ヌク旅行記

11月のある木曜日、わたしたち女3人は早朝の空港に集まった。目指す場所はパプアニューギニア、サンダウン州の「ヌク」。蚊柱がたつといわれるほど蚊の多いマラリアのメッカであり、現在協力隊員が活動しているなかでも1・2を争う僻地である。12月中旬にはその隊員(氏原求さん、通称うじくん)も任期が終わって帰国してしまうため、ヌクに行くのはこれが最後のチャンスということで旅は始まった。

エアーリンクでレイ・マダンを経由し、まずはウェワクへ入る。ここからはMAFというミッション関係の会社が飛ばす飛行機に乗り換える。しかしこの飛行機は、スケジュール通りに飛ばないことで有名なのである。

ポートモレスビーから何度も電話で確認したところ、翌金曜日の午前中にはヌク行きが飛ぶと言っていたのだが、MAFオフィスに行くとアンソニーという愛想の良いお兄ちゃんが、「機体は修理のためマウントハーゲンに行っている」と言う。明日飛ぶかどうかは、今日の夕方にならないとわからないというので、ひとまずホテルにチェックイン。ちなみにウェワクでの宿泊は、かの有名な「川端ニューウェワクホテル」である。

戦跡めぐりのあと再びMAFオフィスへ。アンソニーがニコニコしながら、「明日は飛ばないけど土曜日には確実に飛ぶよ」と言う。その言葉を信じてキャッシュでチケットを購入。その後、マーケットで活きが良いビナタン(カブトムシの幼虫)が売られているのを目撃。彼らにとっては重要な蛋白源であるが、私たちは、「ヌクに行って出されたらどうしよう」と不安になる。

夜は川端氏が自らさばいてくださったマグロの刺身に舌鼓を打ち、川端氏の興味深いありがたいお話を聞き、スプリングが背中に刺さりそうなベッドで就寝。

翌日は何もすることがないので、遅い朝食のあとマロロ。飛行機が来ているかどうか心配だったので夕方再度MAFへ。しかし機体の影も形も見えない。アンソニーによると、「機体はバニモに行っていて明日の朝ここに来る」とのこと。でも、「明日はヌクに行く前にアンブンティに行く」などと言い始めるので、頭にきて「私たちは今日ヌクに行くはずだったんだよ!!」と抗議。関係ないホテルのドライバーにまで八つ当たりしてしまった。ごめんなさい。

そして翌土曜日。ゆっくり朝食を食べているとMAFから電話があり、「飛行機が来るから早く空港に来い」とのこと。急いで向かうが飛行機が飛んできたのはそれから2時間ほどたってから。機体を確認した後、バニモの福永隊員経由でヌクの氏原隊員へ無線を飛ばしてもらう。アンブンティには行かずヌクにすぐ飛ぶとのことで(どうも私たちがあまりにもウルサイので、先にヌクに行くことになったらしい)、ようやく5人乗りのセスナでヌクに向かった。アンブンティに帰る予定のミッションの人の視線が心なしか冷たく感じる。

ウェワクから1時間ほど飛行して原っぱ滑走路のヌク・ステーションに無事着陸。降りたとたん大勢の人(主に子供)に遠巻きで取り囲まれる。氏原隊員が迎えに来てくれるとのことだが、なんせ彼の活動地の高校はヌク・ステーションから徒歩で2時間半のところにあるのでまだ到着していない。飛行機はウェワクに帰っちゃったし、私たちここに取り残されてどうなるんだろう。

と心細くなっていたところに、やさしいオバちゃんがやってきてヌクの教育委員会と思われる建物に案内してくれる。そこにいたピーターという教育委員長が学校まで行く車を探してきてくれるとのこと。ひとまずホットして日陰で蜂におそわれながらも昼食のクラッカーをほおばっていると、ひょっこり氏原隊員が現れた。やっと会えたね!!!

