monthly Jica 2006年6月号

特集 援助協調 効果を高める連携の力(3/3ページ)

PROJECT in Senegal (セネガル) セネガルの海を守る漁村主導の資源管理

漁村の「現場力」を中心に発展してきた日本の漁業。その経験と技術が今、アフリカ・セネガルの海で生かされている。漁民の意見を尊重して成果をあげた日本の支援方法は、セネガル政府やほかの援助機関から高く評価され、共同で普及する試みが始まっている。

現場パワーを引き出す

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産卵用のタコつぼを運ぶニャニンの漁民たち

大西洋に面する西アフリカのセネガルでは、魚介類などの水産資源が主要な食料であり、外貨獲得の源でもある。就労人口の17%が水産業に従事し、経済的に大きな役割を担っているが、近年、水産資源の減少が懸念されている。

しかし、漁獲統計の信頼度やデータ解析技術の問題から、セネガル政府は水産資源の現状を正確に把握できておらず、資源を適切に管理するための政策の整備が遅れている。そこで、同政府は日本に支援を要請し、2003年6月、JICAは「漁業資源評価・管理計画調査」を開始した。

JICA調査団はまず、セネガルの排他的経済水域※1に分布している主要な漁業資源を把握するための調査を実施。その過程で、セネガル政府管轄の海洋研究センター「CRODT(クロッド)」の研究者、技術者に対し、水中の生態系調査に欠かせない潜水調査法や、調査船の運航方法など、漁業資源の評価手法に関する技術指導を行った。

そうした中、水産資源の減少は「乱獲」に要因があると判断した調査団は、問題解決策として、漁民と政府が共同で資源を管理することを提案。その体制づくりを支持するため、ニャニン、イエンなど4つの漁村で、パイロットプロジェクトを実施した。

ニャニンでは、枯渇が危惧されているマダコとシンビウム(大きな巻貝)の禁漁期※2を設けた。このアイデアは、漁民から提案されたものだが、禁漁によって資源を管理しようとすれば、その期間の収入は減少してしまい、貧しい漁民たちの生活が立ち行かなくなる恐れがある。

そこで、人々はJICAの支援のもと、コミュニティーのニーズの把握に努め、共同出荷※3や養鶏、給油サービスなど、漁業以外の収入創出の手段を生み出し、収入源の多様化を図った。これにより、ほぼ100%の漁船が禁漁を遵守。そして周辺の漁村でも、漁民による自主的な資源管理が見られるようになった。

当初、漁民たちは「漁獲が不調でもどう対処すべきか分からなかったし、資源管理に参加すると収入が減ってしまうのでは、という不安があった」。しかし、このプロジェクトにより「収入が増え、自分たちのやるべきことも見え始めた。今後も禁漁期を続ける」と、意欲を見せている。

※1 国連海洋法条約に基づいて設定される経済的な主権が及ぶ水域。

※2 魚介・藻類の繁殖・保護のため、特定期間の漁業を禁ずること。

※3 漁村の利益拡大を目的に、仲介人の介入を退け、漁獲物を共同販売すること。

各ドナーが得意分野で連携

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禁漁期を知らせる看板の前で。ニャニンの資源管理委員会のメンバーと綿貫さん(前列中央)

こうした成果を、より多くの関係者に知ってもらおうと、JICAは、ほかの援助機関やセネガルの政府・漁民、報道各社を招いて、漁民自らが資源管理に携わる漁村を訪問する「ドナー/プレスツアー」や、一般市民に向けた「調査船体験ツアー」などを実施した。また、世界銀行によるプロジェクトのコーディネーターで、日本に留学経験のあるセネガル人の力を借りるなどして、ほかの援助機関と頻繁に協議を重ね、相互の連携による支援が必要であることを訴え続けてきた。その結果、これまで「漁民には責任感が欠ける」という考えのもと、資源管理を行政主体で進めていたセネガル政府やほかの援助機関は、「漁民主体の資源管理」方法に注目するようになった。

