「釜石の奇跡」の立役者である片田教授により「災害文化」を共有しました

2019年4月16日

2019年4月5日~16日まで、「釜石の奇跡」の立役者である東京大学片田教授がニカラグアを訪問され、様々な活動を通してその知見がニカラグア関係者に共有されました。

片田教授のニカラグア訪問はBOSAIフェーズI及びフェーズIIを介して、2009年より定期的に行われております。これは、片田教授が津波や洪水などからの住民避難を専門分野としており、特に1992年の津波被災国であるニカラグアでその知見が必要とされています。
例えば、1992年のニカラグア津波では170名もの死者を出しましたが、当時のニカラグアには津波に関する知識もなければ、津波の襲来を伝達する手段も、避難先や避難ルートに関する情報もありませんでした。そこでこの津波の教訓を生かすために、ニカラグアでは津波の知識と情報伝達の向上を図る取り組みが行われてきました。

住民避難を促進するためのこうした対策は大変重要です。しかしながら東日本大震災を振り返った時、多くの犠牲者が出たのは日本国民に津波の知識が足りなかったからでしょうか。それとも情報伝達の手段が十分ではなかったからなのでしょうか。
片田教授は「2011年の津波の際に、地震の激しい揺れを感じて、あるお母さんが真っ先に思い浮かべたのは、自分の命の危険ではなく大切な子供のことだった。このお母さんは津波の襲来までひたすら自分の子供を探し続けて帰らぬ人となった。このお母さんは津波のことを知らなかったのかだろうか?まして防災意識が低かったのだろうか?」と問い掛けます。

人はどんな危険な状況に晒されても、「自分が死ぬことはない」とその状況を過小評価してしまう特性があります。心理学用語で『正常性バイアス』と言いますが、自分の命の危険を過小評価する代わりに、大切な人のことを思い、自分の命も顧みず危険な行動を冒してしまうのです。こうした日本の教訓を踏まえるならば、『人は人として逃げられない』のだと片田教授は指摘します。
人が人を思うが故に逃げられないのですが、しかしこれでは防災になりません。そこでこうした親が子を思い、子も親を思う気持ちに寄り添いつつ、こうした家族や地域への思いを防災活動の原動力にしていく必要があります。つまり、親に逃げて欲しいから子供は一人で逃げられる子供であることを親に示し、親は子供を信じて探しに行かず、避難場所で再会すべく自らの命を守り必ず避難をする。それぞれがそれぞれのなすべき行動を取れるように、釜石市では学校での防災教育とコミュニティ防災(地域防災)を連動させていました。片田教授曰く、「防災教育と地域防災は不可分」です。

こうした片田教授の防災教育・コミュニティ防災の考えは、まずプロジェクトのカウンターパートであるニカラグア国家災害管理・防災システム局(CD-SINAPRED)と教育省(MINED)に共有されました。教育省(MINED)では防災教育カリキュラムの改訂を検討しており、「個人から家庭へ、そしてコミュニティへ」の広がりを教育コンセプトとしており、「防災教育と地域防災は不可分」との話に大変感銘を受けるとともに、ニカラグア政府が目指す防災教育の方向性は間違いではないとの自信を得たようです。

さて、片田教授の言葉の中でもう一つ大事なものがあります。それは「災害文化」というものです。
津波常襲地域である三陸地方は概ね100年に一度大きな津波が発生しています。25歳で第1子が誕生すると仮定すると、100年に1度の津波とは4世代ごとに起こる現象ということになります。つまり4世代先まで津波に備えられなければ、防災上の効果がなかったということになりかねません。一方で津波の経験者がその苦い記憶を語ることは決して容易なことではありません。また、津波経験者(第1世代)とそれを伝承された側(第2世代)では津波に対する認識の温度差があり、それは世代間継承が行われるごとに低くなっていくものです。
だからこそ熱意を最初の原動力としつつ、それを地域の文化に落とし込んで行くことが大事だと片田教授は主張します。防災教育と地域防災が連動した防災活動を開始する時、特に最初は大人たちの熱意と努力なしには続けられません。これを続けるのは容易なことではありませんが、10年続けるとその大人たちの元で育まれた子供たちは、避難や防災に関する活動を当然のこととして身に付けていきます。さらに10年するとその子供たちにも新しい家族ができます。家族や地域の中で災害に備える環境に育まれた世代が新しい世代(子供)を持つことで、地域の中で災害に備えることが当然の行い(文化)として定着するのです。

こうした片田教授の防災哲学ともいうべき内容は、今回の訪問の中で既述の教育省(MINED)との意見交換の他に、津波防災ビデオのシナリオやインタビュー、津波祭り(注)などBOSAIフェーズIIの活動・成果にも多数反映されています。

BOSAIフェーズIIでは引き続き片田教授のサポートを得ながら、ニカラグアの防災体制強化に協力していくとともに、ニカラグアに災害文化が形成されるように支援を行っていきます。

作成:川東 英治(長期専門家)

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釜石市鵜住居地区における小中学校の避難行動について説明する片田教授

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ニカラグア国家災害管理・防災システム局(CD-SINAPRED)及び教育省(MINED)と意見交換をする片田教授

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ニカラグア国家避難訓練に参加し、ニカラグアの防災文化定着について考察する片田教授

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サリーナス・グランデス(Salinas Grandes)地区の津波祭りの展示馬車と片田教授