monthly Jica 2006年6月号

特集 援助協調 効果を高める連携の力(1/3ページ)

近年、援助協調が活発化している。開発途上国のオーナーシップのもとに、援助国・機関(ドナー)が連携して限られた援助リソースを効率的・効果的に活用し、援助効果の向上を目指す動きは世界的な潮流であり、ODA予算の削減で「量から質へ」の転換を迫られてきた日本にとっても避けられない流れだ。

現場を担うJICAとしても、援助協調を通じて「量」「質」ともに協力効果を高めていくことは、今や「Option」ではなく「Must」と認識し、積極的に参画している。その取り組みと成果を伝える。

「援助協調」とは
援助資金を有効に利用するために、複数の援助国・機関(ドナー)が開発途上国政府と開発戦略を共有し、ドナー同士が援助手法を調和させて協力に当たること。
従来の援助協調は、特定のドナーとの情報交換やプロジェクトの共同実施などが中心だったが、近年は、途上国政府の主導のもと、政府、ドナー、市民社会など開発パートナーが共同で共通の枠組みをつくり、それに沿って開発を共同で実施していく協調が主流になっている。具体的には、「貧困削減戦略文書(Poverty Reduction Strategy Paper:PRSP)」(→途上国とドナー国の取り組み(PDF/263KB)を参照)や、途上国政府のオーナーシップのもと、ドナーを含む開発関係者が参加・調整してセクター、サブセクターのプログラムを作成する「セクター・ワイド・アプローチ(SWAps)」、「一般財政支援」(→「活発な動きを見せるベトナムの援助協調」を参照)、ドナーの援助実施に必要な手続き(調達、報告書、会計、監査など)の調和化(ハーモナイゼーション)などの動きがある。このような援助協調により、途上国の負担を軽減すると同時に開発資源を有効活用し、援助の効果・効率を高めていくことが期待されている。

VOICES from Honduras (ホンジュラス) 「シャーガス病がなくなる日を目指して」

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輸入種が1匹でも見つかれば、村のすべての家屋に低濃度の殺虫剤を散布しなければならない。殺虫剤は約3カ月間有効で、サシガメだけでなくノミなどの害虫も駆除できる。ロスマンゴ村では5月に全家屋に散布された

「貧困層の疾病」と呼ばれる、中南米特有の寄生虫症「シャーガス病」。感染の80%以上が、かやぶき屋根や土壁に生息するサシガメ(吸血性カメムシ)によって媒介され、そうした家屋に住む貧しい人々が犠牲になっている。

人口の約半数が感染の危険にさらされている中米地域では、2010年までに感染をなくすことを目指し、「中米シャーガス病対策イニシアチブ(IPCA)」※を1998年に開始。JICAを含むさまざまなドナーが連携し、その支援を展開している。特に援助協調が活発なホンジュラスの現場を取材した。

※ 2010年までに(1)輸入種のサシガメ「Rhodnius prolixus(ロドニウス プロリクサス)」の撲滅、(2)在来種「Triatoma dimidiata(トリアトーマ ディミディアータ)」の減少、(3)輸血を通した感染消滅を目指す。ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ、コスタリカ、ニカラグア、パナマ、ベリーズが参加し、米州保健機構(PAHO)が事務局を務める。JICAは、グアテマラ(2000〜05年)、ホンジュラス、エルサルバドル(03〜07年)で、サシガメの分布調査、殺虫剤散布によるサシガメの駆除、児童の血清調査と陽性児童の治療、感染予防教育、住民参加型サシガメ監視体制の構築などを支援する技術協力プロジェクトを実施しているほか、PAHOホンジュラス事務所に広域専門家を派遣し、IPCAや域内協力、援助協調の推進に努めている。

撮影:今村健志朗

無視された貧困層の病気

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輸入種のRhodnius prolixus(右)と中米原産種のTriatoma dimidiata(左)。Rhodnius prolixusは屋内のみに生息し、繁殖率・原虫保有率が高く、撲滅が必須だ。Triatoma dimidiataは屋外にも広く生息し、屋内の生息率減少を目指す

「いたぞ、Rhodnius(ロドニウス)のほうだ」
「こっちにももう1匹見つかった!」

首都テグシガルパから車で約2時間、ラパス県サンタマリア市の山村ロスマンゴ。60世帯ほどの小さな村で、人々は山の斜面に豆やトウモロコシを栽培し、細々と暮らしている。村の保健ボランティア※1、バスケスさんの案内で訪れたフェルナンデスさんの家から見つかったのは、シャーガス病を媒介するサシガメの一種だ。電気がないため懐中電灯を手に、土壁に潜むサシガメを探す保健省県事務所のガルシアさんらを、母親のロサエリラさんと幼い子どもたちが不安げに見守っている。

