monthly Jica 2006年4月号

特集 JICAの国内事業 伝えたい、ニッポンの知恵 〜市民社会が支えるゲンバ最前線

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JICAの活動現場は海外にだけあるのではない。日本各地に置かれた国内機関を拠点に、さまざまな事業が行われ、その現場は市民によって支えられている。こうした、個々の市民、NGO、自治体、大学、企業などのパートナーとの連携のもとに行われているJICAの国内事業が今、大きく変わろうとしている。市民社会との連携による事業の最前線の模様と、国内事業改革の最新動向を伝える。

写真撮影:今村健志朗

JICAの国内事業と改革の進展

JICAの国内事業は、主に「研修員受入事業」と「市民参加協力事業」からなる。2003年10月に独立行政法人化して以来、JICAは「現場主義」「人間の安全保障」「効果・効率性、迅速性」の3つのテーマを柱に、事業と組織の改革を推進してきた。04年度は改革プラン第1弾として海外における現場の強化に努め、改革2年目に当たる05年度からは、改革プラン第2弾として、国内の実施体制を強化すべく、国内事業改革に取り組んでいる。その柱となるのが、研修事業改革と市民参加協力の促進だ。

研修員受入事業(本邦研修):
日本国内で行われる本邦研修は、日本の政府や大学、民間などを活用して、開発途上国から行政官、技術者、研究者などを受け入れ、それぞれの国の課題の解決に役立つ知識や技術を伝える事業。改革では、現地の課題解決にさらに直接的な効果をもたらすよう、その内容や実施方法を大幅に見直している。

市民参加協力事業:
JICAは、地域の持つ経験やノウハウを生かした、市民の参加による国際協力の推進に努めている。特に、各地で公開セミナーやワークショップを開催し、国際協力の経験者の体験談などを紹介し、国際協力への一歩を踏み出そうとする市民の意欲を支援したり、研修などの機会を提供して国際協力を実施する能力の向上を支援したりしている。また、「草の根技術協力事業」や「青年招へい事業」なども行っている。全国の国内機関や、各地の国際協力・交流団体などに配置されている国際協力推進員(→「JICAと市民をつなぐ国際協力推進員」)が、こうした活動の推進に当たっている。この改革の第1段階として、06年4月に国内機関の再編が行われ、東京・広尾に新たな市民参加協力の拠点「JICA地球ひろば」が誕生する。 →市民参加協力の拠点「JICA地球ひろば」をオープン!(PDF/451KB)

  • 草の根技術協力事業:日本のNGO、大学、地方自治体、公益法人など国際協力活動を行う団体から提案を受け、JICAがこうした市民団体と協働で実施する事業。途上国の地域住民を対象とした、市民の発意に基づく協力活動を推進することを目的に02年度から行っている。具体的には、「草の根協力支援型」「草の根パートナー型」「地域提案型」の3つの事業形態があり、全国の国内機関が窓口となっている。
  • 青年招へい事業:途上国で将来の国づくりを担う18〜35歳の青年たちを日本に招き、専門分野についての研修や日本人との交流を行う事業。日本の地域社会の人々が国際協力や交流を体験できるだけでなく、学校訪問などの機会を設けることで国際理解教育の促進にも役立っている。

VOICES from Kanagawa & India (神奈川&インド)
草の根技術協力事業 「健康な体で村を良くしよう」

文・写真=谷本 美加 (写真家)text and photos by Tanimoto Mika

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ビジャル村で衛生環境改善キャンペーン活動をするMAMTA(マムタ)のシンさん(左)。集会では、シンさんが作った、公衆衛生活動を推進するための歌を歌うことも

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衛生環境改善キャンペーンは、民族楽器の軽やかな音とともに始まる。演奏するのはチャリ村の住民たち。歌や踊り、人形劇、クイズ大会などを盛り込み、住民に楽しみながら学んでもらう

