セピック川旅行記

海、山、島、河に活きたりパプア人

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セピックのマスク
独特な造形芸術

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MTSディスカバラー号
マダンの船着場にて

パプアニューギニア人は上記の四つの地域に住んでいる(付け加えるとすれば「都市」だろうが...)。海、山、島までは日本人の私でもたいがい想像は付く。気候や事情は異なれど日本でも似たような暮らし方をしている人たちは過去にいたのだから。

が、セピック河のようなジャングルの中を走る広大な河は日本にない。しかも、この地方ではつい最近まで首狩が行われていたという。間違いなくパプアニューギニアの秘密の一角を担っているのがこの河に暮らす人々だ。この国に来た以上、是非一度は訪れてみたい土地である。

旅行客がセピック河に行くにはだいたい二つの方法しかない。一つはアンゴラム、アンブンティ、カラワリなど比較的施設の整った拠点からガイドなどを雇った上、カヌーやボートで川沿いの各村を訪れる方法。もう一つはMTSディスカバラー号、ないしはセピックスピリッツ号のような客船に乗って強引に訪れる方法である。

何分どんな土地かわからない。妻を連れて行く以上、いつひっくり返るかわからないようなカヌーで河ぞいの村を巡るような旅は避けた方が無難である。鰐に噛まれるかもしれないし...ということでMTSディスカバラー号のツアーに参加するに至った。

蝙蝠(こうもり)の夕陽を後に船出せり

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マダンの夜景
コウモリが飛ぶ交う中出航

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室内の様子
「豪華客船」というほどではない

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夜間セピック川を上る船より
幻想的な光景

今回参加したツアーは2005年12月30日夕刻にマダン発、そして2006年1月4日早朝にマダン着という年越しツアーであった。

MTSディスカバラー号は客室定員50名、全長37.5m、排水量630t、、ボート2艘とヘリコプター1機搭載という小型ではあるがかなり本格的な装備を備えた船である。

ライバルのセピックスピリッツ号と違って基本的には外洋船であり、セピック川中流域と言われるチャンブリ湖付近までしか入ることはできないようである。また、村の船着き場につけたり細い川を行くことはできないので、そんなときは船の後部に搭載された二艘のボートに乗っていくことになる。

客席は進行方向に窓がある良い部屋があてがわれた。部屋は決して広くはないが各部屋にバストイレが付いている。

ツアーの参加者は米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド人の他、ドイツ、オーストリア人が中心であってアジア人は我々だけであった。

驚いたことに参加者のほとんどが政府系ボランティア、NGO、国連、私的企業の仕事でパプアニューギニアに在住している人たちであって、純粋な観光客は29人の参加者中5名だけであった。「セピック川に来たい」という意思を持つこと自体かなり大変なことなのである。

オーナーがオーストラリア人と言うこともあって運営が欧米的である。日頃から地元民と同じ目線で考えようと日々努力しているJICAボランティアにとっては若干違和感を感じるツアーかもしれない。例えば、ツアー中、芋虫スープはおろかサクサクを試食する機会さえ与えられないのであった。

年明けて代わり映ゑなき景色なり
濁流に鯰(なまず)も見ゑぬ河面(かわも)かな

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典型的な船から見た風景、これが延々と最後まで続く

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船から見たアンゴラムの様子
これがセピック河の本当の色

出航後夕食を取りながら船は夜通しマダンからビスマルク海をセピック河に向けて進み、翌早朝にはセピック川河口に到着する。

小型の客船なので海ではかなり揺れるがセピック河に入った途端にほとんど揺れなくなる。

先に述べておきたいがこのツアー中MTSディスカバラー号本船から見える景色はまったく変わらない。

中流にまでくるとようやく所々山が見えてくる程度で、上句の通りひたすらセピック川の泥水と浮草と木しか見えないのであった。豊かな生態系を持っているはずのジャングルであるが、四日間も同じ光景を見せ続けられるとジャングルがまるで砂漠のようにも思えてくる。

