monthly Jica 2006年4月号

特集 JICAの国内事業 伝えたい、ニッポンの知恵 〜市民社会が支えるゲンバ最前線

VOICES from Hyogo & Central America (兵庫&中米諸国)
研修員受入事業 「災害に負けない社会をつくりたい」

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三木市の「広域防災センター」では防災リーダー講座のレクチャーを受けたほか、起震車で大規模地震の揺れを模擬体験した

ハリケーン・ミッチをはじめ、自然災害の被害を受けやすい中米諸国。同じ境遇にある日本の経験や教訓を生かして「自然災害に強い中米社会づくり」※1の実現に貢献するため、JICA兵庫が地域住民の協力のもとに行っている「中米地域防災対策研修II」※2は、JICAの新しい研修の形として期待されている。

※1 99年の中米サミットで採択された「グアテマラ宣言II」に示された目標。

※2 ハリケーン・ミッチ被害からの復興を目的とした調査を受けて、2000年から5年間の計画で「中米地域防災対策研修」を実施。05年からはフェーズIIが行われている。

中米に神戸の経験と教訓を

死者・行方不明者1万8000人以上、被害総額約9800億円。1998年10月下旬から11月にかけて発生したハリケーン・ミッチが中米諸国にもたらしたのは、想像を絶する被害と絶望だった。

ハリケーン、洪水、地震、干ばつ。カリブ海と緑豊かな大地に恵まれた自然資源の宝庫といわれる一方で、中米諸国の人々は長年こうした自然の脅威と隣り合わせに生きてきた。地理的条件から自然災害に見舞われやすい地域で、近年その発生数・被害額は増加傾向にあるが、90年代半ばまで内戦が続いた国が多く、どの国も社会・経済基盤が脆弱で、防災への取り組みが遅れている。

死者・行方不明者6400人以上、被害総額約9兆9000億円。95年1月17日、震度7の激震が引き起こした阪神・淡路大震災で私たち日本人も絶望を味わった。だが、全国から駆け付けたボランティアや被災者同士が共に助け合うという、従来の防災対策では希薄だった「市民」と「コミュニティー」の力により、神戸は復興の歩みを一歩ずつ進めてきた。

日本同様、自然災害の脅威にさらされる中米諸国に日本の経験と教訓を伝え、地域の防災対策に役立ててほしい—震災後、防災分野の途上国支援を最重点とするJICA兵庫は、2000年に「中米地域防災対策研修」を開始。グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマの中米6カ国から中央・地方政府の防災行政担当者を毎年13人受け入れている。

帰国研修員の活躍

研修員の受け入れ先は、HAT神戸※3にある「人と防災未来センター」※4。テーマはその時々に中米諸国が抱える課題の解決に資する要素で構成される。その際に重要な役割を果たすのが過去にこの研修に参加した帰国研修員たち。「現場に戻った彼らと議論を重ね、その時のニーズに合ったテーマを設定します」と「中米防災センター(CEPREDENAC)」に派遣された堀恒喜JICA専門家※5は説明する。05年は、一昨年のスマトラ沖大地震・インド洋津波災害の影響で「防災力の向上のためには情報伝達の最後の受け手である住民の意識・能力向上が重要」という見方が強く「コミュニティー防災」がテーマだった。

現在、JICAが行っている研修事業改革では、この研修のように現場のニーズに基づいて内容をきめ細かく見直していくことが求められている。JICA兵庫の加藤浩一さんは、「堀専門家との強固な連携のもとでテーマを設定するこの研修は、研修事業を途上国のニーズに対応させようと改革を進めるJICAにとって先進的といえるかもしれません」と話す。06年度開始予定の広域的な技術協力プロジェクトなどとも連携させ、今後は「中米地域の防災体制強化」という大きな枠組みから、引き続き現場のニーズに対応した研修を実施していく方針だ。

指導に当たった「人と防災未来センター」専任研究員の越山健治さんは、「日本の防災対策にも課題はある。自国と比較し、できることから活動に結び付けていってほしい」と話す。特に自ら防災対策に取り組む神戸市民と直接話す機会は、どの研修員にも貴重な体験となっているようだ。

