アフガニスタンにおける結核対策の変遷

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国立結核研究所での日本から帰国した研修員の報告会

アフガニスタンで新たに発生している結核患者数は年間70,000人以上で、結果による死者も年間20,000人を数えます。この患者の数はWHO東地中海事務所の23管轄国のうちパキスタンについで2番目で、新患発生率は人口10万人に対して333人となり世界で6番目の深刻さです。アフガニスタンでは結核患者のうち75%が15歳から50歳までの生産年齢層で、これはアフガニスタン特有の状況ですが女性の患者の割合が70%ぐらいと大変多くなっています。

アフガニスタンの結核対策は1954年にWHOの支援で国家事業として開始されました。JICAは1974年からプロジェクト方式技術協力による支援を開始し、専門家の派遣や研修員の受入などを実施しています。また1979年には日本の無償資金協力によってアフガニスタンの首都カブールに国立結核研究所が建設されました。しかし同じ年のソ連の侵攻によりJICAの協力事業は中断され、その後に起こった内戦の間は完全にアフガニスタンの結核対策活動は停止してしまいました。国立結核研究所も1992年には略奪などによって放棄され廃墟のようになってしまったそうです。

1997年、アフガニスタンが孤立してしまったタリバン政権時代ですが、国家結核対策はWHOやNGOの支援を受け、カブール市内の病院に部屋を間借りすることで機能を復活させました。全国的な結核対策の活動をできる状況ではありませんでしたが、この年にアフガニスタンは結核治療の基本目標としてWHOの打ち出した短期化学療法を用いた直接監視下治療(DOTS)戦略を導入しました。

20年以上にわたる内戦によって、アフガニスタンは経済や社会、統治などの基本システムが破壊されてしまいましたが、日本はいち早く紛争後の国家復興に積極的に貢献することを表明しました。その中で保健医療セクターへの協力は「アフガニスタンの人々が、基礎的保健サービスに公平にアクセスできるようになる」ことを目標に、(1)保健サービス提供のための実施運営能力強化、(2)子どもの健康、(3)女性の健康、(4)結核を中心とする感染症対策、の4つの重要な課題に取り組んでいます。JICAは、2000年9月の国連総会で採択された「ミレニアム開発目標」の達成を目指し、アフガニスタンをコミュニティーや人びとに焦点を当てた「人間の安全保障」に基づく政策を実施していくうえでのモデルケースとしています。