動物が見たい私は鰐はじめ珍しい動物が見れないかと注意を払っていたがそんなものはまるっきり見えない。水が濁っているので河の魚でさえ見ることはまず不可能である。

ちなみにこのツアー中目にした動物を列挙すると...蜉蝣、ゴキブリ、蛾、蝿、蚊、鴨、白鷺、黒鷺、鳶、羽を痛めた大鷹、家鴨、犬、豚、鶏、大蜥蜴の死体、ワライカワセミの雛...以上である。日本で見れそうにない動物と言えばワライカワセミと体長1m程のオオトカゲぐらいなものであろう。

最初からわかっていたことではあるが、このツアーは「パプアニューギニアの自然を堪能したい」などと考える輩には不向きである。ここらへんはクルーズ船ツアーであるがための限界ではないかと思う。

一日目

密林の壁にひるまずボート行く

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ミューリック湖に至る水道
「凄い」の一言

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メンダの村人たち
気のせいか皆同じ顔をしている

朝食を済ますと早速河口近くのミューリック湖とメンダムという湖沿いの村に向けて本船に搭載したボートに乗って訪ねていくことになる。ミューリック湖はパプアニューギニア首相、サー・マイケル・ソマレ氏もミューリック湖の村の出身者でもある。

先に風景は単調と述べたが、このツアー初っぱなのミューリック湖に至る途中の水道は、開いた口がふさがらないほどの凄い光景が続く。

凡俗な表現で申し訳ないが、ボートでジャングルの中を探索するスタイルはまさにディズニーランドの「ジャングルクルーズ」そのものである。密林が目の前に迫ってくるので乗客である我々は恐怖心さえ感じる。が、ボートを運転している連中は慣れたもので、うねる水道を猛然と突っ込んでいくのであった。

時々ボートを止めては鰐がいないかと様子を伺ってはくれるのだが、残念ながら出会うことはできなかった。そもそもあんなに喧しいボートで鰐に出会うのはまず難しいのだろうと思う。

百八の煩悩もなき湖畔かな
人外魔境にて煩悩発揮せり

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タンバナムのマーケット
下流域では木彫彫刻がほとんど

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本船上に置かれた物品の数々

さて、最初にジャングルの大自然にびっくりさせられた後、風景にほとんど変化はなくなってしまう。ひたすら泥水と浮草と森である。

その後乗客の関心がどちらに向かうかと言えば、村々を訪ねてのお買い物なのであった。

百八の煩悩を消し去るはずの大晦日であるが、年を越してツアー客の物欲はますます盛り上がる。

さて、ここでこの国をよくご存じない方のためにお断りしておきたいが、パプアニューギニア人の美的感覚は非常に、非常に優れている。特にセピック地方の木彫彫刻はその造形美といい、彫刻テクニックといい、到底「原始的な人たちの稚拙な美術」などと侮れるものではない。我々農耕民族は芸術におけるダイナミズムにおいて彼ら狩猟民族の足元にも及ばないといえるだろう。

ツアー客たちが物欲におぼれてしまうほど夢中になるのも無理はないのである。実際他のツアー客たちの買い物は壮絶な量(マダンリゾートホテルが買い付けた数も凄かったが)で、ツアーの終わりには船中が彫刻で溢れてしまったほどであった。

二日目

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ティンブンケのハウスタンバラン

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ティンブンケの子供たち

スコールに似たる傍若無人かな(閑かな村に土足で乗り込む観光客になりきって)

スコールも楽しかりやと河の民(それでも楽しそうにしている村人を見て)

行く先々の村々ではもちろんツアー客が来ることを知っていて、私らが買いそうな品々を準備万端整えて待っている。ツアー客はツアー客で時間が限られているから、見れるものすべてを見ようと必死である。

