ケニアの教育

ケニアに近代的西欧型教育が導入されたのは1846年Dr. Kraphによるといわれております。 ケニアは英国の植民地を経て、1963年12月に独立しました。独立以前の教育はこれまで述べてきたような形態での教育が行われていたと思いますが、 ここでは独立以降のケニアの初・中等教育に焦点を当てます。

独立以降の教育制度の変遷

独立当時の初等教育就学率は就学適齢児童の約50%でした。政府は1960年に開催されたアディスアベバの教育会議を受け、就学率向上を目指しUPE(Universal Primary Education)達成を掲げます。 そして、初・中等教育を整備するため、1964年Ominde Commissionが設けられ、新生ケニアの教育の基本政策を提示しました。

1964年には、KIE(Kenya Institute of Education)を設立し、英語、数学及び科学を重視しケニアの社会に適合するカリキュラム開発を始めました。 1966年初等教育修了者問題を検討するため、教育・雇用及び地域開発に関する会議が、 教育界だけでなく農業、経済、労働問題の専門家を集めKericho で開催されました。 この会議後、地域開発を目指し農業や工業分野の職業・技能訓練施設が色々な団体により開始されます。 行政面では、1968年Education Actが施行され、小学校の運営・管理は地方自治体に任されます。

ケニアの教育は順調に量的拡大を果たしますが、試験一辺倒の教育に陥り、社会ニーズとの整合性が問われだします。 政府は、新たな委員会を設け1976年Gachathi Reportとして発表します。 そこでは、ケニアの教育がもっと人間形成の社会化に貢献するよう提言されます。 しかし、初・中等学校卒業者の失業問題は益々深刻化し、政府は独立以降の教育からより青少年に自立性を高める教育に改革する必要性を認め、 1981年Mackey Commissionに第2の国立大学設置の可能性とより社会ニーズに適合した教育改革を模索させます。

その結果、現在のモイ大学の設立が決まり、1985年から初・中等教育の学制は 7-4-2-3制から実業科目を取り入れた8‐4‐4制に移行しました。 この改革は十分な準備がなされないまま実施に移りましたので、 実業科目の現場では教員と施設不足で混乱となり、 事態を重視した政府は1988年Kamunge Commissionを設けて調査をしました。 このレポートは8-4-4制の見直しを提言しましたが、すでに教育は大きく政治 と結びついており、提言はそのままとなりました。

8-4-4制はその後1999年Koech Commissionにより全面的に見直され、 2000年包括的教育改革案として提言が発表されました。 しかし、この改革には膨大な資金を必要とし、ケニア政府独自で実施することは不可能で、 結局、提言の中で資金を必要としない 初・中等教育の国家試験科目数を2001年度の試験から減らすことのみ実施されるようになりました。 したがって、改革はごく一部でしたが、受験料が軽減されるということで 保護者には歓迎される決定でした。 今後、ケニアの教育がどういう方向へ進むかは非常に不透明ですが、 2002年に予定される総選挙後8-4-4制の去就が見えることでしょう。

ケニアの教育行政

次にケニアの教育行政をご紹介します。 教育を統括するのは教育・科学・技術省で、2名の大臣が教育と科学・技術をそれぞれ担当しいています。 教育側では、教育専門部門と官房部門からなります。 専門部門の下には、就学前、初等、中等及び高等教育、指導主事部等があり、 それぞれは、Province(県に相当)、District(郡に相当)等地方自治体に出先を設けており、 初等教育を除きかなり中央集権化されております。 地方には教育委員会に相当するPEB(Provincial Education Board), DEB(District Education Board)等が設けられ、初・中等教育の運営・管理を行っております。 初・中等教育の教員は、TSC(Teachers Service Commission)に雇用されており、 この組織は地方自治体に出先を設けて、人事管理をしております。

ケニアでは国家予算の約25%が教育に配分されているのですが、予算の約80%は人件費に割り当てられており、事業費がほとんどないのが実情です。財政的バックアップがほとんどないので、結局“お上のご威光”が地方の末端まで行き届かないのが実情で、行政が十分機能していないといえます。特に、教育のコスト・シェアリングが導入されてからは、初・中等学校に対する財政的支援は教員の派遣のみとなりました。したがって、初等教育は制度上無償となっておりますが、保護者は施設費、教材費等の名目で負担を強いられており、この経費負担がUPE達成の障害となっております。

表:国家予算と教育予算の変遷 (単位:百万ケニアポンド)

年度1993-19941994-19951995-19961996-19971997-19981998-1999
教育省予算9411,2841,4051,5212,1102,208
国家予算2,7083,7374,3974,7455,8605,752
教育予算(%)353432323638

受験制度と教師中心の暗記偏重教育

ケニアの教育で重要なことは、初・中等教育修了時に生徒達はKNEC(ケニア国家試験委員会)の 実施する国家試験を受験し、その成績により、進路が決まる仕組みになっていることです。 この国家試験対策として、各地域で模擬試験が行なわれるようになる等、 生徒達にはとても厳しい受験戦争が待ち構えているのです。 このような状況を受け、教育現場では最終学年の前半までに教科内容を全て修了し、 後半は国家試験対策に入る傾向も強く、 こうした授業が教師中心の暗記型授業になっていると各所で批判されています。 しかし、教育関係者が暗記偏重の教育に問題ありと認識する一方で、 保護者を始めとする社会全体の期待と注目がこの試験の成績に集まるという現実もあり、 教育界は大きなジレンマに陥っていると言えます。