「ここの子どもたちを何とかしなければ」—栄養不足で弱ったインド山岳地帯の子どもたちを見て強い思いを抱いたNGO、(特活)地球市民ACTかながわ/TPAK(旧地球市民の会かながわ)は、JICAの草の根技術協力事業で、現地の衛生環境を改善する支援に乗り出した。TPAKとJICAの連携が、健康な村づくりに立ち上がった人々を支えている。

JICAの言葉に勇気付けられて

軽やかな太鼓や鈴の音が、雪を抱いたヒマラヤ山脈のふもとにある小さな村に響き始めると、住民たちが野外集会所に集まってきた。ここはウッタランチャル州の北部、チャモリ郡ガット地区ビジャル村。サリーの上に山岳民族独特の黒い衣装を着た年配の女性たちが、羊毛の糸巻きを手に手にやってくる。野外集会所を取り囲むように飾られた何枚ものポスターが、強い太陽に照らされている。それらは、せっけんで手や体を洗っている絵、トイレを掃除している絵、ごみを集めている絵。絵の下には、ウッタランチャル州のNGO「MAMTA(マムタ)」と「TPAK」※1「JICA」の名前が並んでいる。

ガット地区でTPAKとJICAの「草の根技術協力事業」が始まったのは2005年6月のこと。住民の8割以上がスケジュールドカースト(不可触民)というこの地域はすでに、国連世界食糧計画(WFP)の「教育のための食糧計画」※2実施地域に指定されていたが、栄養価のある食料を手にしても、衛生環境が劣悪なために栄養失調や寄生虫症・感染症のリスクが高く、栄養が身についていないのだ。03年7月に現地を視察し、体力がなくてぐったりした子どもの姿を目にしたTPAKのバックレイ麻知子さんは、「まずは栄養を十分吸収できるだけの健康な体づくりが必要なことが明らかだった」と言う。

そして視察直後、「自分たちのような小さなNGOにできるのか」という不安を抱きながらも、JICAの草の根技術協力事業の説明会に足を運んだ。そこで聞いた「たとえ1人の団体でも応募はできます。JICAと一緒に協力して作り上げていきましょう」という言葉に勇気付けられ、ガット地区での活動に対する使命感をさらに強くした。

その後、TPAKと、担当のJICA横浜は、業務委託契約を結ぶまで2年にわたり何度も話し合いと計画内容の打ち合わせを行った。「それは本当に大変でしたが、事業提案書を作成している期間の苦労は無駄ではありませんでした。NGOが日本の社会で信頼される存在であるためには、しっかりした事業計画案を完成させることも必要です」と事務局長の近田真知子さんは話す。

※1 (特活)地球市民ACTかながわ/TPAK(旧地球市民の会かながわ)は、1991年に近田真知子さんら横浜在住の3人の市民によって設立され、タイ、ミャンマー、インドで貧しい子どもたちの栄養改善・就学支援などを行っている。URL:http://www.tpak.org

※2 「Food For Education」。WFPが子どもの就学率向上と栄養補強のために、公立小学校に登録してある児童全員を対象に100グラムパックの高カロリービスケットを毎日1回配給する事業。

清潔な生活習慣で健康な体に

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チャリ村での衛生環境改善キャンペーンで、村人を前に話すTPAK現地調整員の北代るりさん。北代さんは元シニア海外ボランティア

そうして始まったのが、TPAKが現地のNGO、MAMTAとともに、州政府やWFPとも協力して実施する、衛生環境改善・地域住民意識化支援活動だ。村の小道や共同水道、トイレ、学校などの環境を清潔に保ち、安全な水を使っての手洗い・歯磨き・つめ切りなど基本的な衛生習慣を身につけ、心身ともに健全な生活を送れるようになることを目指している。

対象地域はガット地区の公立小学校40校とその学校がある村々。その一つ、ビジャル村の集会所に集まった住民は77人。MAMTA代表のシンさんが「今日は皆さん清潔な格好をしていますねぇ」と集まった女性たちに声をかけると、「昨日はお祭りだったから、みんな水浴びをしたのですよ」と苦笑い。