また、パナマでの事前研修※6の運営を主体的に担うのも帰国研修員だ。初めて顔を合わせた各国の研修員たちにとって共に学ぶ環境づくりの場となるほか、「来日前に帰国研修員からアドバイスを受けられる利点もあります」と堀さん。さらに帰国研修員の交流機会にもなり、ヒエラルキー(身分階層制)の根強い中米社会では難しい中央政府と地方政府の連携促進にもつながっているという。帰国後、市に防災課を新設するなど目覚ましい活躍をする研修員もおり、こうした活躍はほかの帰国研修員やこれからの研修員にとって大きな刺激となるはずだ。

毎年多彩なテーマで学んだ研修員が、帰国後も国境を越えて共に仕事をする。一人一人異なる知見を持った彼らが集結し、多角的な視点で自国のみならず、中米地域の防災対策に取り組むことができる強みが、この研修ならではの“実り”でもあるのだ。

※3 神戸東部新都心の愛称。阪神・淡路大震災からの復興のシンボルプロジェクトとして整備され、復興住宅が建設されたほか、「いのち」の尊厳を支える「健康・環境・安全・福祉・文化」にかかわる課題の研究・交流を行う国際的な機関・施設が集積している。国連人道問題調整事務所神戸、アジア防災センター、兵庫県災害医療センターなど防災関係機関も多数集まる。

※4 阪神・淡路大震災の経験と教訓を後世に継承し、災害による被害の軽減に貢献する目的で、02年に開館した。

※5 中米防災実施体制強化のJICA専門家として06年2月までの3年間、パナマにあるCEPREDENACに派遣。現地では本研修の帰国研修員のフォローアップも行っていた。

※6 来日前にパナマで実施する3日間の事前研修で、運営(司会、講義、PCMワークショップなど)は帰国研修員が主体的に行う。こうした事前研修があるのも本研修の特徴だ。

開発途上国の現場に知識創造を

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事例研究で大田区の畠山鉄工所を訪問

2004年、国内事業改革の一環として始まった研修「知識社会創造セミナー」。日本発の「知」で開発途上国の内なる力を引き出そうとする革新的な試みだ。

開発途上国の現場には多くの壁がある。例えば縦割りの行政機関、官と民の壁、管理者と現場や援助側と被援助側の間に見られる心理的距離。数々の壁は、人々の意欲を削ぎ、内からのダイナミックで持続的な発展を妨げる。

だが、こうした壁はどこにでもある。国際競争力の高い製品やサービスを生み出し続ける日本企業もまた、壁を乗り越えてきたからこそ今がある。その原動力をさまざまな事例をもとに解き明かし、理論化したのが野中郁次郎・一橋大学大学院教授だ。ナレッジ・マネジメントとして世界的に知られる「知識創造理論」は、人々が経験的に体得してきた技術やノウハウ、仕事に傾ける思いといった「暗黙知」に着目。個人の内部や酒席での話にとどまりがちな暗黙知を論理・分析を通じて客観的な「形式知」に変換し、組織的な共有を図る。個人と組織の知識資産を質・量ともに豊かにすることが組織力を高め、創造にもつながるというものだ。

日本発の「知」を途上国の現場を変える力に。野中教授が総括を務める研修「知識社会創造セミナー」にはそんな狙いがある。参加者はアジア各地の行政機関における中間・上級管理職や民間セクターの代表者。変革のリーダーとなる人材の育成とネットワークづくりが目的だ。

9日間の超高密度の研修には、1970年代から住民参加型市政を行ってきた東京都三鷹市や、厳しい競争の中で業界一を守ってきたセブン・イレブンなどの事例研究が豊富に盛り込まれ、現場訪問や上級管理職との対話機会もある。好調な事業の裏で住民や顧客、現場のスタッフの声などが大きな役割を果たしている現実に研修員たちは目を見張り、一段と理解を深めていく。

「自分たちが持っている知を見直してほしい」と野中教授。「東洋的な知の方法論は暗黙知を大切にしてきた。知識創造という考え方はアジアの人々とも共有できるはずです。実際、皆『視点が変わった』と表情が明るくなる。ただし、口だけではだめ。実践してこそ本当に『分かる』んです」。厳しい言葉の内に、未来のリーダーたちへの期待がこもる。

継続的な実践を支援するために、野中教授は研修員の帰国後もサポートを続けている。JICAも野中教授の知識創造理論を普及しやすいよう自主学習用の教材にまとめる一方、研修参加者のネットワークづくりに乗り出そうとしている。

受け身で海外から技術移転を受けるのではなく、自己や組織内の暗黙知に基づいて主体的に問題解決の知を創造する。自らの内にある可能性に気付き、より大きな自信を得た参加者たちによる、壁の創造的破壊に期待したい。