結局ピーターさんが調達して来てくれた車で、20分ほどで学校に到着。かなり整備されていて、きれいな学校である。うじくんのお家もトイレは水洗(ただしバケツの水を流す手動)だし、ソーラー発電で電気はあるし、広くてきれいである(実は前もって掃除をしたとのことであったが)。水道はなくレインタンクに溜まった水を利用しているが、現在は雨季のため水は豊富とのこと。その水で入れてくれたお茶をいただく。

その後は川に行って水浴び。男性と女性は水浴びする場所が分かれているという事で、女生徒に女性用水浴び場まで連れて行ってもらう。洗濯する人あり、釣りをする人ありの中で、私たち3人は水着になり皆の注目を浴びながら髪まで洗ってしまう。川の水はすこし濁っているが冷たくてとても気持ちが良かった。

その後、今夜は学生主催の謝恩パーティーがあるとのことで、会場である学校の図書館へ。生徒たちが用意してくれた食事をいただく。内容はサクサク(サゴ椰子の幹の繊維を濾して抽出したでんぷんをかためたお餅のようなものでこの地方の主食)、チキンのココナツ煮、ちまきのようなものなどなど、ものすごいご馳走である。生徒たちは恥ずかしがってかあまり言葉を交わしてくれないが、食べる量はものすごい。さすがである。

ビレッジステイ先のご家族

そしてその夜はせっかくだからということで、学校のはずれにある民家に泊めてもらう。いわゆるビレッジステイである。しかし私たちが泊まるからということで、寝台をすべて貸してくれて家の人たちは屋外(屋根はあるが壁はなく、火をたいているところ)で寝るという。ごめんなさい。

家の人と火の周りでおしゃべりした後、いよいよ就寝。それぞれ寝袋と蚊帳をセットし、蚊取り線香もたき万全の体制である。しかし、うとうとし始めた頃に足の周りをチョロチョロ動くものがあり、ビクっとして起きてしまう。ネズミの出現である。その後、頭の横を通られて、こらえ性のない私は思わず叫び声をあげてしまう。うじくんが起きてくれて「ねずみは齧りませんから大丈夫ですよ」となだめてくれる。他の2人もしきりに寝返りをうっている。竹のベッドでどうにも寝心地が悪く、竹と竹の間にはさまって寝ていたとのこと…。

【写真】

サクサクのココナツスープがけ

しかしそんな夜もようやく明けて、朝食にはサクサクにココナツスープをかけたものをいただく。とても美味しい。

ちなみにこの家にはトイレがなく、もよおしたらブッシュの中に行く。一応は場所が決まっているが、みんな適当にしているらしい。

その後、泊めてくれたお家の人たちに別れを告げ、ブッシュウォークの始まりである。山の上にあるというある村を目指す。しかしヌク・ステーションまで行く車が迎えに来てくれるので午後2時半までには学校に戻らなくてはいけない。とりあえず行ける所まで行くことにする。

一時間半ほど山道を歩くと、急に視界が開けた。「あの山の上に見えるのが目指す村ですよ」と言われ、「え〜あんなに遠いの!!」と私たちが驚くと、「あと30分くらいで行けますよ」とうじくん。とりあえずまた歩き出す。

急な谷を下り、また登りして、ヘトヘトになってやっと村にたどり着く。村人がその辺の木に登って椰子の実をとって出してくれる。そのココナツジュースの美味しいこと!!! へとへとになった体中にしみわたり、まさにエネルギー補給をしたという感じで不思議に元気が出てきた。うじくんにだまされながらも、村まで来て良かった。

【写真】

山の上の村人たちと談笑

村人をデジカメで撮ってあげてそれを見せてあげると皆とても喜んでくれる。1人のおばあさんは興奮しすぎたらしく私の首を絞めそうになる。しかしそれは首を絞めるのではなくて、あごの下をさする、この地方独特の親愛の情を示す挨拶なんだそうだ。実はうじくんは学校近くの村の未亡人から亡くなったご主人の生まれ変わりだと信じられ慕われており、たびたびこの挨拶を受けているらしい。

