「現任研修を終えて」 コミュニティ助産師のストーリー

2018年12月7日

スーダンでは、現在でもお産の約8割が自宅で行われており、主に、政府によって育成された「コミュニティ助産師(CMW)」が分娩介助の担い手として活躍しています。本プロジェクトでは、CMWの技術・知識の向上のために、ゲジラ州とカッサラ州の2州において、約740人を対象とする現任研修を行っています。2018年11月末の時点で、ゲジラ州ではすでに約450人のCMWが現任研修を終了しました。

研修に参加したCMWは研修で得た技術や知識をどのように生かして活動しているのでしょうか。今回はゲジラ州のCMW、イッティサムさん(40歳、助産師歴6年)のお話を紹介します。

彼女の家は、ゲジラ州の州都メダニから車で約4時間(その内、舗装されていない道路を1時間)の距離にあるアルガドラブ・コミュニティにあります。コミュニティには薬局はもちろん住宅以外の目立った施設はありません。電気もまだ通っていません。一番近いワドラワ病院までは車で2時間以上かかるような僻地です。イッティサムさんは小学校を中退しており、読み書きはできません。夫と子供二人に囲まれ、専業主婦として穏やかな生活を送っていましたが、誠実な人柄が見込まれ、2011年、村長からの推薦を受けてCMW学校に入学することになりました。学校は自宅から遠く離れているため、家族から離れて寮生活を送る必要がありましたが、「コミュニティの人たちの信頼に応えたい」という強い気持ちから、入学の決意を固めたそうです。卒業後は、コミュニティ内の新生児のほとんどの分娩に立会い、CMWとして人々の役に立てることを誇りに感じながら仕事に取り組んでいました。

現任研修を終えて

イッティサムさんは2018年8月、プロジェクトによる15日間の現任研修を修了しました。研修によって多くを学んだそうですが、中でも最も役に立っているのは、産前産後の健診についてしっかりとした知識を身につけたことだそうです。研修前は健診のために必要な機材がなく、知識も十分でなかったため、分娩介助のみを行っていたそうですが、研修後はプロジェクトから供与された機材を活用して、必要に応じたリファー(病院への紹介)やアドバイスを行うことができるようになりました。電子体温計・電子血圧計やアンビューバック(注1)の使い方、カンガルーケア(注2)(Skin to Skin)、新生児の体重測定法、試験紙を用いた尿検査等、研修のほとんど全てが新しい技術や知識だったそうです。

研修から戻ったイッティサムさんは、自宅にコミュニティの女性たちを招き、供与された機材の使い方を示しながら、新しく学んだ知識についての話をしました。僻地の村では産前健診を受ける習慣があまり定着していないが、産前健診を受けるようにすれば、高血圧や糖尿病といったリスクの早期発見ができること。滅菌した衛生的な機材を使用するため、これまでよりもいっそう安全な分娩ができること。必要時には新生児への人工呼吸も可能であり、死亡リスクを減らせること。新生児に水を与える習慣を改め、生後6ヶ月までは母乳のみで育児を行うこと。コミュニティの女性たちは、研修前よりも自信に満ちた口調で語りかけるイッティサムさんの話に惹きつけられ、産前産後健診の重要性や、生後6ヶ月までの完全母乳育児といったメッセージについても理解を深めていきました。

現在、イッティサムさんから産前ケアを受けているファティマさん(22歳、妊娠5ヶ月)は、「3回目の妊娠で何の問題もないし、産前健診なんか必要ないと思っていました。でも研修後から戻ってきたイッティサムさんが『お産は毎回違うのだから、きちんとケアを受けるべき』と話すのを聞いて、健診を受けるようになりました。経過が順調であることを確認できて安心できますし、イッティサムさんから妊娠や育児についての注意事項などいろいろな話をきくことができ、健診を受けるたびに新しい発見があります」と話をしてくれました。

