海を渡ったパンガシウス

2009年9月24日

カンボジアとインドネシアを結ぶ話を紹介します。

プロジェクトでは2007年に第3国専門家としてインドネシア人のミミドさん(インドネシア海洋水産省ジャンビ淡水養殖開発センター勤務)を招聘し、プレイベン州にあるバティ養殖センターでパンガシウスの種苗生産指導をしてもらいました。その後、改善された種苗生産技術により、今期バティセンターでは350万尾超のパンガシウス種苗が生産され、養殖業者や一般農家に供給されるまでになりました。今回、その彼がインドネシアで親魚候補にするためのメコン産パンガシウスを取りにやってきました。(背景については、本稿末の囲み記事参照)

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バティセンターのタンク内で馴致中のパンガシウス稚魚(養殖種苗と比べ、刺激への反応、遊泳スピードが段違いに速い)

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ミミドさん

雨期でメコンが増水するこの時期のみ、天然種苗の漁獲が可能です。ミミドさんは8月31日にプノンペン入り後、稚魚集めに奔走。プレイベン州で地元漁師が漁獲した稚魚の他に人工種苗(センターの今期生産は既に終了していたのでベトナム産人工種苗を調達しました)がバティセンター陸上タンクにストックされました。数日間馴致の後、天然稚魚(5-10cm)1800尾と人工種苗(2-3cm)2200尾、合わせて4000尾が輸送用に選別されました。

そして9月16日の夜明け前、パッキングされた稚魚はバティセンターを出発し、プノンペンから空路クアラルンプールを経由し、20時間後にジャカルタに到着。検疫を経た後、スマトラのジャンビ州にあるセンターまで再度空輸されました。一週間後にミミドさんから入った連絡によりますと、途中ハンドリングミス等による斃死があったものの、天然&人工種苗合わせて計1000尾以上が既存魚と隔離され、ジャンビセンターで元気に育っているとのことです。

今回輸送された稚魚の血を継いだ子孫が10年、20年の後、ゆくゆくは数万トン〜数十万トンの養殖魚になっていくはずです。そう考えると、夢のあるミッションだったな、と思えます。

背 景
インドネシアのパンガシウス養殖

東南アジアの養殖ナマズといえばパンガシウス。低酸素や水質悪化にも強く、広い餌料選択性を持ち、成長も早く、さらに種苗の大量生産技術も確立されていることから、極めてポピュラーな養殖種です。特に隣のベトナムでは養殖が盛んで、年間100万トン以上が生産され、60カ国以上に輸出されているそうです。このパンガシウス(Pangasius hypophthalmus)、インドネシアでも養殖が盛んに行われており、2007年のインドネシア海洋水産省の統計によりますと、年間3万6千トンが養殖され、淡水養殖魚生産高の6〜7%を占めています。

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インドネシア ジャンビセンターのパンガシウス親魚

今日インドネシアでこれほどまでに広がったパンガシウス。遡ればタイからやって来た外来種です。1976年にジャワ島にあるボゴール養殖センターでタイから導入した養殖種苗が養成され、その子孫がスマトラ、カリマンタン、スラウェシなど全国に広まっていきました。インドネシアでは以降、国外から同魚種を入れていないため、現在全国の養殖種苗の全てが、これら初代親魚の直系子孫であるとされます。

近親交雑による形質劣化

現在使われているこれらの親魚、既に一系群のものが30年以上にわたる継代飼育を経ています。つまり長期間にわたり遺伝的に近い個体同士が掛け合わされたもので、形質の劣化、遺伝的弊害が予見されています。そこで今回インドネシアの海洋水産省ではメコン流域で漁獲された天然魚を持ち帰り、既存親魚と掛け合わせ親魚品質の改善を図るという計画を立てました。異なる系群の血を入れることで親魚形質が改善され、病気に強く、成長の早い種苗産出につながることが期待されています。

(文 丹羽幸泰/副総括・養殖普及)