人 東松島みらいとし機構の小平裕子さんに筆を執っていただきました。

Q1. 所属団体とインドネシアでの事業概要を教えてください!

団体/組織名 一般社団法人 東松島みらいとし機構
主な活動国・地域 インドネシア、バンダ・アチェ
団体が目指していること 津波により被災した宮城県東松島市とインドネシアのバンダ・アチェ市が協力し合い、互いの発展の良い刺激となるような「相互復興」
事業名 バンダ・アチェ市と宮城県東松島市における住民主体での地域資源利活用による相互復興推進プログラム(コミュ・プロジェクト)
事業概要 「廃物処理」、「コミュニティビジネス」、「防災」のテーマで、両市の住民を相互に派遣し、経験や知識の共有により出たアイデアを、住民とともにモデル活動として実践する。また、現地でのプロジェクト活動を沿岸部の3棟の津波避難ビルで行うことで、コミュニティの拠点として活性化し、総合的に防災につなげる。

Q2. 国際協力に関わるようになったきっかけ、理由を教えてください!

様々な縁や偶然が重なった結果でしたが、根本的なきっかけとなったのは2011年の東北大震災です。震災当時、私はイギリスで都市と建築の研究をしていました。在英の日本人たちは皆ひどく心を動かされており、距離を隔てたもどかしさを抱えながらも、様々なチャリティ活動を行っていました。そんな中、私も仲間たちと、被災した東北の子どもとロンドンの子どもの「都市の中の遊び」をテーマに、ワークショップや展示を実施しました。
2012年の末、仕事も一段落し、一旦帰国してからは、長く離れていた日本が津波や原発事故によってどのように変わってしまったのか、この目で見なくてはと思っていました。そこへ、イギリスで一緒に展示を企画していた仲間が、東松島で子どもを対象としたワークショップを開催するという話を聞き、私もこれに関わるために東松島に滞在することにしました。そうこうしているうちに、ある日突然、東松島市役所より「来月からインドネシアのバンダ・アチェより市役所職員2名が研修にくるので、面倒を見てもらえなえだろうか」という依頼が来ました。研修のテーマは「東松島市の環境未来都市構想」と決まっていましたが、実際のプログラムは全くオープンであり、詳細が決まっているわけではなかったので、私なりに、復興におけるまちづくり、という観点からプログラムの提案もできるだろうと考え、引き受けることにしました。以来、仲間とチームを組み、2人で研修と事業の企画と実行を行っています。

Q3. インドネシアで事業をはじめたきっかけや対象地域、対象者を選んだ経緯・背景を教えてください!

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ワークショップの参加者で賑わう津波避難ビル

バンダ・アチェ市の市役所から派遣された2人の研修員は、JICAの有償勘定研修事業で東松島に来ました。研修は、2人と一緒にプログラムの企画を作るところから始まりました。東松島の色々な復興事業の事例を紹介しながら、バンダ・アチェの抱える課題の洗い出し、長い話し合いの末に、具体的な課題を「環境に配慮したまちづくり」、「防災」、「漁業」に絞りました。
草の根技術協力事業の存在を知ったのは、研修が始まって半年ほど過ぎた頃、ちょうど「提言を作るだけで研修が終わってしまうのはもったいない!」と思っていたところでした。同じころ、研修員とともに、東松島市とバンダ・アチェ市の協力関係について覚書の調印へ準備も進めていたこともあり、研修を通して出された提言を、モデル事業として試験的に実施するため、草の根技協を活用することになりました。
バンダ・アチェの課題の1つに、JICAによって建てられた、沿岸部の津波避難ビル3棟の活用と管理がありました。これらのビルは、普段ほとんど利用されることがなく、地震が起こっても住民の活用は限定的でした。そこで現在は、避難ビル3棟の周辺を活動拠点とし、周辺の地域コミュニティと共に、普段から津波避難ビルを利用することで、これまで上手く活用されていなかったビルの再活性を試みています。

Q4. 事業に関わる上で、一番気を配っていること/気を付けていることはなんですか?

