monthly Jica 2006年7月号

特集 対中技術協力 いま何が求められているのか(3/3ページ)

PROJECT in Beijing (北京) 市場経済化のカギを握る法整備支援

2010年までに社会主義市場経済の法整備を目指す中国。かつて中国と同じく急速な経済発展の中で法整備を行ってきた日本の経験が今、現地で生かされている。

国際ルールとの調和を目指して

2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟した中国は、改革・開放政策※1をさらに強化して市場経済化を促進し、国際ルールとの調和化を意識した国内の制度、政策の見直しを進めている。そして、WTOとの公約を守るべく、国家の威信をかけてさまざまな法改正に着手しているが、改正が必要な法律の数が膨大なために作業が遅れたり、未整備なものも残っている。その中で特に急がれているのが、市場経済の主体となる企業活動の活性化を促す、透明性の高い経済法・企業法制度を整備することだ。

「中国の法制度を整備する上で、法文化が類似する※2日本の経験と知見を参考にしたい」という中国の要請を受け、JICAは04年11月から3年間の計画で「経済法・企業法整備プロジェクト」を実施している。これは、公司法(会社法)、独占禁止法、市場流通関連法などの立法や運用にかかわる実務者の能力を強化することが目的だ。

※1 1978年、鄧小平によって、積極的外資や生産責任制の導入、農村における人民公社解体が行われるなど、外国への門戸開放と自由主義的要素が大胆に取り入れられた、市場経済化の出発点とされる政策。

※2 法体系は主に、ドイツや日本などのように法典を中心につくられた「大陸法系」と、英米など判例に法としての効力が認められた「英米法」に分類されるが、中国は前者に近いとされる。また、93年の会社法制定の際、主に日本の会社法が参考とされた。

新会社法の目指すもの

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会社法研究会の様子。立法に向けて中国側と活発な意見交換がなされた

その第一歩として、今年1月に施行された新しい会社法が注目を集めている。

93年に制定されたこれまでの会社法は、国有企業※3のための会社法という性格が強く、株主や債権者の保護に関する規定が不十分だった。また、最低資本金が極めて高額に設定されていたため、近年、急増している民間企業が会社制度を採用できなかったり、計画経済時代の体制を残す行政に過度に介入されるなど、自由な経済活動が保障されていなかった。

「新しい会社法の下、民間企業に対する国の関与を少なくしていくことで、初めて企業活動が活発化し、市場経済が機能する」。同プロジェクトの国内支援委員会委員長を務める布井千博(ぬのいちひろ)・一橋大学大学院教授らは、会社法改正にあたり、国務院法制弁公室や商務部、大学教授などを対象に、日中両国でセミナーや研修を実施し、日本の経済法の立法から施行に至るプロセスを紹介したり、周辺法との整合性を図るためのアドバイスなどを行ってきた。

そして、改正後の会社法には、投資・起業の促進や会社の健全な経営、株主や債権者の合法的な権益の保護が明文化された。

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会社法施行後、日中双方の企業を対象に行われた「日中会社法セミナー」

さらに、「法律を作っただけでは意味がない」という布井教授の言葉通り、現在、JICAは改正後の執行、現場レベルでの適応に向けた支援に重点を置いている。今後は、最高人民法院などの裁判官を対象とする研修を実施する予定で、会社法に関する日本の法解釈や判例を紹介し、中国の裁判実務に生かされることが期待されている。

また、JICAと商務部は今年2月、中国の日系企業を対象に「日中会社法セミナー」を開催。日中双方の有識者が講演し、改正会社法制定の経緯や主要な改正点、外資企業に与える影響などに関する理解を促した。

なお、独占禁止法については、今年中に全国人民代表大会常務委員会での法案審議が行われる見込みで、それに合わせてJICAは中国側の立法関係者を対象に研究会や訪日研修などを開催し、企業合併、カルテルの適用除外に関する規定を含む立法上の重点課題について専門家が助言するなどの協力をしている。

「法整備の支援は、その国の社会を十分に理解していなければできない」と強調する布井教授。「支援を通して両国の相互理解が深まり、東アジアの平和と安定に貢献できれば」と願っている。

※3 工業生産などに関し、改革・開放以前は、国が所有、経営する「国営企業」が政府の生産計画通りに生産していたが、改革・開放以降は、国が所有し民間が経営する「国有企業」に改組する経済体制改革が行われ、工業生産の質と量の向上を図った。

男女平等の社会を目指し日本で研究する留学生

【写真】何霞(フシャ)さん「女性は天の半分を支える」。1949年、社会主義国家として新しい中国を建設した毛沢東の言葉だ。新国家建設以降、中国では、法律に男女平等の権利が明記され、女性の社会進出が進んだ。しかし、78年の改革・開放政策によって能力主義が導入され、競争が加速するとともに、労働現場における男女格差は拡大しつつある。

「近年の男女差別について検証し、中国の女性が安心して働ける社会づくりに貢献したい」と話すのは、現在、九州大学大学院法学府博士課程で博士号取得を目指す何霞(フシャ)さんだ。四川大学法学部で講師を務める何さんは、JICAの長期研修制度を利用して、2004年9月に来日し、男女雇用機会均等法に関する各国の比較研究を行っている。今後は「ほかの地方から四川省へ移り住んで働いている女性に対する制度上の差別について研究したい」と意気込む。

日本の印象については「皆、勤勉で仕事に対する責任感がある。それに福岡は空気も街もきれいで親切な人が多い」と語る。

急速に変動する自国を、冷静に見つめながら、より良い発展のために研究に励む何さん。こうした留学生たちは、日中のきずなを深める大切な存在だ。

Expert's View 専門家に聞く 中国の社会保障問題と国際協力

改革・開放政策を導入して以来、急激な発展を続ける中国。

その陰で都市と農村の格差が広がっている。立ち遅れる農村部の社会保障制度の改善を目指してJICAが実施している「農村社会養老保険制度整備調査」のアドバイザーに、中国の社会保障問題と日本の国際協力への期待を聞く。

1 中国の社会保障問題とその背景とは?