私は私でここぞとばかりにNikonのシャッターを切りまくる。治安のよろしくない我がポートモレスビーで高そうな一眼レフカメラを持ち歩くのはちょっと勇気のいることなのである。

タンバナムはマーケットの規模が大きく、もっとも見応えのあるマーケットの一つであった。ここでは希望すればフェイスペイントをやってくれる。各マーケットはそれぞれ個性があって決して退屈しない。

ティンブンケで黒い木彫りのマスクが気に入って購入する。が、古く汚く怖いマスクだったので妻が嫌がった。こざっぱりときれいなマスクの方が売れ行きがよいようだが、古く汚いものの方が明らかに芸術的な価値は高いと私は思う。

昼顔と六十年後の笑顔かな

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カンビンディビットのマーケット明らかにいままでと品揃えが異なる

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カンビンディビットの夕日
この国の夕日はどこでも美しい

カンビンディビットでは第二次世界大戦中におそらくはウェワクから逃げ延びた大日本帝国軍の兵士が隠れ住んだ場所らしい。

76歳になると言うお爺さんに話しかけられ、その後同じ年代のお爺さんたちに取り囲まれ、当時の様子を楽しそうに話してくれた。

翌日の朝見せてくれることになっているシンシンではなんと日本語の歌を披露してくれるという。(しかし、ちょっとさわり部分だけ聞かせてもらったがさっぱり意味がわからなかった。)

すでに当時から60年以上経過しているにもかかわらず、まるでつい昨日の出来事だったようかの話しぶりである。察するに日本軍兵士と過ごした時間はよほど楽しく印象深いものだったに違いない。この地に来たそもそもの目的は異なるものの、考えようによっては彼らはパプアニューギニアと日本の友好関係を取り持った大先輩といえるのかもしれない。

私たちも翌日催されるはずのシンシンを心待ちにしていたが...結局彼らのシンシンを見ることはできなかった。今後セピック河を訪ねる日本人の方々にお願いしたい。是非カンビンディビットを訪ねて彼らとの親交を深めてほしい。彼らと日本人に対する信頼は先人たちが残してくれたささやかな財産なのだから。

三日目

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「新」と「古」の十字架

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カンボットのハウスタンバラン
観光客向けに最近造られたもの

蘭に問ふいづれまされり古と新と

村の人たちは貧しいが美しい生活を営んでいる。河の人たちとほんの少しだけ接した印象からすると、普通の農村に住んでいる人たちと大きな違いはなさそうだ。はにかみやで人なつこく、そしてクリスチャンである。

アイボンで墓を見かけた。十字架を模したと思われる伝統的な木彫りと、キリスト教の新しい十字架が並べられている(右の写真参照)。

二〜三日間、この地の伝統的な芸術にふれている中でこの二つの十字架を見比べたとき、けばけばしい色遣いの新しい十字架が美しいとは私には思えなかった。いや伝統的な彫刻の方がよほど美しい。

最近この地の多くの精霊の館=ハウスタンバランが荒れ果てていると聞く。カンボットのハウスタンバランのように一見立派なものでも実は観光客向けに最近建てられた、というケースもある。キリスト教の普及によって土着の精霊信仰が薄れているためである。外来の宗教を信仰するのは彼らの自由だが、素朴で美しいセピックの伝統文化がけばけばしい外来文化によって駆逐されていく姿を痛々しく思う。

セピックの人たちに限った話ではない。我々日本人も自国の伝統文化にもっともっと執着心を持つべきなのではなかろうか。今からでも決して遅くはない。

道行けば藪蚊の餌となりにけり

セピック川に行くのであれば蚊対策は必須である。特に午後村に行くと蚊よけをたっぷりと塗りつけた肌にも蚊が大群となって襲ってくる。

船に乗っている間は基本的に大丈夫だが、村から戻ってきたときにキャビンまで着いてきてしまうことがある。蚊を観察すると多くは藪蚊であってハマダラ蚊らしき蚊は目にしなかった。

