monthly Jica 2006年8月号

特集 中東地域 平和と安定への道のり(1/3ページ)

アフガニスタン、イラク、パレスチナをはじめ、中東地域は度重なる紛争を経験し、国土が疲弊している上、民族・宗教など複雑な社会問題を抱えている国が多い。また失業率の増加や所得格差の拡大、政体への不満、個人の自由の制限など、さまざまな不安定要因が重なり、流動的な状況にある。

こうした中東地域の不安定な情勢は国際社会に多大な影響を及ぼし、同地域が抱える課題の解決に協力することは、域内のみならず世界の平和と安定にとっても重要だ。

JICAは中東安定化のカギとなるアフガニスタン、イラク、パレスチナに対する平和構築・復興支援をこの地域の最重要課題として取り組んできたほか、周辺国に対しては水資源分野や技術者育成、貧困削減に重点を置いて協力を展開している。その成果と最新の動向を伝える。

VOICES from Afghanistan (アフガニスタン)
「日本のこと、忘れない」

【写真】

ワダット女子高校のニラウさんは、パキスタンに避難していた。「タリバンが女子教育を禁止したため、父がアフガニスタンから出ることを決めました。カブールに戻ってきて、こんな立派な学校で勉強できるようになって日本に感謝しています」

2001年—世界に激震が走った年、アフガニスタンはその中心にいた。9.11、米軍によるアフガン空爆、タリバン政権の崩壊、そして暫定政権の誕生。23年間に及ぶ紛争で荒廃した国土や人々の心に、新たな国づくりへの“希望”が芽生えた。

JICAは人々が一日も早く安定した暮らしを取り戻せるよう、カブール、カンダハル、マザリシャリフの3市で緊急復興支援を実施※。復興へ歩み出してから約4年半、JICAの支援の成果と現地の状況を報告する。

※ JICAは「カブール市緊急復興支援調査」(02-04年)、「カンダハル市緊急復興支援調査」(02-03年)、「カンダハル近郊農業復旧緊急支援調査」(03-04年)、「マザリシャリフ市緊急復興支援調査」(04-06年)により、復興開発計画の策定や、市内道路、学校、医療施設の修復、放送支援、灌漑水路の復旧などを行った。

カブールの社会基盤を整備

【写真】

2003年に完成したワダット女子高校の校舎。04年の新潟県中越地震の際には、ニュースを聞いた生徒たちが被災者へお見舞いの手紙を送った。アシフさんは「生徒たちはいつも日本への感謝の気持ちを忘れません」と話す

満面の笑顔で道草をしながら家路につく子どもたち、みずみずしいフルーツを山盛りに積んだ屋台、建設現場で作業に精を出す男たち。信号一つない道路には車が縦横に走り、その道のぎりぎりまで張り出した市場には色鮮やかな野菜が並び、買い物客でごった返す。首都カブールの町の喧騒と混乱の中に、復興から開発に向かう息吹が感じられた。

「アフガニスタンの復興は日本の支援による道路の復旧から始まった。日本は常にわが国の復興支援の最前線にいる」

そう力強く語ったのはインフラ整備を担う公共事業省のラスリ副大臣だ。JICAは特に被害が深刻なカブール市南西部のインフラ整備計画と公共交通計画を策定したほか、道路14.7キロを修復し、都市機能の回復を図る支援を行った。

しかし、紛争で国の道路の95%がダメージを受けた上、多くの技術者がタリバン政権時代に失われた。「4年前、たった1台のブルドーザーすらなかったこの国に来た日本人専門家はこう言ったのです。『私たちはただ物を建てにきたのではありません。私たちから何かを学んでほしい』と」。今、公共事業省では人材育成に力を入れるとともに、周辺8カ国を結ぶ道路の建設にも乗り出した。これは新たな市場を開いて貿易振興を図り、経済を活性化させるものとして期待されている。

市南西部郊外に位置するワダット女子高校。5000人もの生徒が学ぶこの学校は、JICAが再建した学校の一つだ。

「JICAはさまざまな分野で支援をしてくれましたが、中でも教育分野の貢献が非常に大きい。机もいすもないテントで勉強していた子どもたちにこのような快適な校舎を建ててくれ、生徒や保護者からたくさんの感謝の声が届きます。人々の新しい生活の出発点となり、明るい将来への希望となっています」

