防災文化の醸成へむけて-コミュニティ自主避難に向けた避難訓練の試み-

2019年12月1日

2019年10月から12月にかけて、パイロット市の3カ所のコミュニティで避難訓練が実施されました。訓練は10月26日、11月30日、12月1日の3日間、国家災害対策緊急委員会(CNE)、パイロット市役所、市防災委員会、コミュニティ防災委員会らが主体となって実施され、これまでに策定されたコミュニティの避難計画を確認する機会となりました。
実施した地区は、アラフエリタ市・ガルシアモンへ地区、デサンパラドス市・ラビオレタ地区及びエスカス市・ベベデロ地区の3カ所です。国の防災機関であるCNEによれば、「コミュニティがこれまで考えてきた避難計画が実際に機能するのか。そのプロセスをテストする」という明確な目的意識をもって実施された避難訓練としては、全国で初の試みとなったとのことです。

中米は一般に、事前の避難に向けて防災訓練を行うという問題意識に乏しい地域であり、負傷者対応やレスキューなどの事後対応にスポットを当てた、パフォーマンス的な防災訓練が中米各国でしばしばみられるのが現状です。国の防災機関のある担当者は、日本での研修経験を踏まえて、「残念ながら、中米と日本の防災文化の成熟度の違いは大きい。今回の訓練をきっかけとして避難の文化を根付かせていきたい」とコメントしています。

今回の避難訓練では、意図的に消防や保健省などの関係機関の大量動員を控え、あくまでコミュニティ住民の視点を軸に実施されました。また、樹木や土石などを土砂災害の演出のために道路に並べたり、負傷者役に化粧を施すなどのショー的な要素を出さない形で実施されました。
実施した3市の防災担当者及び国の防災機関は、避難のための住民・関係機関の事前準備に焦点を当てた、今回の避難訓練の結果を大きく評価しています。また、今回の避難訓練は、2016年から実施してきた数々の研修の総決算的な意味合いもあり、プロジェクトの成果としても大きく注目を集める形となりました。

それぞれのコミュニティで見られた特徴

【アラフエリタ市ガルシアモンヘ地区】
アラフエリタ市ガルシアモンヘ地区は、コミュニティ防災委員会(CCE)が組織化されており、CCEコーディネーターのパワフルなリーダーシップとコミュニティメンバーの協力関係が醸成されてきました。この地区では、危険箇所や避難経路を示した手作りマップ、避難のためのコミュニティタイムライン計画などが積極的に作成されてきました。
ガルシアモンヘ地区は、コミュニティ内を流れる渓流による洪水多発地帯にあり、ペッドボトルなど身近な素材をつかった簡易雨量計による住民の予警報活動「コミュニティ雨量観測ネット」に参加し、雨量情報の活用に努めています。CCEメンバーは、川岸にある木の根を目印として、そこまで水位があがった場合になんらかの行動をとる目安としての警戒レベルを設定しています。過去に被害があった経験は、このように避難計画に活かされています。
このコミュニティにはもう一つ組織的な強みがあります。それは、コミュニティ開発委員会のメンバーが重複してコミュニティ防災委員会のメンバーとなっていることです。コミュニティ開発委員会が独自に得ている収入により、コミュニティ内に一時避難所の標識を設置しており、こうした活動は他のコミュニティの参考ともなる事例です。

ガルシアモンヘ地区は、本プロジェクトのパイロットサイトのなかでは、優等生レベルのコミュニティと言えるでしょう。しかしその反面、強いリーダーシップは仇となることもあります。これまでも、リーダーひとりが、すべてを取り仕切る傾向が強く、他のCCEメンバーに仕事を割り振るのが苦手な一面がありました。そこで、このコミュニティの避難訓練では、いざというときの防災委員会のメンバーの役割分担を再確認することに主眼を置いたものになりました。

避難訓練では、コーディネーターが市防災委員会とのやりとりを担当し、記録係がコミュニティオペレーションセンターに掲示した大きな画用紙に受信した情報と発信した情報を記録する様子や、ボランティアグループが連絡を取りながら避難訓練に取り組んでいる様子から、この地区のチーム力が見て取ることが出来ました。

【デサンパラドス市ラビオレタ地区】
デサンパラドス市にあるラビオレタ地区は、コーヒー農園の広がる山間に位置する300名ほどの小さなコミュニティで、過去に雨が降るたびに何度も斜面崩壊が発生してきたエリアです。この地区では、山腹を横断する一本道が唯一の道路であり、ひとたび土砂災害が発生すれば、道が塞がれて孤立し、支援を受けることも他の地域に避難することも出来なくなります。そのような背景から、非常時には市街地との連絡調整がキーとなる地域です。
また、この地区もガルシアモンヘ地区と同様に、コミュニティ防災委員会が結成されているものの、設立して間もないこともあり、それぞれのメンバーは自分自身の役割をしっかりと認識していない状況でした。そこで、今回の避難訓練では、市の防災委員会との中継を行うフライレス地区(ラビオレタ地区から2kmの市街地)のCCEと協力して、避難所の設営及び避難時要支援者の誘導を行うことに主眼を置きました。またラビオレタのCCEメンバーが役割を理解して行動できるかどうかも大きなテーマとなりました。