そして05年6月、JICAは世界銀行と「漁業協力分野におけるパートナーシップ」を結んだ。現在、世界銀行がセネガルで行っている「海洋沿岸資源管理計画(GIRMaC[ジルマック])」のスタッフは、ニャニン、イエンでのJICAのプロジェクトや、日本での研修に参加するなどして、漁村と政府が共同で資源を管理するためのノウハウを学んでいる。

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セネガルの大衆魚の一つ、ボンガを水揚げする漁民たち

また、フランス開発庁(AFD)や環境NGOの「OCEANIUM(オセアニウム)」と会合を行い、日本のプロジェクトで成果が確認された人工魚礁やシンビウム稚貝の標識放流などに関する技術指導で協力している。

今回、「資源管理/漁業技術」を担当した調査団の綿貫尚彦さんは、「人々が何を望んでいるのかを的確にとらえる現場の視点、資源を調査・管理する技術や、漁民と徹底的に話をして彼らのやる気を引き出すすべは、日本がたけている。一方、現地政府を巻き込んで漁業問題に政策的に対処するのは、フランスを中心とする欧米ドナーが得意」と言う。当初、漁村にはあまり足を運ばず、机上論ばかりを口にしていた欧米ドナーとの間で意見の衝突もあったが、「今は、セネガルの漁業振興に、より効率的に貢献していくため、日本側が得意とするコミュニティーへのアプローチと欧米ドナーの政府へのアプローチをうまくリンクさせて、連携体制を強化している」と話す。

セネガルの資源管理はまだ始まったばかり。JICAセネガル事務所の若林基治(もとはる)さんは「セネガル全体の漁村と政府が協同して、自主的に資源を管理できるようになるには、まだまだ時間がかかるだろう。今後もJICAはほかのドナーと連携を図りながら支援を続けていく」と語る。

Expert's View 専門家に聞く 援助協調の本質と日本の役割

開発途上国の政府が国家の開発戦略を立て、それをさまざまなドナーが共有し、協調しながら援助を行う「援助協調」が活発化している。

その背景や近年の傾向、日本に求められることなどを聞く。

1 援助協調が主流となった背景とその本質は?

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高橋基樹(たかはし・もとき)
1959年東京都出身。神戸大学大学院国際協力研究科教授。外務省「エチオピア国別援助計画」主査、「タンザニア地方開発セクタープログラム策定支援調査」支援委員。アフリカの特殊性を踏まえた社会経済開発上の諸問題のメカニズムの解明、援助の哲学や歴史的分析をも交えた国際協力学の構築に取り組んでいる。主な著書は『アフリカ経済論』(ミネルヴァ書房、共編著)、『アフリカ−第三の変容』(昭和堂、共著)など。

援助協調は世界銀行やイギリスをはじめ北西欧諸国が中心となり、1990年代後半からアフリカの後発途上国などで取り組みが始まりました。日本が重点的に支援してきた東アジアでは、援助への依存度が高くなく、ドナー(援助国・機関)の数も限られており、受け入れ国政府が援助を調整できていたために、援助協調という発想はあまり強くなりませんでした。

ところが、北西欧諸国が主に援助しているアフリカの後発国には、旧宗主国をはじめ、たくさんのドナーから援助が注がれます。そうすると、例えばある国の農業セクターだけをとっても数十のドナーがいて、多数のプロジェクトが乱立するという状況が起きてしまう。一方で、それを管理する途上国側の農業省の担当者は数名にすぎず、個々のプロジェクトを把握できなくなる。各省を超えて全体を統括すべき財務省予算局の次元になると何をかいわんや、です。その上、ドナーごとに手続きなどが異なるので担当者の手間が極度に増え、せっかくの援助を生かすことができないという、「援助の氾濫(はんらん)」が生じました。

北西欧ドナーの間では80年代から援助の失敗について議論された結果、手続きや仕様を統一(調和化)するといったドナー間の調整をしながら、途上国の援助吸収能力を高めることによって援助の氾濫を克服し、貧困削減を達成していこうという動きになりました。つまり、現場での援助協調は、援助の失敗への反省の中で形作られてきたのです。