訪問を迎えてくれたムハンマッド・アシフ校長代理がにこやかに話してくれた。22年前に設立されたこの学校はもともと共学校だったが、タリバン時代は男子にのみ開かれていたという。その間、多くの人が難民として国を脱出した。2年前に戻ってきたアリーナさんの母親オーマさんは「日本の教育支援に感謝したい。教育は国の復興に重要です。教育を受けた人は復興に貢献でき、また自分の人生を自分で決めることができるのです」と強調する。

卒業後は大学でジャーナリズムを勉強したいというサディアさんは「私たちの国をよくするために支援をしてくれる日本の人々は誠実な人だと思います。日本の高校生と交流したいし、いつか日本にも行ってみたい」と夢を語った。アフガニスタンの女子高生の間では、ジャーナリズムが医学と並んで人気だそうだ。その理由をサディアさんは「世界のいろんなことを知ることができるから。私たちはもっとほかの国のことを知らなければいけない」と言う。

しかし、アシフさんは「生徒たちは皆、大学への進学を希望しているが、大学の受け入れ枠が少ないため、半数しか進学できないのが現状です」と説明する。またオーマさんは教育の質の低下や治安の悪化も懸念している。「帰国したときよりも治安が悪くなっているので毎日娘の送り迎えをしている。この学校は塀が低く安全ではない。女子校はもっときちんと守られているべきです。先生の給料も少なく、教育の質に影響があると思う」。彼女は日本に教育の質の向上を支援してほしいと訴えた。

復興におけるメディアの役割

【写真】

RTAの編集スタッフ、ワイーダさん(左)は、パキスタンに避難していたタリバン時代を除き10年間RTAに勤めている。「日本の支援で機材がデジタル化されて、いい番組を効率的に製作できるようになった」

「はい、準備オッケー」「本番まであと3分」

国営ラジオテレビ局(RTA)のスタジオでは慌ただしく収録の準備が進められている。真剣な表情でモニターを見つめるスタッフたち。あらゆる機材に日の丸のシールが張られている。RTAは02年に移行政権発足に向けた緊急ロヤジルガ※の全国衛星放送を行うため、JICAから機材・技術支援を受けたほか、無償資金協力でテレビ局の改修なども行われた。緊急ロヤジルガの放映により、市民が国の統合プロセスを見ることができ、新たに誕生した移行政権の正当性の向上と民主化の促進に貢献した。

「実は日本のRTAに対する最初の支援は1976年なんですよ」と言うのは、企画・国際関係局長のパンシリさんだ。彼自身、78年に日本で研修を受けたことがある。「わが国の放送分野は、知識・技術ともに日本に支えられている」。

復興における放送の役割を問うと、「放送は平和を取り戻すための重要な役割を担っている。わが国は内戦で物質的にも文化的にも大きな被害を受けた。今こそ人々に正しい教育、情報を提供し、タリバン時代に広まった誤った考えや慣習を正していかなければならない。しかし、学校が不足し、多くの人は読み書きができない。そうした人々にとっての教育手段はテレビやラジオだけだ。放送を通じて、教育の大切さや新しい時代の現実、また日本など他国の復興の経験を伝えることもできる。放送は生活や経済の向上、社会の安定に不可欠だ」と力強く答えた。

※ 移行政権発足のため、02年6月に全国から代表がカブールに集まり実施された国民大会議。

友情国としての支援に感謝

【写真】

JICAが改修したマザリシャリフ市内の道路(右)。これと交差する道路の改修も現在進められている(左)。カンダハルの復興に携わった木村伸一・企画調査員(援助調整[カンダハル支援])は「ほかのドナーと異なり、日本人技術者が直接現場で施工管理をしているので質が高い」と説明する

バルフ州の州都マザリシャリフは、アフガニスタン北部の拠点都市の一つだ。青く光り輝く「ブルーモスク」を擁し、国内外から多くの巡礼者が訪れる。しかし、復興が始まって2年が過ぎても、紛争の被害を受けた都市インフラの復旧が十分に行われていなかった。特に道路と学校修復の緊急性が高かったことから、JICAは市内道路と教育分野に関する短期復興プログラムを策定するとともに、市内の道路2.5キロと7つの学校の改修を行った。

