首都ナイロビでの生活

ナイロビ市内の地図

ナイロビ市内の地図

ナイロビはケニアの首都です。インド洋から500キロも内陸部にあり、海抜約1800メートルの高原に位置しています。そのため赤道直下にありながら、気温は一年中ほとんど変化がなく摂氏20度前後です。私の住所はこのナイロビにあり、日本では季節の変わり目によく風邪をひいていたのですが、ここはとても快適な気温で風邪はほとんどひいていません。クリスマス・シーズンには、休暇を楽しむ多くのヨーロッパ人がケニアを訪れ、自然散策、ゴルフ、テニス、サファリを楽しんでいます。

ケニアの地にはいろいろな民族が住んでいます。多くの地域で住民はアイデンティティーを国家よりも民族においています。キクユ族、ウヒヤ族、カンバ族、メルー族、タイタ族は中央高地に住み、思考や価値、生活様式や行動様式は良く似ています。ルオー族は、ビクトリア湖沿岸に居住し漁業を主業にしています。山岳地帯に住むカレンジン族、大草原に住むマサイ族では生活観が違っています。中等理数科教育強化プロジェクトは、15地方に広がっており、これらの民族の人達と一緒に仕事をしたり、食事を共にしたりしています。ケニアの歴史的な歩み、地勢、風土、地域の産業・経済・政治の形態、地域の文化的・教育的・社会的環境、国民性、生活様式、習慣、価値観、宗教、言語、芸術などには、とても興味と関心を引くものがあります。

20世紀の初めには、現在のケニアは、イギリスの東アフリカ保護領となり王領地となりましたから、白人の入植者は増加しました。多くの入植者は、500から1000エーカー(1エーカー=1200坪)程度の大農場を所有しました。 1000人以上の入植者たちはケニア人を労働者として雇い、紅茶・コーヒー・トウモロコシ・サイザル麻を生産し、世界各国へそれらを輸出しました。その頃白人の人口は増加し、ナイロビの西部に巨大な居住地をつくりました。宅地の一区画が1から5エーカー(1200坪−6000坪)で、住民は互いに立派な庭造りを競い合いました。高い生垣はブーゲンビリアが多く、種類により、赤色・ピンク色・黄色・白色の花が一年中全体に広がって咲きました。近くには幾つものゴルフ場を造りました。花の咲く木が、ブラジル・オーストラリア・ヨーロッパ・アジアから輸入され、一年中、赤色の花・黄色の花・紫色の花・ピンク色の花・白色の花が木いっぱいに咲き乱れるようになりました。主なものでも80種類あると言われています。現在はこれらの木々が大木になり、これらの庭園の居住地をドライブすると、当時の豊かな生活が偲ばれます。ケニアに住むと、植物図鑑、鳥類図鑑、動物図鑑が欠かせないのは身近に自然があって、ケニア人や外国人との会話に、自然の科学的素養が必要だからです。

1920年代には、ウガンダの綿花を求めて日本の船会社がケニアのモンパサへの直行便を開きました。日本綿花・東洋綿花・江商の三大商社がナイロビに事務所を開き、綿花やこれらの商品の買い付けを始めました。当時の日本人の記録には、ケニアは、ライオン・チータ・ヒョウ・ゾウ・麒麟・シマウマ・インパラ・ヌー・ハイエナ・ワニ・カバなどの「野生の王国」であることを書いていますが、それは現在も変わりません。観光でこれらの動物の生息地に行くと次のような光景が良く見られます。限りなく広がる草原に、多くの野生動物が見られます。体長2メートルのライオンのメス数頭が共同で狩りをするところが運よければ見られます。素早いダッシュで、大きなシマウマを追っかけます。一頭が首に噛み付きます。その激しい一撃にシマウマは絶命し、倒れます。そこにもう一頭が飛びつき、あっという間に内臓を食い破り、引きずり出します。絶命してなおシマウマの足はピクピクと動いています。そこに子ライオン達がやって来て、まだ暖かい肉を食べ始めます。血の臭いを嗅ぎつけたハイエナ達が、獲物を横取りしようと周りを取り巻きはじめます。ハゲワシは、上空に大群をなして旋回しています。しばらくすると彼らも加わって肉の奪い合いが始まるのです。

ナイロビは農業国で、現在輸出する農業・工業生産物が少なく、その上人口増加で失業者が多くなっています。食べていけない人々が多い社会になり、貧富の差が大きくなり、社会腐敗やモラル低下もあって治安は悪くなってきています。略奪・強盗・拳銃による殺人などの凶悪事件が多く発生しています。

さらに、ケニアで健康に暮らすために日本人の多くは、黄熱病・コレラ・肝炎・破傷風・狂犬病などの予防注射をしてきます。ケニアへの観光は黄熱病の注射だけです。エイズは蔓延の傾向があります。地方では衛生状態が悪く、赤痢・腸チフス・寄生虫病・肝炎・アメーバ症・マラリアが多発することがあります。われわれのプロジェクトの日本人専門家たちは今までにアフリカに住み働いた経験者ですので、食事などには十分注意し、15の地方で展開している教員研修事業地に出張し仕事に励んでいます。

日本の皆様が、観光地のホテルやロッジにとまり、サファリ・ゲームなどで楽しくケニアの観光をする場合には、ケニアの関係者が十分に注意と管理・保護をしますので、上記のような心配はあまりいりません。政府は観光事業に力を入れているからです。また国際問題を生じさせたくないからです。

SMASSE 物理教育 武村 重和(平成14年4月12日)