柔道セミナー in モスタル

2019年2月18日

セミナー開催のきっかけ

最初のきっかけは日本のNPO法人柔道教育ソリダリティー(以下、NPO)の存在でした。プロジェクトが始まってすぐの2017年2月に、日本で行われた研修にて同NPOに講義をお願いしました。NPOの事業理念でもある、『柔道を通じた世界平和への貢献』は我々プロジェクトの目的でもある『スポーツを通じた民族融和』という部分と共通していることから、これまでのNPOの取り組みについて紹介していただきました。
この縁がきっかけで2017年にNPOが実施したコーチングセミナーにボスニア・ヘルツェゴビナ(以下、BiH)から2名のコーチが参加しました。彼らは、同セミナーの講師であった光本健次師範の指導に感銘を受け、ぜひBiHの指導者たちと経験を共有したいという思いで、今回のセミナー開催の提案がありました。

モスタル市の柔道事情

人口約11万人のモスタル市には、100を超える様々なスポーツクラブが存在します。市の規模に対して、スポーツクラブの数がかなり多い理由のひとつに、クロアチア系民族とボシュニャクと呼ばれる民族が川を挟んで東と西に別れて暮らしているために、自然とスポーツクラブもそれぞれの民族ごとに分かれていることがほとんどです。柔道クラブも4つあり、民族を限定しているわけではありませんが、多くの人は自分の民族と違うクラブに入ることをあまり好まないというのが現状です。
4つの柔道クラブは、それぞれ熱心に子どもたちの指導にあたっていますが、残念ながら、日頃、互いの協力関係はほとんどありません。子どもたちが一緒に稽古する機会もありません。そこで、今回のセミナーをきっかけに少しでも4つの柔道クラブが協力し合うきっかけとしたいというのが、我々プロジェクトとモスタル市スポーツ協会の願いでもありました。

2日間にわたるコーチングセミナー

光本師範とアシスタントの原口氏(UAE柔道連盟ジュニアコーチ)、渡邉氏(東海大学2年)、ブンタキス氏(ギリシャ柔道連盟コーチ)により二日間にわたり開催されたコーチングセミナーには、BiH全国から約50名のコーチたちが参加しました。この中には、スルプスカ共和国(注1)というセルビア系民族が多く住む地域からの参加者11名も含まれており、3民族が一堂に会する機会となりました。
セミナーは、『柔道の歴史』『柔道の基本動作』『寝技の基本動作』『立ち技の基本動作』の4つのセッションが行われました。セミナーを通して、光本師範から参加者たちに繰り返し伝えられたのは『柔道の教育的価値』です。単なる競技柔道として、子どもたちに勝つためだけの技を教えるのではなく、柔道創始者である嘉納治五郎師範の『精力善用・自他共栄』(注2)という教えの真の意味を子どもたちに教える指導者になって欲しいということです。
また、NPOの理念でもある『柔道・友情・平和』という言葉が紹介され、「試合で戦う相手は敵ではない。相手がいるからこそ、自分を高め、磨くことができる」という言葉がありました。相手への感謝の気持ちや思いやりを持って切磋琢磨することで、友情が芽生え、自分も相手も共に成長していくという気持ちが大切であるということに、参加者たちは一様にうなずいていました。

参加したコーチからは、「30年以上柔道の指導に携わってきたが、今回初めて知ったことや学んだこともあり、大変意義のあるセミナーであった」「我々の町でもこのようなセミナーをぜひ開催してほしい」といったコメントがありました。

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礼に始まり礼に終わる

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立ち技の基本動作(光本師範右と原口コーチ左)

小学生対象の柔道ワークショップ

2月18日はモスタル市の4つの小学校から、柔道を経験したことがない生徒40人を集めて、ワークショップを実施しました。畳の上に裸足で上がることも、正座で礼をすることも初めての子どもたちが、柔道の動きを取り入れた様々なエクササイズや、ゲーム感覚でできる簡単な寝技を使った練習などを楽しみました。講師の先生方が受け身や投げ技のデモンストレーションを披露すると、投げられた時の受け身の大きな音や技の豪快さや美しさに、子どもたちからは驚きと歓喜の声が上がりました。
引率してきた体育教員や低学年教員からは、子どもたちが初めて経験するにも関わらず、スムーズに動きを習得したり、夢中になって楽しんだりする姿を見て、講師たちの子どもへのアプローチが素晴らしいというコメントがありました。『子どもが楽しみながら学ぶ』という点においては、体育の授業でも同様のアプローチが求められるため、教員たちにとっても有意義なワークショップとなりました。

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渡邉コーチによる前方回転受け身のデモンストレーション

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投げ技のデモンストレーション

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柔道の動きを取り入れた運動

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簡単な寝技をつかっての練習

スポーツ協会のコメント

モスタル市スポーツ協会、シニアスポーツマネージャーのジェナン・シュタ氏は次のように語りました。
柔道というテーマを取り入れた初めてのイベントであったが、指導者たちに柔道の教育的価値を伝えることができ、貴重な機会となった。BiHの柔道指導者たちも柔道の歴史や理念は知識として理解はしていたと思うが、今回、日本の先生に来ていただき、改めてその大切さが再認識された。柔道は単なるスポーツとして世界に広まったのではなく、その教えは日常生活にも当てはまり、我々のコミュニティ全体がそれに向かって努力をしなければならない。子どもたちがスポーツを通して、新たな友情を育むことや様々な経験を通して、彼らの人生において良い結果を残すことが我々の願いである。
今回のイベントの実現のために、BiH柔道連盟を始めとする、現地の柔道関係者や会場となった学校の先生方の協力に感謝したい。

【画像】コーチングセミナー集合写真

【画像】柔道ワークショップ集合写真