ファティマさんをはじめ、読み書きのできるコミュニティの女性たちは、イッティサムさんの活動を支援するため、字を教えるようになりました。プロジェクトが配布した新生児ケアのテキストをイッティサムさんに読み上げ、内容を一緒に勉強する機会を作っています。

コミュニティリーダーは、「イッティサムさんは以前から非常に仕事熱心で、新しい知識や技術を積極的に取り入れようとしていたが、学ぶ機会は限られていた。今回、プロジェクトが研修の機会を提供してくれて、また技術と知識だけではなく器具も一緒に提供してくれて、とても感謝している。コミュニティ全体に出産に対する安心感が広まったと感じている。イッティサムさんもさらに意欲的に活動しているようだ。」と語っています。

(注1)アンビューバック:患者の口と鼻から、マスクを使って他動的に換気を行うための医療機器。人工呼吸法の主流として、救急現場で幅広く用いられている。CMW現任研修では新生児用のアンビューバックを提供している。

(注2)カンガルーケア:出産後すぐに母親が直接新生児を素肌に抱いて保温すること。新生児の呼吸が安定し、母乳の分泌が促進され、母子の絆が深まるなどの効果があるとされている。その姿がカンガルーの子育ての様子に似ていることから、カンガルーケアと呼ばれている。早期母子接触とも呼ばれる。

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CMWのイッティサムさんとコミュニティリーダー。イッティサムさんは誇らしげに研修修了書を掲げている。

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イッティサムさんに研修テキストを読み聞かせるファティマさん。

キーワードは「信頼関係」

研修後、イッティサムさんの提供するサービスに対して、妊産婦の満足度はたいへん高まっていましたが、コミュニティの男性の中には、産前・産後健診の必要性を認めない人や、リファーのための病院への交通費を払うことに同意しない人もいました。こうした男性たちの説得に協力してくれたのは、村長をはじめとするコミュニティの重鎮たちです。男性向けの会合で、妊産婦ケアの意義についてわかりやすく話をしたり、イッティサムさんの研修の成果について触れたりしながら、理解を求めるように呼びかけて行きました。この結果、男性たちも徐々にイッティサムさんの活動に協力する姿勢を示しています。中でも大きな変化は、町からの薬品の調達に協力してくれる人たちが現れたことです。産前産後ケアや分娩介助の時に使う薬品は、車で2時間の距離にある一番近くの町で入手する必要があるため、イッティサムさんが単独で調達することはまず不可能でした。コミュニティ住民との信頼関係が構築される中で、イッティサムさんが薬品調達について課題を抱えていることがわかり、解決に向けた話し合いが行われました。この結果、町へ出かける車両のスケジュールを確認すること、薬品調達のための募金を行うことなどのルールが作られ、定期的に薬品を確保するための体制が整いつつあります。

プロジェクトによる研修に参加した後、イッティサムさんの提供する妊産婦ケアのサービスの質は大幅に改善され、コミュニティ住民はイッティサムさんに対して一層の信頼を寄せるようになりました。こうして強化された信頼関係を通じて、薬品調達の支援体制が整いつつある点は大きな成果と言えます。イッティサムさんの仕事は長時間にわたることも多く、時には深夜の呼び出しもあり、母体や胎児の生死に関わるストレスとも無縁ではありません。それでも、住民からの信頼を得てお産の介助ができることに対して、イッティサムさんは大きなやりがいを感じています。

今回紹介したコミュニティでは、病院から遠く離れた僻地にありながらも、CMWとコミュニティ住民が互いの「信頼関係」をベースに、妊産婦ケアの質を高めるための努力を続けていました。プロジェクトでは、研修後のCMWがコミュニティで信頼され、住民の協力を得て活躍できるよう、今後も現任研修の継続とその後のフォローアップ活動を展開していきます。

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イッティサムさんの介助で生まれた赤ちゃん。赤ちゃんはお昼寝中。

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プロジェクト関係者とコミュニティ住民での記念撮影。