実はこのプロジェクトが始まるまで、ガット地区の住民は、入浴は週に1回程度、せっけんで手を洗う習慣はなく灰で手を洗い、歯磨きの習慣は半数の人々にしかなかった。その上、家にはトイレの設備がなく、排せつはその辺で済ませ、排せつ後の手洗いの習慣も8割の人々になかったというデータが、活動初期の調査で分かっている。清潔な生活習慣が感染症を予防し、より健康的な体をつくることを、知識として持ち合わせていなかったのだ。

だが、プロジェクトで地区出身のコーディネーターがポスターを使ってまめに公衆衛生の概念を普及したかいがあって、今では手洗い・トイレの使用・村の清掃などはかなり改善されている。

続いて集会所では、いくつかの家庭から持ち寄った塩を、薬品を使ってチェックする「実演」が始まった。山岳地帯の人々は安く手に入る岩塩を一般的に使用しており、海水などに含まれるヨード分をほとんど摂取していないため、ヨード分不足から起こる甲状腺の病気が多い。そこでシンさんらは、各家庭で使われている塩にヨード分がどれだけ含まれているかを示して、ヨード分を含む塩を使った食事を取ることの重要性を説明している。また最近、こうした衛生・栄養指導と同時に移動クリニックも始めた。

草の根の地道な活動

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村のあちこちに「手を洗いましょう」「きれいな水を使いましょう」などと書かれた公衆衛生の看板が設置されている

一方、村の小学校では、全児童を対象に衛生指導の授業がカリキュラムに組み込まれるようになった。これはJICAインド事務所が州政府に協力を要請したことで実現につながった。授業では「トイレの後は何をするの?」「ごみはどうするの?」「手は何で洗うの?」というようなクイズ形式の問いかけが、子どもたちの興味を引いていく。手足のつめを短く切ってあるか、歯がきちんと磨かれているかなどを確認し、最も清潔にしていた児童には歯磨き粉をプレゼント。

小学校はすべて山岳地帯にあり、何時間も歩いて訪問する村もある。TPAK現地調整員の北代るりさんと、シンさん、地元のコーディネーター全員が、ポスターや薬品などを持って急斜面を歩いて行く。まさに地べたを這うような草の根活動を展開中だ。

TPAKとこのプロジェクトづくりに取り組んだJICA横浜の木下雅司さん(現JICA本部勤務)は「情熱的な代表、冷静な番頭、手間のかかる手続きにもへこたれない忍耐。そして団体のやる気と行動力、現地に信頼できる協力団体がいること、JICAと信頼関係を築けること。これらが私たちと共に事業を行う上で重要な要素だと思います。TPAKはそのすべてを持つ上、近田さんとバックレイさんの“2人のマチコさん”のお人柄が多くの人を引き付ける。TPAKのようなNGOが行う草の根のきめ細かな活動は、JICAだけではなかなかできない部分です」と草の根技術協力事業の意義を強調する。地元神奈川や日本国内とのつながりを重視するTPAKをはじめとするNGOとの信頼関係は、JICAと途上国および日本の市民を結ぶ役割も果たしてくれると木下さんは考えている。

草の根技術協力事業としてのTPAKとJICAの協力期間は足掛け3年だが、TPAKのチャレンジはその後も続く。「子どもが健康で勉強できるようになり、村を変える力を持ってほしい」—そんな思いで、今の子どもたちが大人になって次の世代に伝えていくことを念頭に、3年間の衛生教育の後、栄養改善を図るための学校農園などの計画も立てている。そして10年後、村の人々の健康状態が少しでも良くなっていることを願っている。

誇り高きインドの山岳民族たちに、暮らしを良くしていく知恵がほんの少し加われば、彼らはさらに力強く生きていくに違いない。