「Rhodnius prolixus(ロドニウス プロリクサス)は感染力が強い危険な虫で、ここの子どもたちは間違いなく陽性でしょう」。「シャーガス病対策プロジェクト」の専門家、小島路生(みちお)さんの表情は険しい。シャーガス病は、サシガメが吸血中に排便するふんに含まれる原虫トリパノソーマが粘膜や傷口から体内に侵入し感染する。急性期は薬で治療できるが副作用が強く、慢性期になると心臓疾患など不治の病に進行し、感染から10〜20年後に死亡する。

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ロサエリラ・フェルナンデスさんにサシガメ対策について説明する保健省ラパス県事務所のガルシアさん(右)と専門家の小島さん。一間しかない小さな土壁の家に、家族7人が住んでいる

「この虫にはよく刺されていたけれど、シャーガス病なんて病気は知らなかった。保健省から人を殺す恐ろしい病気だと聞いて、虫が怖くて夜も安心して眠れない」とロサエリラさんは嘆いた。

ロスマンゴから程近いラスパバス村ではTriatoma dimidiata(トリアトーマ ディミディアータ)の生息が、4月に確認された。かやぶき屋根の小さな家に暮らすマリアさんの夫は、6年前に心臓疾患で亡くなった。「夜、2人でのんびりしていたら、突然死んでしまったんだ。この虫は昔からたくさんいたけれど、シャーガス病の名前は初めて聞いたよ」。

小島さんは「感染者の多くが弱い立場に置かれた貧困層。彼らは情報にアクセスできず、発言力も持たないため、長い間、病気の存在が無視されてしまった」と説明する。

JICAは2003年からコパン、レンピーラ、インティブカ、オコテペケの4県を対象にプロジェクトを実施してきたが、今年、米州開発銀行(IDB)と国際NGO「ケア・インターナショナル」と連携し、ラパス県でも対策を開始する。保健省県事務所のコラレス所長は「マラリアやデング熱の対策に追われ、財政・人材不足のため、シャーガス病に対応できなかったが、ドナーの支援で取り組むことができる。今年はサンタマリア市をはじめ重点10市でサシガメ駆除、住居改善、予防啓発活動を実施したい」と意欲を見せる。

ホンジュラスでは、政府とドナーグループが共通の目標・政策のもとに貧困削減に取り組んでおり、政策レベルから技術レベルまで、各セクターで援助の調整・連携が活発だ。シャーガス病対策でも、03年にJICAや米州保健機構(PAHO)、カナダ国際開発庁(CIDA)、NGOなどドナーと保健省が共同で「シャーガス病対策5カ年計画」を策定し、ドナーが協調して保健省のシャーガス病対策プログラムに協力している。

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昨年12月に散布活動が終了したインティブカ県ボルボヨン村で、試験的に子どもの血清検査を実施。幸い陽性反応が出た子どもはいなかった。不安そうな子に「痛くないよ」と話し掛ける隊員の松崎さん

中米地域のシャーガス病対策を支援する中川淳専門家は「国境を越えて広がるシャーガス病の対策には、1つのドナーが1国の限られた地域を支援するだけでは限界がある。複数のドナーがそれぞれの得意分野を生かして協調することで、より効果的・効率的な対策が広範囲で実現できる」と援助協調の重要性を説く。

東部3県で対策を支援しているCIDAのカミユ・ポマローさんも、シャーガス病対策の推進に援助協調が大きな役割を果たしているという。「ドナーがまとまることで、政府に対策を義務付け、明確な目標と長期計画を設定することができた。また、ドナー協調により、互いに弱い部分を補完することができ、協力の効果も高まっている。ホンジュラス政府の目標達成に向けて、シャーガス病対策の優れた技術協力の経験を有するJICAとともに支援していきたい」。

※1 ホンジュラスの各村で村人の中から任命され、子どもの身体測定や予防接種の実施、村の保健衛生の向上などを支援する。シャーガス病の予防啓発の推進も担う。

持続的な監視体制の構築を

「サシガメの監視には、皆さんの協力が重要です。シンチンチェ、ノーシャーガス!(サシガメを駆除して、シャーガス病をなくそう)」「シンチンチェ、ノーシャーガス!」

インティブカ県ヤマランギーラ市ピカチョ村では、青年海外協力隊の松崎通浩(ゆきひろ)さんの呼び掛けに、村人たちが元気な声で応えている。ピカチョは市の中心から車で約45分、さらに山道を徒歩で1時間かかる、アクセスの不便な村だ。ここでは03〜04年、JICAの支援で殺虫剤の散布や子どもの血清検査が行われた。検査の結果、小学生の56%が陽性と診断されたが、その治療も終了した。また現地NGO「COTEDIH(コテディ)」が、サシガメが生息しにくくなるよう住居改善を実施。以降、サシガメは1匹も発見されておらず、現在は、住民によるサシガメ監視体制の構築に向けて保健省県事務所と松崎さんが啓発活動に力を入れている。

