-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2022年11月4日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策が強化されているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌17年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進む中、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト(DPUB2)」を実施しています。
このコラムでは、DPUB2が障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えます。

【CASE3】オフィスビルや新空港の清掃を手掛けるユニサービス・ソリューションズ社「重層的な教育体制で仕事に誇りをもたせる」

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左から順に、安全管理担当のバドツェツェグさん、マーケティングと広報担当のウンダラフさん、ゾローさん(中央)、清掃担当のハンドマーさん、カスタマーサービス部のアリウンジャルガルさん

障害者やシングルマザーを積極的に雇用

ゴミ一つ落ちていない掃き清められた床、拭き清められた棚や机、曇りなく磨かれた鏡や洗面台、そして、生き生きとした花や木々…。オフィスやトイレの清掃が行き届き、庭木がきちんと手入れされていると、来客に好印象を与え、従業員もすがすがしい気分で働くことができるだけでなく、運気も上がると言われている。
建設ラッシュに沸くウランバートルで、国連機関のオフィスや各国の大使館、大手銀行、ショッピングセンター、そして昨年オープンした新しい国際空港などの清掃を請け負っているのが、ユニサービス・ソリューションズ社(以下、USS社)だ。1999年に創業された同社は、韓国から専門家を受け入れたり、ビル清掃やメンテナンス関連企業9,000社以上が加盟する国際的な協会、ISSA(International Sanitary and Supply Association:本部は米国)の一員として活動したりしながら、モンゴルで国際標準の清掃サービスを普及するために地道に取り組んできた。同社は、「国際発展をモンゴルに」というスローガンを掲げてエネルギーや建設業、鉱業、不動産、通信、消費財など多岐にわたる事業を展開し、全体で9,329人の従業員を擁するMCSグループの子会社の1つにあたる。
そんなUSS社では、ウランバートル市内の本社で約600人、南ゴビ県の支店で約300人が働いている。本社でマーケティングと広報を担当しているウンダラフさんによれば、社員の9割が女性で、経済的に厳しいシングルマザーも積極的に採用しているという。
同社が初めて障害者を採用したのは、2005年のこと。国立リハビリテーションセンターの傘下にあった職業訓練校(現在の障害者開発庁傘下の障害者職業訓練センターに相当)から、MCSグループに「卒業生を採用してもらいたい」と依頼があったことがきっかけだった。おりしもモンゴル社会で障害者雇用に対する機運が高まり、企業の社会的責任(CSR)も求められるようになっていたため、インターンとしてUSS社の調理場で受け入れたという。
その後、同社は少しずつ障害者の受け入れを拡大し、現在は、聴覚障害や高次脳機能障害がある29人が、清掃員や運転手として本社で働いている。

「きれいにする」ことに感じる喜び

「街を歩いている時にも、ゴミが落ちているのを見ると、つい拾いたくなります」
働き始めて丸10年になるゾルバヤルさん(通称、ゾローさん)がそう言うと、部屋にあたたかい笑いが広がった。「この仕事が大好きなので、ずっとここで働きたい」と満面の笑顔で話すゾローさんには、脳性まひによる言語障害がある。
ダルハンオール県ダルハン市に生まれ、両親と2人の妹たちと暮らしていたが、7歳の時に父親が亡くなって以来、唯一の男手として家族を支えようと自分に言い聞かせてきたというゾローさん。地元にある国際機関の支部で野菜栽培の仕事に就いたのを機に、さらに知識を得ようと2010年にウランバートルの障害者職業訓練センターに入学し、花卉栽培を学んだ。卒業後は、MCSグループが経営するオフィスビルで庭木を手入れしながらインターンとして働き、2012年7月に正式採用されUSS社に配属された。
ゾローさんの仕事は、本社の清掃だ。毎朝、5時半に起き、冬はストーブに薪をくべて6時45分に家を出る。7時半に出勤すると、建物の周りを掃き、喫煙所の吸い殻を捨て、駐車場のゴミを拾い、倉庫を片づける。勤務時間の間、一連の作業を何度も繰り返すが、嫌になったり飽きたりすることはまったくないという。汚れているところがきれいになると、自分自身、気持ちがいいし、掃除という仕事も、大切な仕事に就いている同僚のことも、誇りに思っているからだ。「雨が降れば雨水を流し、雪が積もれば雪かきをする。夏は芝生を手入れして、秋は落ち葉を掃く。季節ごとに作業が違うのも、面白いでしょう?」と微笑むゾローさんは、実に楽しそうだ。
訓練校の同級生だった妻と、今年7歳になる娘の3人暮らし。18時半に帰宅し、薪を割ったり、娘の宿題を見たりして22時に床につく。そんな規則正しい、穏やかな毎日を過ごせているのは「母のおかげ」だとゾローさんは言う。
母親は、ゾローさんが幼い頃からできるだけ外出させ、人と触れ合う機会をつくろうとした。妹たちの学校の送り迎えもゾローさんの役目だったし、おつかいにも行った。買いたい商品の名前を店員に言えずに手ぶらで帰宅した時は、母親が品物を紙に書いてゾローさんに手渡し、店に戻るよう言ったという。外出先で心ない言葉を浴びせられ、泣いて家に帰ったことも一度や二度ではなかったが、そのたびに母親は「3日いじめられても、4日目には相手の気が変わるかもしれないし、1週間もすれば飽きてきて、1カ月経てば何も言われなくなるよ」と、励まし続けてくれた。
16歳になって身分証明書を交付され、障害者年金の支給を受けるようになったある日、ゾローさんは母親に、これからは自分で自分の金銭を管理するよう言い渡された。
「もっと優しくしてほしいと思うこともありましたが、その厳しさは、今から思えば、僕が将来、自立して生きていけるようになってほしいという愛情からでした。僕は今、幸せです」。終始にこやかだったゾローさんが、この瞬間は真剣な面持ちでそう語った。