とはいえ訪れた村人もよくマラリアで亡くなっているようなので注意は必要だろう。デング熱も要注意である。

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アイボンの子供

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アイボンの陶器
轆轤(ろくろ)を使わない

四日目

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サクサクの原料=サゴ椰子の木
村人たちはこんなものを食べている

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カンボット近くでカヌーをこぐ人
カヌーは彼らの唯一の「足」

細身やなサゴ椰子の木を食らふ民
浮草のたどり着きたる海(わた)の原

そんなこんなで船はとうとうセピック河河口の村コパーにたどり着いた。

この村ではサクサクの加工現場を見学する。サクサクとはサゴ椰子という木の幹を砕いて水洗いし、デンプンを採取したものである。私も知らなかったが、この地の人たちの主食はなんと木なのである。

水洗いしても木の成分はある程度残る。人間が消化することができないセルロースを含んでいるので、慣れない人はあまりサクサクを食べない方がよい、と注意を受けた。

事実、妻がマダンで買ったものを食べてみてお腹の様子をおかしくしてしまった。

地図

【地図】

旅程

2005年12月30日 17:00 乗船開始
18:30 マダンより出航
2005年12月31日 08:30 ミューリック湖
10:00 メンダ(木彫彫刻のマーケット、ピジン語の寸劇)
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16:30 アンゴラム(マーケット、鰐の養殖場があるというが見れなかった)
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2006年01月01日 08:30 タンバナム(彫刻のマーケット)
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13:00 ティンブンケ(ハウスタンバランでのデモンストレーション)
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17:30 カンビンディビット(彫刻、ビルムなどのマーケット)
2006年01月02日 08:00 再びカンビンディビット(シンシン見学の予定だったが流れ)
09:30 アイボム(土製陶器の村)
10:30 ウォンブン
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14:30 パリムベイ(ハウスタンバラン見学)
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2006年01月03日 08:00 ケラム川(サクサク作りの現場をボート上から見学)
09:30 カンボット(ストーリーボートの村)
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コパー(村からセピック河河口が見える。)
17:00 マダンへ帰港
2006年01月04日 05:00 マダン着

まとめ

鰐(わに)もなくシンシンもなき河の旅

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ツアー客を乗せてミューリック湖を行くボート

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セピック川河口の夕日

セピック川には一本たりとも橋が架かっていなかった(少なくとも中流域までは)。もちろん各村々を結ぶ道路など全く整備されていないに等しい。

現地の人間でもない単なる観光客が、未開の地=セピック河流域にとりあえず来るというだけでもそこそこ大変なことである。

ましてクルーズ船に乗れば女子供やお年寄りを連れていても、セピック河流域で安全きわまりない旅ができる。その点を考慮すれば、MTSディスカバラー号はじめ客船によるツアーはコストパフォーマンスこそ決して良くないがセピック川入門編のツアーとしては評価すべきだろう。

それにしてもお金のかかるツアーである。パプアニューギニア在住者向けの割引を利用してもツアーだけで2000キナ(約70,000円)はかかる。在住者でなければ2000米ドル(約230,000円)もかかるというから、当国在住者が中心になってしまうのも無理はないのかもしれない。それにしてはリスク回避、安全第一の内容で、JICA関係者はじめパプアニューギニア在住者なら物足りなさを感じること必至のツアーであった。

今回のツアーでも十分楽しかったのではあるが、セピックの実力はまだまだこんなものではないはずだ。旅慣れた人であれば「魚を釣りたい」「動物が観たい」「現地の人の生活を観察したい」等々特定の目的を持った旅の方が楽しいと思うし、そういった目的を持った旅には現地の情報を十分に持ったガイドによるカヌーの旅の方が賢明であろう。

それにしても今回のツアーで養殖の鰐さえ見れなかったのと、カンビンディビットで日本語シンシンを見れなかったのが残念でならない。

以上