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広井良典(ひろい・よしのり)
1961年岡山県出身。千葉大学法経学部総合政策学科教授。86〜96年まで厚生省(当時)に勤務。JICA「農村社会養老保険制度整備調査」アドバイザー、「社会保障分野課題別支援委員会」委員。専攻は医療政策、社会保障論および科学哲学。著書に『日本の社会保障』『定常型社会』(岩波新書)、『ケアを問いなおす』(ちくま新書)、『アジアの社会保障』(東京大学出版会、共著)ほか多数。

中国の社会保障を考えるとき、中国と日本では前提となる状況が異なっています。一番の違いはなんといっても中国は社会主義だったということですね。1949年に今の中華人民共和国が成立してからずっと社会主義できたわけですけれども、78年の改革・開放以来、市場経済メカニズムの導入を進め、さらに93年からは社会主義市場経済というシステムを導入しました。そこで社会保障の整備ということが重要な課題になってきたわけです。

どういうことかというと、社会主義時代はわれわれが通常「社会保障」と呼んでいるものはなく、都市の場合は国営企業、農村の場合は人民公社※1といった生産の各「単位」が従業員の面倒をすべて見るという仕組みをとっていました。ところが市場経済の導入でそういう仕組みがなくなり、社会保障を企業ではなく政府が提供するようになったのです。

しかし、社会保障の整備は十分に進んでいないのが現状です。都市には徐々に医療保険や年金などが整備されようとしていますがまだ不十分で、農村に至ってはほとんど整備されていません。また、一人っ子政策による少子化と相まって高齢化が急速に進んでいます。世界銀行のデータでは、2030年までに増加する60歳以上の高齢者のうち約3割を中国が占めており、いうなれば21世紀の地球高齢化問題は中国を中心に進んでいくわけです。

これらを背景に、中国では社会保障制度の整備が急がれているのです。

※1 1958年から中国の農村を基盤に設立された、生産組織と行政組織が合体した地区組織の基礎単位。改革・開放政策の下で解体された。

2 中国が目指すべき社会保障制度とは?

日本やヨーロッパにあるような、すべての国民に基本的な社会保障を整備していく「国民皆保険」を何らかの形で実現していくことが一つのゴールだろうと思います。しかしながら、中国というのは国の規模が日本やヨーロッパの国々とはまったく違いますし、これから都市化が急速に進んでいくとはいえ、現在の農村人口は7割を占め、農村の中にはそもそも貨幣経済自体が普及していないところもある。国民皆保険が望ましくとも、そう簡単にはいかないでしょう。

もう一点は、社会保障の中にも医療保険や年金、低所得の人のための福祉などいろいろな項目があるわけですが、中国にとって特に緊急を要するのは医療保険の整備でしょう。その次のステップとして年金(中国では養老保険と呼ばれる)を整備し、そして今日本で課題になっている高齢者介護の問題、保育の問題などが出てくると思います。

そもそも社会保障とは一体何かと考えた場合、もともと家族や地域で支え合っていたのが三世代同居から核家族になり、かつ農村から都市へ人が流れることによって以前の支え合いがなくなり、それを国が代わりにやるということで社会保障制度ができたのです。「公助」「共助」「自助」という言葉がありますが、生活の保障や支え合いを、「公」=政府、「共」=家族や地域、「自」=個人や市場の3つの部門でどう分け合うかが、社会保障の基本にあるテーマといえます。それを中国はどのようにしていくのか、大きな岐路に立っていると思います。

3 社会保障の国際協力に関して日本に求められていることは?

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2005年1月、JICA、労働社会保障部、清華大学公共管理学院の共催により、中国農村部の社会保障制度に関するセミナーが開催され、講師として招へいされた広井教授が日本の制度について発表した

これまで日本の国際協力はハード面が中心でしたが、今後は社会保障の整備などソフト面中心の国際協力が求められるでしょう。そういう意味では昨年4月、JICAに人間開発部社会保障チームができたことは大きな前進だと思います。

社会保障の国際協力という発想が薄かった背景には、日本での社会保障の議論は欧米の経験を日本がどう学ぶかということに力点が置かれ、日本の社会保障の経験を評価し、それをほかの国へどう伝えるかという発想がなかったことがあります。

欧米にはない日本の特徴は何かというと、農業人口が非常に大きい段階、つまり成長の早い段階で国民皆保険※2を整備したことがあげられます。また、介護保険なども比較的プラスに評価できるでしょう。今、日本では年金が大きな問題になっていますが、こうした反省点も含めて、先発の欧米に対する後発工業国としての日本には、家族構造などの特徴が似ているアジアに対して発信できるメッセージはたくさんあると思います。

一方、中国から学べる点も少なくありません。例えば中国の都市では広場で高齢者が太極拳や書道をするなど、知らない者同士でもコミュニケーションをとる伝統があります。また、病気の予防や心身の相関を重視する中国医学は21世紀の主流になっていくでしょう。社会保障は制度が整備されればいいという単純な問題ではなく、コミュニティーのあり方や予防などが大切ですから、日中の経験を学び合う双方向的な交流が非常に重要だと思うのです。

※2 日本は1961年に国民皆保険を実現した。