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「ゴミが落ちていると、つい拾いたくなる」と話すゾローさん。USS社で働いて10年になる

ジョブマッチングで職場への定着を図る

そんなゾローさんのことを「申し分ない素晴らしい部下です」と絶賛するのは、カスタマーサービス部のアリウンジャルガルさんだ。現在、この部では75人が働いており、うちゾローさんを入れた3人が障害者だ。
清掃を委託してくれた客先に対して社員をチームで派遣するカスタマーサービス部は、メンバーの仕事ぶりや人柄が会社全体の評判や信頼を直接左右しかねない、いわばUSS社の「顔」であり、誰をどこに派遣するかは重要だ。
2020年に同社に入る前は別の清掃会社で働いていた経験があるアリウンジャルガルさんは、寒暖の差が激しく、冬の寒さが厳しいモンゴルで年間を通じて清掃を遂行できる人材が貴重であることを痛感しているからこそ、いつも楽しそうに業務に取り組んでくれるゾローさんに絶大な信頼を寄せる。「きれいにすることに喜びを見出し、自ら進んで動いてくれるゾローさんの姿に、他の社員もいい影響を受けています」。つい最近も、休んだ同僚の代わりに客先に出向いたゾローさんの働きぶりを見て、その会社から「もう一人紹介してほしい」という依頼を受けたという。
モンゴルでは、障害者を雇っても長続きしないと考える企業は少なくない。しかし、アリウンジャルガルさんは、「特に清掃業の場合、健常者でも短期間で辞めてしまう人が多い。きちんとジョブマッチングをした上で障害者を雇い、ゾローさんのように長期にわたって働いてもらうことは、企業にとってもメリットが大きい」と考えている。
一方、勤続11年目のバドツェツェグさんは、職場全体の労働安全担当として、始業前に毎日、全社員に対して安全意識の喚起と確認を行っている。ゾローさんとも毎日のように接する中で、誰にでも優しく朗らかに接する一面と、業務に「自分ごと」として取り組み、困難なことに直面しても自ら解決しようとする頼もしさを兼ね備えた人柄を間近で見守ってきた。「どんな時も楽しんで仕事するゾローさんの姿勢は、入社した時から少しも変わりません」と話すバドツェツェグさんが、「変わったことを強いて挙げるなら、結婚したことですね」と続けると、部屋は再びあたたかい笑いに包まれた。

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USS社の「顔」であるカスタマーサービス部を取りまとめるアリウンジャルガルさん

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本社前の駐車場の清掃も毎日の大事な業務の一つだ

寄り添いながらフェードアウト

そんなカスタマーサービス部では、チームリーダーやマネジャーなど、各セクションをたばねる人材の育成に力を注いでいる。こうした中堅の人材が技術や知識をそれぞれの部下に伝える重層的な教育体制を通じて、技術のノウハウだけでなく、掃除に臨む心構えや誇りも一緒に共有するのだ。
シニアマネジャーのハンドマーさんも、その一人だ。清掃を委託してくれている企業に定期的に訪問し、メンバーの仕事ぶりを確認しているハンドマーさんは、新入社員が配属されると、障害の有無にかかわらず、最初は現場で一緒に清掃しながら3日から1週間かけて作業の手順を教え、相手が慣れてきたら徐々に関与を減らして独り立ちさせるという。「一人一人が抱えている不安や不満、家族の事情など、よく話を聞きながら適した仕事内容を考えた上で、少しずつフェードアウトしていくことが大切」だと話す彼女は、まさにモンゴルで今後、育成されるジョブコーチの理念と役割をいち早く体現し、実践していると言えよう。
USS社で12年にわたり勤務している前出のウンダラフさんは、「委託してくれた客先に社員を派遣して清掃するという業態上、残念ながらまだ知的障害者や精神障害者を雇用できていない」と悩みを打ち明けた上で、「客先の理解が得られる限り、これからも積極的に障害者を雇用したい」と、意欲的だ。
米国や韓国で開かれる国際会議にも積極的に参加するなど、常に国際社会に目を向けて先進的な消毒方法や清掃事例を取り入れるUSS社の人づくりの制度は、今後、モンゴル政府が実施するジョブコーチ就労支援サービスとも親和性が高い。同社がモンゴル政府と連携してその仕組みをさらに発展させ、新しい清掃文化をモンゴル社会に普及することによってもたらされるインパクトは、大きいはずだ。

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それぞれの立場からゾローさんを見守るUSSの社員たち

【企業概要】

企業名 ユニサービス・ソリューションズ(USS社)
事業 清掃業
従業員数
(MCSグループ全体)
9,329人(2022年7月時点)
従業員数(USS社) 約900人(ウランバートル:約600人、南ゴビ:約300人)
従業員数(ウランバートル市)
(カスタマーサービス部)
420人
うち障害者数
(MCSグループ全体)
332人(2022年7月時点)
うち障害者数(USS社) 29人(ウランバートル本社のみ)(2022年5月時点)
(下肢障害、言語障害、聴覚障害など)
うち障害者数
(カスタマーサービス部)
3人(2022年5月時点)
(言語障害、聴覚障害、下肢障害)
雇用のきっかけ 障害者開発庁傘下の障害者訓練センターからMCSグループ宛てに2005年に卒業生の雇用を頼まれたため
雇用の工夫 中堅人材を育成し、彼らがジョブコーチとなって新入社員に仕事の手順とともに心構えを教えた上で、徐々にフェードアウトして独り立ちさせる教育方法をとる

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。