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COTEDIH(コテディ)のフィデリア・スニガ代表は「シャーガス病対策は私たちだけではできない。皆が協力して続けていくことが大切」と話す

「JICAのおかげでシャーガス病と闘うことができ、たくさんの子どもたちの命も救われた」と喜ぶのは村の保健ボランティア、サンティアゴさんだ。「村がこんなふうに改善されるなんて思ってもみなかった。シャーガス病対策がきっかけとなって、村人の衛生意識が高まり、生活改善も進んでいる」。

保健省県事務所のルイス・ヒロン所長は「99〜03年にいくつかの地域で対策を実施したが、体系的ではなく資金も限られ、成果は低かった。だが、5カ年計画ができ、ドナーの協調した支援により総合的な取り組みが可能になった。コミュニティーも積極的に参加するようになり、シャーガス病だけでなく、保健衛生の向上にもつながっている」とほほ笑む。

インティブカ県では感染地域の11市のうち8市の家屋内殺虫剤散布を終え、今年中に残り3市の散布を実施する計画だ。しかし、散布しただけでは意味がない。サシガメが再侵入しないよう、住居を改善し、住民が衛生的な生活を心がけると同時に、監視を続け、万一サシガメを発見したら市の保健所に報告し、それを受けて県事務所が対応するという、住民と行政の連携による継続的な監視体制が重要だ。松崎さんは「それが一番難しいことかもしれません。啓発活動に力を入れ、代々受け継がれていく知識として現地に根付かせたい」と意気込む。

JICAのプロジェクトでは、対象県での殺虫剤散布によるサシガメ駆除が終了しつつあり、今後は監視体制の構築に向けて、中央、県、市町村の各レベルでキャパシティ・ディベロップメントを強化すると同時に、対象県の成果をモデルとして他県への普及に力を入れる。

JICAの知見を他国・他分野へ

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ボルボヨン村の小学校で、子どもたちと父兄にサシガメ対策を説明する隊員の小笠原禎(ただし)さん(右)と山内志乃さん。隊員は地方レベルでシャーガス病対策の計画・実施・評価活動の質の向上・維持を支援する役割を担う。地方分権化が進むホンジュラスでは地方レベルのキャパシティ・ディベロップメントも重要だ

ホンジュラスでのシャーガス病対策は、援助協調のモデルとして国際的にも高く評価されているが、中川さんや小島さんは援助協調でJICAの“顔”が見えにくくなるのではないかという懸念を一蹴する。「私たちの協調は信頼関係で成り立っている。ドナーは互いに連携していることを強調するので、逆にJICAのプレゼンスが高まっている」。

PAHOホンジュラス事務所のフィウサ・リマ所長も、「JICAがいなければ、援助協調もIPCAも機能していなかっただろう」と評価し、「ホンジュラスの事例は周辺国によい刺激を与え、IPCAの前進に寄与している。また、母子保健やほかの感染症対策のモデルにもなり得る」と語る。こうした評価を受け、唯一、グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグアと国境を接するホンジュラスとしても、IPCAの推進や域内協力に積極的な姿勢を示している。

中川さんは「ホンジュラスだけでなく、グアテマラ、エルサルバドルでのJICAの経験・成果を普遍化して中米地域で共有できるようにすることで、IPCAの目標達成に貢献したい。また、その知見はアフリカ睡眠病対策※2でも生かせるだろう」とライフワークとしてかかわっていく意思を見せる。小島さんも「シャーガス病対策はまだ道半ば。中米諸国が目標を達成できるかどうかは政府とコミュニティーの人々の努力にかかっている。各国政府と国際社会がさらに結束を固めて支援していきたい」と意欲的だ。

シャーガス病対策の原点は「人命を守ること」であり、人間の安全保障に直結する。命への危機が取り除かれて初めて、「貧困削減」への道が開けるといえるだろう。中米には、ロスマンゴやラスパバスの村人たちのように脅威にさらされている人が数多く存在する。コミュニティーと政府、ドナーが共に手を携えることで、そうした人々が一日も早く安心して暮らせるようになり、さらに自らの力で「貧困」に立ち向かえる日が来ることを願う。

※2 シャーガス病と同じトリパノソーマを病原体とするアフリカの風土病で、ツェツェバエが媒介する。