大事なことは、ドナーだけがお互いに協調するのではなく、相手の国がやろうとすることに対して皆の仕事を寄り添わせていく、つまり主体はあくまでも途上国だということです。日本では「援助協調」というと主体が無視され、さらに「日本の顔が見えなくなる」などという議論になりがちですが、そこの誤解を払拭(ふっしょく)するためにも開発・国づくりをお互いにスクラムを組んで進めていく、「開発協調」という言葉を使うべきだと私は思っています。

2 援助協調の傾向とその課題は?

援助協調の枠組みに、教育や保健などそれぞれのセクターで行われる「セクターワイド・アプローチ(SWAps)」があります。SWApsでは途上国政府と複数のドナーの資金を共有化するコモン・プールという方式がとられることもあります。

援助協調あるいは開発協調で中核的な意義を持つのが貧困削減戦略文書(PRSP)という、重債務貧困国(HIPCs)の債務救済などの支援を受ける条件として途上国政府が策定する社会経済開発の総合戦略です。80年代に実施された構造調整では、世界銀行や国際通貨基金が画一的な処方せんを貧困国に対して押し付けたことが失敗のもとといわれました。途上国側の主体的な取り組みがないと開発援助は成功しないとの反省がなされたのです。PRSPはその反省に立ち、貧困削減戦略をまずは途上国自身に、できる限り民主的で開かれた手続きの下で作ってもらおうとしています。そして、出来上がったPRSPを途上国とドナーが共有し、協調しながら開発を進めるわけです。HIPCsについていえば、PRSPは、いわば財政破綻(たん)した企業が支援銀行に示す再建計画のようなものですね。

イギリスなどはセクター支援よりむしろ、PRSPと途上国の全体政策を直接的に支援すべく、使途を限定せずに途上国の国内歳入に上乗せして援助資金を供与する一般財政支援を推進しようと、ほかのドナーの協力を呼び掛けています。一般財政支援で相手国の国庫へ直接お金を入れるということは、ドナーがその国の納税者と同様の立場になるわけです。そこでは、途上国政府が援助で浮いたお金を軍事費など予定外の目的に使わないよう会計の透明性を確保し、説明責任を果たすよう制度強化を促すことが支援の重要課題となります。

3 援助協調において日本に求められることは?

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援助協調による開発計画「農業セクター開発プログラム(ASDP)」に係るタンザニア政府・ドナー間の協議の様子。ドナー側から、デンマーク国際開発援助(DANIDA)、国連食糧農業機関(FAO)の関係者、JICA「地方開発セクタープログラム策定支援調査フェーズ2」調査団員の板倉一平さん(左から3人目)などが参加

現状においては、援助協調の枠組みに参加しないと途上国の開発政策への発言権を確保できなくなっています。日本は、もっぱらプロジェクトや物資供与によってきたこれまでの支援の発想を改め、援助協調・開発協調の枠組みに積極的に参画し、その上で日本ならではの知恵を、各途上国の状況に合わせて提供していくことが重要でしょう。また、途上国が主役となるため、日本はいわば黒子となって他ドナーとの橋渡しもできると思います。こうした方向で、タンザニアへの日本初の一般財政支援無償を供与し、同国の地方開発セクタープログラムでは幹事ドナーを務めるなど、新しい取り組みが始まっています。

援助協調が主流となった今、以上のような役割を担う有能な人材が求められています。日本にもたくさんの優秀な人材がいると思いますが、その能力が生かされていません。あまりに多くの案件が展開し、政策支援からは遠い仕事に忙殺されることが原因でしょう。

今までは外交と援助がうまく仕分けされておらず、相手の国に求められるまま広く浅く支援する“百貨店”方式でした。これからはあるセクターや活動分野に支援を集中させ、その全体的な問題について、政策を含むアドバイスのできる人を配置する戦略的な“専門店”方式により、日本の存在感をモノではなく理念で示すことが求められています。