その後、急ぎ足で山を降り学校に戻った後うじくんとも別れを告げてヌク・ステーションへ。その夜泊めてもらうことになっているシスターの家に向かう。

シスターのお家では、ベネズエラから来てもう9年になるというヨランダシスターが温かく迎え入れてくれる。他に若いシスターが2人。この辺鄙な場所でつつましく生活されている。信じるものがある人は本当に強い。

村のハウスシック(病院)に見学に連れて行ってもらった後は、水シャワーを浴び夕食。デザートをいただいていると、訪問客があり、なんとそれはうじくんだった!!! 私たちに蛍の木のことをきちんと説明するのを忘れてしまったので、追いかけてきたとのこと。なんて優しいんでしょう! ということで、うじくんが泊めてもらうハウスシックの主任とともに、蛍の木を見に出かける。蛍の木とは、ある特定の木にだけたくさんの蛍がとまり、いっせいに発光するというものである。パプアニューギニアの各地で見られるものだ。

しかしこの夜は、あまり蛍が集まっていなかった。どうも雨上がりの日でないと蛍はあまり来ないらしい。でもその代わり空には満天の星。南十字星がどこにあるのか見つけられないくらいたくさんの星を見ることができた。うじくんどうもありがとう!!!

その夜は久しぶりに寝心地の良いベッドでぐっすりと眠る。しかし明け方の4時ごろ、ひどい雨と雷の音で起きてしまう。朝にはやむだろうか。

そして翌朝、雨はシトシトと降り続き、遠くの山は霞んでいる。朝食の時シスターから、「これでは飛行機は来ないから、ゆっくりとしていきなさい」と言われ、私たちも覚悟を決める。

しかしMAF各基地と無線のやりとりをしていたヨランダさんから、「飛行機は来るらしいから9時にはMAFの小屋に行っているように」と言われる。急いで荷造りをし、シスターたちに別れを告げてMAFの小屋へ。しかし誰も居ないので、しかたなく軒先で待つことにした。

30分くらいすると、どこからともなく村人がワラワラとやってくる。本当に飛行機が来るらしい。そしてまたしばらくすると、思いがけないほどヨボヨボのおじいさんが鍵をもって小屋を開ける。そしておもむろにチェックインが始まった。

【写真】

雨の中奇跡的にやってきた飛行機

MAFの係りのおじいさんは老眼らしくて、チェックインの書類に名前や重さを書き入れるのに恐ろしく時間がかかる。が、そんなことをしているうちに飛行機がやってきた!!! ウェワクから来た飛行機よりももっと大きくて、プロペラが2つあるツインオッターというやつだ。こんな天候でも飛んでくるなんて奇跡である!!! うじくんはちょっと寂しそうな笑顔でそっとつぶやく。「ヌクに来る人はみんな、帰りの飛行機を見たとき一番うれしそうな顔をするんですよね」。しかししかし、今度は乗りたい人は13人いるのに、6人しか乗れないという問題が発生。しかも次の飛行機は金曜日まで来ないという。またもやピンチ!!!

でも、さすが地元に顔が利くうじくん。私たちのことを「日本に帰らなくてはならない」と偽って交渉してくれて、なんとか乗れることになった。前の週の金曜日から待っていた人もいたのに、ごめんなさい…。ということで、うじくんや村の人たちが見守る中、飛行機は無事に離陸。ヌクよ、さようなら〜〜。

途中アイタペ・アングガナック・ルミを経由して、3時間かけてようやくバニモに到着。バニモはヌクに比べたら物は豊富にあるし、きれいなビーチがありのんびりしたよいところである。その夜はバニモで一泊して翌日ポートモレスビーへ。そんなことで、ヌクへの旅は終わってみれば奇跡的にほとんど予定通り終了したのである。

この旅ではたくさんの人々の犠牲と好意のもとに、非常に貴重な体験をさせていただいた。私たちにとって忘れがたいパプアニューギニアの思い出になるであろう。皆さん本当にありがとうございました。

(旅人:健康管理員 SS・シニア隊員随伴家族 RU・所員随伴家族 MK)