ハランベー制度

また、ケニアの教育で忘れてはならないのがハランベー(Harambee:一緒に押そう・働こう)運動でしょう。 これはケニアの初代大統領となったケニャッタにより提唱された運動で、 多くの学校や診療所等が国民の自助努力で建設されました。 特にこの運動は中等教育の量的拡大に大きく貢献しました。 この運動の中で設立された学校は現在公立中学校として存在しておりますが、 中等教育の質的低迷の大きな要因となっています。 特にハランベーで建てられた学校は一般に規模が小さく、それらが雨後の竹の子 のように存在しますので、経済的効率は良くないのです。 この種の学校の統廃合が提言されたこともありますが、ハランベー参加者の母体が 宗教団体であったり、エスニックグループであったりするので、 単純に経済論で割り切れないという難しさも存在するのです。 ハランベーに関しては、当初自助努力涵養を目指して推進された高尚な運動ですが、 現在は単なる金集めの手段として利用される傾向が強く、 そのためにハランベーが他人に対する依存症を増す結果となっていることを申しおきます。

ケニアの中等理数科教育の低迷とSMASSEの挑戦

今度は、本プロジェクトがターゲットとしている、ケニアにおける中等理数科教育を概観しましょう。 まず、国家試験では、数学が悲惨な状態にあります。4年間修学した最後の試験結果が、 0から15点くらいの間に約80%が分布するという状況です。 また、理科では生物の成績が最も良く、続いて化学、物理の順になっています。

ケニアは2020年に工業化を達成するという国家目標を掲げており、 教師も子供たちも理数科教育が好きであるとか重要であるという意識は高いのですが、 学習達成度はこのように惨憺たる様相です。 アフリカの教育の低迷の原因として、教員の待遇が低すぎるという指摘を良く目にしますが、 ここケニアにおいては、中学校の理数科教員は他科目の教員よりも、 また国家公務員よりも給与面で優遇されております。 また、周辺諸国と比較してもかなり高い給与体系になっています。 つまり、ケニアの場合、教員の待遇が理数科教育の不振の一因であると見るのは適当でないようです。

では何が問題なのでしょう?SMASSEプロジェクトでは、その開始と同時にベースライン調査を行いました。 一般に途上国の理数科教育の低迷は、学校の施設の不備や教具・教材不足が主因であると考えられ、 色々な援助も多くの資源を教具・教材不足の解消に費やしてきました。 しかし、それらの支援は結局成果をあげることなく放置されております。 ベースライン調査は、この事実を裏付けると同時に、教員の理数科教育に対する姿勢、 子供の理数科教育に対する姿勢、 資源の有効活用の問題等より教育の基本的な部分に問題があることを明らかにしました。

確かに、学校を訪問すると殆どの地方の学校には理科実験室が整備されていませんし、 水、電気、ガスの供給も十分ではありません。 しかし、殆どの学校では最低限の理科実験器具を揃えているのに、 それらが十分使用されていないというのが実状なのです。 したがって、教員が授業法を工夫することにより理数科教育はかなり改善される可能性があります。

また、ケニアの多くの子供たちには理数科は難しいものという 固定概念が植付けられており、特に女子生徒にその傾向が極端に強いのです。 しかし、これを逆手に取れば、子供たちの理数科に対する「やる気」 を引き起こすことにより、学習達成度も向上する可能性があります。 また、学校運営・管理面からは、僅かといえども資金が学校にはあるので、 それを有効に活用することにより理数科教育の環境改善も可能になるのです。 SMASSEプロジェクトでは、「教員が授業法を工夫し、生徒中心の授業を心掛けることにより、 生徒達が理数科目への興味を持ち、 主体的に楽しく学習するようになり、彼らの理数科の学力が向上する」というシナリオを描き、 それを実現する現職教員研修制度の設立・実施のために日々の活動を行っているのです。

ケニア人によるケニア人のための理数科教育を実現するために

教育のケニア化が始まり30年以上になりますが、カリキュラムはどうしても西欧指向になり、 さらに先進国での科学・技術は急速に発展しているので、 それら新しい知識・情報がカリキュラムにどんどん詰め込まれるという状況です。 したがって、理数科教育はケニアの子供の日常生活から大きく乖離した内容となっております。 今後、更なるカリキュラムのケニア化を通し、現行教材が単に ケニア人の名前やケニアの材料を使った内容から、 ケニアの社会ニーズに適合した理数科教育に移行することによって、 本当の意味でのケニアの理数科教育が誕生するのでしょう。

最後に、現在ケニアのみならずアフリカで最も求められているのは、 少数のエリート教育ではなく、大衆の能力開発(人間開発)です。 教育・訓練が量的に拡大し、質的に向上すれば、国民一人一人および 国全体の技術理解力、組織・制度構築能力、組織運営管理能力が高まることになるでしょう。 初・中等教育は大衆の能力開発の基礎となる教育です。 当分ケニアも含めたアフリカの経済状態が改善に向かう明るい兆しはありません。 我々は、アフリカ諸国が経済的に自立し、自らの教育開発が可能になるまで、 かなり息の長い支援が求められているという認識を持つことが必要なのでしょう。

SMASSE チーフアドバイザー 杉山隆彦