事前会合で市とフライレス地区CCEとの調整を行ったため、当日は関係者同士が協力して訓練に参加することが出来ました。CCEメンバーは、雨が続く状況を想定しながら危険な箇所の状況確認と市防災委員会へ情報提供を行い、避難が判断された際には救急車がコミュニティ内を走り、サイレンを鳴らしながら避難を呼びかけました。その後、CCEメンバーが避難所に到着した避難者の登録や被災した建物の被害状況をとりまとめるなどの活動を行いました。
訓練終了後、ラビオレタ地区CCEメンバーからは、「これまではぼんやりとしていた自分の役割を、より具体的に理解できるようになったことが良かった」とのコメントがあり、それだけでもこの訓練が裨益者であるコミュニティ住民に役に立ったといえるでしょう。ラビオレタ地区CCEはフライレス地区との協力体制を継続するとともに、今後は、よりスムーズに雨が続く際の現地確認、避難の判断・誘導などが行えるようCNEと市の協力により、CCEの組織強化を進めていくことになります。

【エスカス市ベベデロ地区】
エスカス市ベベデロ地区は、2017年のハリケーンネイトの際、簡易雨量計による住民の予警報活動「コミュニティ雨量観測ネット」の雨量情報と土砂災害の予兆現象を活用して災害発生前の迅速な避難を行った経験がある地区です。そのような意味では、住民がプロジェクトで実施している内容が直接、命を救う行動に結びついた経験を肌で知っている地区でもあります。
コミュニティ住民は、ハリケーンネイトで経験した雨量や予兆現象のモニタリングの重要性が身に染みてわかっていることから、今回の避難訓練でも訓練シナリオにそれらが反映された形となりました。

訓練では、ベベデロCCEの現地調査班が急斜面の様子を確認した際に、“黒い土砂”が確認され、その情報をもとに住民に警戒を呼びかけました。また、午前7時に126mmだった雨量が10時には140mmに増えたことがSNSで共有されると、コミュニティの判断で雨量計がある地域の避難を開始しました。“黒い土砂”は、コミュニティ住民の間で共有している土砂災害の前兆現象のひとつです。日本人専門家からみて評価できたのは、土砂災害の前兆現象を判断基準にして警戒を呼びかけた点、住民がモニタリングで得られた雨量情報から判断して、国の防災機関から赤警報が出される前に避難を開始した点です。また、シナリオで設定した雨量の増え方そのものも、日々雨量をモニタリングする活動を継続しているからこそ、リアリティのある数字を設定できたことが伺えます。
ベベデロ地区では、避難所として利用する教会の運営メンバーが過去の災害時には食事の調理等の支援を行っており、今回の訓練でも同様に参加者に提供する食事の調理を行い、ここでも過去の経験が活かされました。ベベデロ地区では引き続き訓練を行うことで避難および避難所の対応の強化を進めるとともに、他コミュニティへの避難計画を元にした避難訓練の普及も進めていくことが確認されました。

このように実施した3地区には、それぞれの災害特性があり、組織における課題も異なるなかで、それぞれの状況にカスタマイズした形で避難訓練を実施することができました。プロジェクトとして活動を支援する視点でみると、これまでのプロジェクト活動の経験を踏まえ、じっくりとコミュニティと付き合うことができたことで可能になったものです。5年にわたる長い期間のプロジェクトの強みが活かされたといえるでしょう。

達成感と次への意欲

CNEの担当者は、コミュニティでの研修の場でしばしば「ラハス地区で起きたハリケーントーマスの悲劇を繰り返してはならない」と市やコミュニティ住民に語りかけています。2010年に発生したハリケーントーマスの際、エスカス市ラハス地区の地すべりによって20名の死者が発生したことは人々のつらい記憶として残っており、毎年、エスカス市長が追悼の式典を行っています。コスタリカでコミュニティ防災活動が継続している理由には、コミュニティの結束力、研修などの防災活動を楽しんで実施しているということもさることながら、こうした過去の災害を人々の記憶にとどめ、同じような災害が起きても被害を減らすために自分たちで出来ることに取り組んでいることも理由の一つだと感じます。そして、コミュニティメンバーらは「避難訓練を実施して良かった」と達成感を表している様子が訓練後の数々のコメントから伺えました。

組織化されているCCE、簡易雨量計を使ってコミュニティが雨量を計って関係者に共有する雨量観測ネットがあることは大きなアドバンテージであり、避難訓練ではCCEメンバーやコミュニティボランティアグループが実践を通じて自分たちの役割を確認出来たことは避難訓練の成果となりました。コミュニティ住民組織を軸とした避難訓練をコスタリカで初めて実施した意義は大きく、日本人専門家も「避難訓練が完璧である必要はなく、気づきを得る貴重な機会としてとらえることが大切です。また、土砂災害の場合は、コミュニティがファーストファインダー(異変に気付き、行動につなげる)になることが可能になるため、コミュニティで得た雨量や予兆現象などの情報をもとに、早めに準備を始めることが重要となります」とコメントしました。さらに避難訓練は、住民とCCEとの信頼関係を構築するいい機会でもあり、CNEは「今後はボランティアグループの形成が大切であり、優先的に避難、避難所、調査、情報(情報運営)、コミュニケーションのグループを形成することでコミュニティレベルの避難訓練を強化していきたい」と次の活動への意欲を見せています。

コスタリカでは、今回実施された訓練を契機に、コミュニティレベルの避難訓練が強化、普及されていくことが期待されます。

作成:小野寺 純(人材育成担当専門家)、佐野 康博(長期専門家)

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大きな画用紙に情報を記録するCCEメンバー(ガルシアモンへ地区)

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避難者対応を行うCCEメンバー(ガルシアモンへ地区)

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避難訓練後の振り返り(ガルシアモンへ地区)

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CCEオペレーションセンターの様子(ラビオレタ地区)

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避難所に到着する避難者ら(ラビオレタ地区)

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避難者の情報を記録するCCEメンバー(ラビオレタ地区)

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CCEオペレーションセンターの様子(ベベデロ地区)

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避難者をトラックで運ぶ様子(ベベデロ地区)

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訓練後の日本人専門家によるコメント(ベベデロ地区)