「すべてのアフガニスタン人を代表して感謝を述べたい」。そう切り出したのはユナス・モキム市長だ。「日本はわが国に初めて国際的な水準の道路と質の高い学校を建設してくれた。私たちはたくさんのドナーに会ったが、日本だけが約束したことを確実に実行し、友情国として支援してくれる」。

改修された道路に案内してくれた技術者のアリフさんによると「道路の改修は人々の生活改善に貢献している。以前は病院までの道が悪く、患者を搬送するのに時間がかかり、とても危険な状態だった。また道路建設は職がなかった人々に就業機会を与えた」。そのほかにも渋滞の解消や交通事故の減少、雨期のぬかるみの問題なども改善された。さらに現在、JICAが提案した計画に基づき、無償資金協力で10.7キロの改修工事が進行中だ。アリフさんは「改修された道路をしっかり維持管理していくことが重要だが、その機材や技術が足りないので、日本の支援を期待したい」と語る。

バルフ州教育局でも日本が建てた質の高い校舎への感謝の言葉を聞いた。アブドゥル・アジズ局長によると、ほかのドナーやNGOの支援で建てられた学校は数カ月で損傷が見られるそうだ。「私たちは数よりも質を求めます。質が低いものはすぐに故障してしまうが、予算が限られ修理や管理ができない。地震も多いので危険です。ほかのドナーは日本が建てた学校を見習うべきだ」。

JICAが建設した学校の一つ、マウラナ・ジャラルディン高校では1〜12年生まで、7500人が1日3交代制で学んでいる。「すばらしい校舎を建設してくれて、住民も生徒もとても喜んでいる」と話すホロムアイダー校長に管理の問題を尋ねると、「JICAの提案で、教員、コミュニティー、保護者、生徒の代表からなる委員会を組織した。それまで学校とコミュニティーにはつながりがなかったが、立派な校舎を私たちできちんと管理していかなければと、故障や治安などの問題について話し合って対応している」と、JICAの支援が人々の意識向上に貢献したことを語った。

しかし、校舎の外には今もテントで授業を受ける大勢の子どもたちがいた。バルフ州では生徒数が年々増え続け、教室も教員も不足しているという。また、学校を卒業してすぐに教員になった者がほとんどで、教員研修を受けていないため、教育の質が懸念されている。

厳しい現実に耐える努力を

【写真】

JICAが建設したマウラナ・ジャラルディン高校の校舎(背後)。その横にはいくつものテントが並ぶ。生徒数が増加し、教室や教材、教員の不足が問題だ

確かにJICAの支援は目に見える成果を残し、多くの人から感謝の声を聞いた。「日本の支援を決して忘れない」と。しかし、それに満足など到底できないあまりに過酷な現実があるのも事実だ。物価の上昇により一月に必要な生活費は最低150ドルといわれるが、公務員に支払われる給料は50ドル。それでは行政の能力・機能の向上を期待するのは難しい。あらゆる分野で人材、資金、機材、技術が不足している。5月末にカブールで起こった暴動は、改善されない貧困や失業問題、援助の恩恵が十分に受けられないことなどへの人々の不満が原因だとも報じられた。だが、治安の悪化が援助の拡大を阻む。南部ではタリバンとの戦闘が激化しており、援助機関は厳しい状況への対応に迫られている。

そうした中でJICAは緊急復興から途切れることなく開発支援に移行し、現地が抱える課題や日本への期待に応えようと、教師教育強化や識字教育強化、結核対策など教育・保健医療分野で協力を継続するとともに、農業・農村開発、女性支援、除隊兵士の社会復帰支援などに重点を置き、安定した社会の実現に向けて奮闘している。

【写真】

木陰で勉強するマウラナ・ジャラルディン高校の生徒たち。私たちが訪問したときは1〜4年生が勉強中だった

「新しい国づくり」—希望に満ちたこの一言を実行することがいかに難しいか、想像をはるかに超えて時間がかかるかを、現場で実感させられた。だが長い間争いに苦しんだ人々は平和を希求している。そして復興を決してあきらめてはいない。私たちはアフガニスタンの人々とともにこの難題に忍耐を持ってチャレンジしていかなければならない。ようやく取り戻した希望の芽をはぐくみ、子どもたちの笑顔と夢を守るために。