やはり、時間をかけて話し合うということでしょうか。企画者である私たち、 研修の参加者、バンダ・アチェと東松島の両市の住民、現地のスタッフ、事業に協力してくれる専門家らが、互いに疑問を投げ合うことが大切だと考えています。ときには、内容を理解しているかを確認し、繰り返し説明することが必要になるので、長い時間がかかります。しかし、これらの話し合いを通して、相手のことをより良く理解できるだけでなく、自分自身のことに気が付くことができ、これが「相互復興」の基礎となります。
研修参加者には、常に物事をその社会的背景にまで遡って理解すること、良い影響と悪い影響の両方を考えることを促し、東松島で得る知識を、参加者自らがバンダ・アチェで活かせるモデルに変換できるようにしています。また、日本で見る事例は、何でも「正しい解答」であると鵜呑みにしがちなバンダ・アチェの人々に、常に「バンダ・アチェにも良いところは沢山あるので、そこを活かしてどう発展できるのか考えよう」と、強調しつづけています。

Q5. これまでに一番困った/苦労したことはなんですか?また、どのように乗り越えましたか?

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東松島のコミュニティビジネス経営者が、バンダ・アチェで手工芸品を製作販売している住民の為に、商品のマーケティングとプロモーションについてワークショップを実施。

特に思い当たりませんが、敢えて上げるとしたら、現地に行く度に、日本からの渡航者のだれかしらが腹痛と下痢に苦しむことです。原因は水か、インド料理に影響された現地の辛い食べ物かもしれません。もしくはついつい勧められて食べ過ぎることかもしれません。私自身、人生で一番酷い腹痛を経験しました。それによって渡航中の予定が狂ってしまうこともありますが、ある程度なら、皆青白い顔で、トイレの心配をしながら頑張ってくれます。やはり下痢止めよりは、正露丸の方が身体への負担は少なくて良いようです。

Q6. では、一番嬉しかった/やりがいを感じたことはなんですか?

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バンダ・アチェの漁師たちが東松島の海で定置網漁を体験

最初に調査に行った際、村の小さな船着き場で、偶々居合わせた漁師に、全くの他人同士ながら、仕事の悩みや子どものことなど色々な話を聞きました。そのとき、この事業の今後を色々と想像しました。それから1年後、同じ場所で、東松島の漁師がバンダ・アチェの漁師と一緒になって、楽しそうに漁の話をしているのを見たときは、目には見えませんが、確実に築かれていくものがあると感じました。

Q7. 事業を進めていく中で、現地の人々にはどのような変化が見られますか?
今後重要になると思われること、今後の抱負を教えてください!

現地には、素晴らしい村長さんがいます。彼は、東松島での研修に参加し、行政と住民が協力して行う備蓄について感銘を受け、防災避難ビルを使って、独自に村のための備蓄を始めました。このように、住民が出来るところから、出来るかたちで行う試みを支援することが、この事業の目指すことです。将来的に、両市の住民の多くに、そのような実行力が備わっていてほしいと願っています。また、津波によって、直接大きな影響を受けた人々は、ちょっとしたきっかけがあれば、すぐに互いに共感しあい、一緒に物事に取り組むことができるようです。バンダ・アチェで工芸品をつくる女性のためのビジネス・ワークショップを行った東松島の女性が、「アチェの人たち、がむしゃらに頑張ってるね。私も頑張らなきゃなー」と、晴れやかに言いました。この事業が、2つの被災地の結びつきを強める、そんなきっかけとなれば嬉しいです。

Q8. 最後にお聞きします。ずばり!国際協力を色に例えると何色でしょう?

紅白です。インドネシアと日本の国旗の色で、クールな「白」、情熱の「紅」というイメージから!

ありがとうございました!