プロジェクト活動

シャーガス病は、WHOが定めた14の顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)の一つで、中南米では750万人以上が感染の危機にさらされ、マラリア・デング熱に次いで深刻な熱帯病とされています。Pan American Health Organization(PAHO;汎米保健機構)/OPS(西語略語)ニカラグア事務所の推定によると、ニカラグアにおける感染者数は約18万人にものぼります。

シャーガス病感染の約80%はサシガメと呼ばれる昆虫を通じた感染(媒介虫感染)で、サシガメの糞中にあるトリパノソーマという寄生虫(原虫)によって引き起こされます。サシガメは藁葺き屋根や土壁の割れ目に生息しており、こうした家屋に住む貧しい人々が犠牲になるため、「貧困層の疾病」といわれています。ニカラグアでは、人口(560万人)の約40%の人たちが、シャーガス病の感染リスクのこうした高い家屋に住んでいます。

シャーガス病の症状は、急性期には傷口や目といった寄生虫進入部位の炎症が特徴的で、この期間は治療も効果的です。しかし、感染者の多くが無症状のまま慢性期に移行し、10年、20年かけて寄生虫が心臓の筋肉内に侵入することで、20〜40%の慢性患者に心肥大・心機能低下を引き起こします。残念ながら慢性期に効果のある治療法はまだ確立されておらず、また住民のみならず、医師や看護婦などの医療従事者の間でもシャーガス病に対する認知度の低さも、予防・早期発見・早期治療を困難なものとしています。

JICAは、2000年よりグアテマラで、2003年からはエルサルバドル、ホンジュラスでシャーガス病対策に対する協力を実施しており、これらのプロジェクトでの経験と教訓を活かし、ニカラグアにおけるシャーガス病対策技術協力プロジェクトを2009年9月に開始しました。シャーガス病は、殺虫剤の屋内噴霧によるサシガメの駆除と、その後の住民参加型シャーガス病監視体制の確立により、感染の中断が可能です。事実、ブラジルやチリは積極的にシャーガス病対策をとり、WHOからシャーガス病感染の中断認定を受けています。さらにJICAが協力したグアテマラ、エルサルバドルにおいても、殺虫剤散布地域の在来種の減少が確認されています。

プロジェクトの対象地域

プロジェクトでは、ニカラグアの中でも特にシャーガス病が深刻な状況にある、北部地域5県、エステリ県、ヒノテガ県、マドリス県、マタガルパ県及びヌエバセゴビア県を対象として活動を展開していきます。

【地図】

現状把握(調査)能力の向上

ニカラグアでは、1998年〜1999年にかけて、全国規模のシャーガス病に関わる調査が実施されました。その結果、シャーガス病及びサシガメの生息は全国で確認され、特に北部地域が深刻な状況にあることが判明しました。その後、断続的に15歳未満の児童や妊産婦の罹患状況についての調査は実施されたものの、地域が限定されていたため、全体像の把握には至っていませんでした。

プロジェクトでは、保健省及び5県の県保健局(SILAIS)のシャーガス病についての現状把握能力の向上を目指した活動を実施します。

主な活動は、対象5県の38市、900コミュニティにおけるシャーガス病の感染の状況を把握するために15歳以下の児童を対象とした血清学的調査、家屋内外のシャーガス病を媒介するサシガメの生息状況を把握するための昆虫学的調査を同時に実施します。血清学的調査は約2万人、昆虫学的調査は約1万家屋を予定しています。

調査は、保健省中央において調査デザインを策定し、各県保健局が中心となり、媒介虫対策員(ETV)がコミュニティの保健ボランティア等の協力を得て実施されます。この調査を通じて、保健省、県保健局の調査能力の向上を図るとともに、調査結果はプロジェクトの活動のみならず、その後のニカラグアにおけるシャーガス病対策を進める際の重要な情報となります。

殺虫剤散布に関する運営能力の向上

シャーガス病対策の原則はサシガメの屋内繁殖防止であり、そのためには低濃度のピレスロイド系殺虫剤による駆除がもっとも効果があることがWHOなどで実証されています。

プロジェクトでは、上述の調査結果に基づき、各県保健局と協力し、殺虫剤散布の計画を策定し、散布実施の支援を行います。殺虫剤の効力は6ヶ月程度とされていることから、その時期を目処に効果測定(評価)を実施し、結果に基づき第2回目、第3回目の計画策定、散布実施へとつながっていきます。

これら比較的規模の大きな殺虫剤散布に関わる一連の過程を“アタック・フェーズ”と呼ばれています。

監視システムの運営管理能力の向上

“アタック・フェーズ”を通じて、家屋内外やその地域のサシガメの生息率は一旦ゼロになります。しかしながら調査でサシガメが偶然見つからなかった地域や家屋、また調査の対象ではなかったために、殺虫剤散布が実施されなかった地域や家屋でも、その後サシガメの生息が報告されることがあります。また殺虫剤の効力は6ヶ月程度であることから、効力が切れた後は再びサシガメが生息できる環境になり、その生息が確認されることがあります。

シャーガス病対策には、“アタック・フェーズ”とならんでもう一つ重要な活動があります。住民参加型シャーガス病監視システムの構築で、“メンテナンス・フェーズ”と呼ばれています。住民参加型監視システムには、(1)住民から保健ボランティアや近隣の保健医療施設へ、サシガメの届出や患者発見の報告を行い、(2)その情報をもとに保健センターや県保健事務所がサシガメや患者発見が多い高リスク地域を特定し、(3)高リスク地域への殺虫剤散布や患者治療、啓発活動を行う、という3つの機能があります。これらが効率よく機能することによって、サシガメの生息率、シャーガス病への感染率が徐々に低下していくことになります。

プロジェクトでは、サシガメの届出、シャーガス病の発生、そしてその対応策の実施に至るまでの一連の情報が効率的に流れるよう、コミュニティから保健省中央までをつなぐ既存の情報システムの改善と強化、そのために必要な関係者への研修、啓発活動を通じて、住民参加型シャーガス病監視システムの導入と定着を図っていきます。

住民の予防能力の向上

サシガメは、日中は土壁の割れ目、茅葺の天井、ニワトリ等の家禽の巣の近くに潜んでいて、夜間人間を含む動物の血液を吸うために出てきます。

ニカラグアの農村部では、ニカラグア政府、援助機関、NGO等の支援により茅葺の屋根は大分減ってきましたが、土壁の家屋はまだまだ多く、また、ニワトリ、豚などの動物が住居に非常に近いところ(時には家屋内)で飼われていることもごく普通のことです。

シャーガス病の予防には、こうしたサシガメが潜む環境を家屋内外からなくすことが非常に重要です。

プロジェクトでは、安価で出来る壁塗り等の住居改善手法についての技術指導、シャーガス病予防についての啓発活動を実施する医療従事者や保健ボランティアへの技術指導を通じて、住民の予防能力の向上を図ります。

またシャーガス病は、「貧困」と密接な関係があり、貧困緩和とシャーガス病対策は表裏一体の関係にあります。

プロジェクトでは、戦後わが国でも実施されていた「生活改善」の手法についての技術指導を通じて住民の生活の質の向上を図るとともに、シャーガス病対策や貧困緩和をコミュニティや地域が一体となって促進できるよう、学校、市役所、農業、NGO、教会、住民組織等の連携を促進します。

資料:プロジェクト概要(西語)(PDF/563KB)