チーフアドバイザーの独り言1:初めてのエルサルバドル

2020年8月25日

私が初めてエルサルバドルを訪問したのは、2017年9月の事でした。その時は一週間の出張でしたが、エルサルバドル=危険というイメージがあり、以下に述べる農村訪問の機会を除いて、イベントが開催されたホテルから一歩も出ませんでした。2年以上エルサルバドルに住んで、最近では、少しずつエルサルバドルの現状が分かってきましたが、日本人にとって、エルサルバドルという国は、ホテルから一歩出ることも躊躇するほど、危険なイメージのある国でした。

エルサルバドル農村部では、現在のカウンターパートである地方開発社会投資基金(FISDL)が実施している生活改善サークル活動を視察しました。「第2次世界大戦後、食料不足や栄養不良、劣悪な衛生環境や健康の悪化など、現在の開発途上国が抱えているような様々な問題に直面していた日本の農村。これらを解決すべく当時の農林省(現農林水産省)によって導入されたのが『生活改善普及事業』です」。外からの助けを待つのではなく、住民自身が解決策を考えるという精神のもと、エルサルバドルにおいては、日本の戦後生活改善を参考に生活改善サークル活動が行われており、身の回りの資源を使った家庭菜園やかまどの改良等がおこなわれています。私は、3名の生活改善サークル参加者を訪問したのですが、その中で、特にマリアさん(仮名)の話が印象的だったので、本日お話します。

マリアさんは、エルサルバドル東部の農村部に小学校の息子と共に暮らしています。エルサルバドル内戦後、夫のいない彼女の生活は苦しく、一時期は売春をして生計を立てていたそうです。そのような暮らしによって、彼女の生活は荒み、一時期、絶望のあまり、自殺することさえ考えたそうです。そのような中、彼女は生活改善サークルに出会い、自分の悩みをサークルの仲間に打ち明け、生活改善のためのアドバイスをもらい、身の回りの資源を使って、少しずつ生活を変えていったそうです。そして、今は、子どもの教育のためにパソコンを買ってあげることを目標に、養鶏に力を入れており、身の回りの資材で鶏小屋を作って、約200羽の鶏を飼っているそうです。

生活改善には、自分の悩みを聞いてもらうことのできる仲間を作るなど、社会とつながりを持つことも含まれます。エルサルバドルは、マラスと呼ばれるギャングの活動が活発なため大変危険な国ですが、そのような危険な国を良くしていくためには、警察に頼るだけではなく、社会のつながりを強くする必要があります。エルサルバドルには、インフラ開発や経済開発のプロジェクトだけではなく、社会開発のプロジェクトが必要であると、あの日、マリアさんに教えられました。

(注)本文章はプロジェクト・パソのチーフアドバイザーである桑垣の「独り言」を記載したものであり、独立行政法人国際協力機構(JICA)及びエルサルバドル共和国地方開発社会投資基金(FISDL)の見解を記載したものではありません。