monthly Jica 2006年8月号

特集 中東地域 平和と安定への道のり(3/3ページ)

PROJECT in Morocco(モロッコ)
“患者を尊重する”看護師・助産師の育成を

高い妊産婦死亡率に見られる医療サービスの欠如が深刻なモロッコの地方村落部では、医療従事者の育成が急がれている。そんな中、日本から伝えられた「医療従事者としての精神」が、モロッコの未来を担う若い看護師・助産師たちの意欲をかきたてている。

高い妊産婦死亡率

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家族計画のためのピルや薬をもらうため、保健センターの前で巡回治療を待つ住民たち

アフリカ大陸の北西端、欧州とアラブとの接点に位置するモロッコは、北アフリカや中東、地中海地域の安定にとって重要な国。穏健で現実的なイスラム国家として、農業を重視しつつ革新的な工業化を進め、着実な成長を遂げている。

その一方で、農村と都市との地域格差が深刻だ。2005年の妊産婦死亡率が出生10万人当たり227(日本の約30倍)と、周辺諸国に比べて高い上、人口約4割の農民が暮らす地方村落部では、都市部の妊産婦死亡率を大きく上回っている。

そんな中、日本は02〜03年、地方の医療サービス向上のため、特に妊産婦死亡率が高いフェズ・ブルマン州、メクネス・タフィラット州、グルミン・エスマラ州の3州で、無償資金協力により村落部の基礎医療施設や機材を整備した。また毎年、妊産婦ケアにかかわる現場の医療従事者に対する研修や保健省、州・県保健支局長などを対象とする保健行政強化を目的とする研修を実施。さらに04年11月からは「地方村落部妊産婦ケア改善プロジェクト」を開始し、より良い医療サービスを提供するための人材育成支援を行っている。

「患者中心のサービス精神」を育成

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産科救急ケアに関する2週間コース研修の修了式。右端が和田さん

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巡回治療の診察風景。ノートに治療記録を記入する看護師

「妊産婦死亡率が高い要因の一つは、医療機関と住民との信頼関係ができていないから」。こう指摘するのは、02年からモロッコへの協力に携わっているJICA専門家の和田礼子さんだ。都市部に比べ地方村落部では、施設で分娩する人の割合や産前産後の検診受診率が低く、医療施設の役割や意義が住民に十分認識されていなかった。また、地方の保健センターには、新人の医師や看護師が派遣されることが多いが、彼らの指導役となるはずの年輩者は地方に赴任することが少なく、新人に対する現場での教育がなされていなかった。さらに、患者に対する医師や看護師の高圧的な態度も、目に余るものがあった。

「でも、若い人たちは、学んだばかりの技術や知識を役立てたいと思っている」と確信する和田さん。そうした気持ちをつぶさないためにも、プロジェクトでは特に若い医療従事者が各病院や保健センターに赴任した後も、妊産婦ケアサービス向上のための教育を継続的に受けられるよう「継続教育システム」の構築に取り組んでいる。現在、パイロット的に2県の保健省県支局・病院を拠点に、日本で研修を受けた医師やベテランの看護師・助産師が中心となって、新人3年目までの看護師・助産師を対象とする研修の実施評価体制を整備している。主な研修は産婦人科専門医による産科救急ケアや産前産後検診についての講義と実習を行うほか、患者とのコミュニケーション手法の習得など、患者を中心に考えるサービスの意識を根付かせるのが狙いだ。

和田さんを含む3人の専門家が保健省と協力して研修の実施や教育システム構築の支援をしているほか、プロジェクトの対象州に3人のシニア海外ボランティアが派遣されており、小児医療や保健教育分野の助言を行うなど、若い医療従事者のモチベーションを高める雰囲気づくりに努めている。

また、保健省と対象3州には、02年から日本で開始した国別研修を受けて帰国した医療従事者が43人おり、その多くが「患者を尊重し、責任感を持って治療に当たる日本人を見て、医療従事者としての役割を強く感じるようになった」と言う。彼らは現地でリーダー的存在であり、そうした高い意識を持つ帰国研修員たちと、若い看護師との意欲が融合し、「サービスとしての医療」が、パイロット県から州全体へ、そしてモロッコ全国、周辺諸国へと広まることが期待されている。

モロッコへの医療支援が始まって5年。徐々にではあるが、地方村落部における分娩介助率や産前産後の検診受診率、その内容に変化が表れている。今後は、村落部での巡回治療サービスも強化し、医療施設へのアクセスが難しい住民への保健指導の充実を図っていく予定だ。

「モロッコ人は優秀。私たち支援者ができることは、ほんの少し意識を変えるよう、背中を押してあげることだけ」という和田さん。援助の効果は、支援する側が現地の人々を信じることから始まるのかもしれない。

Expert's View 専門家に聞く 中東の課題と求められる国際協力

1970以降、産油国を中心に急速な発展を見せた中東だが、石油収入に依存した経済構造は今、さまざまなひずみを生み出している。

中東地域に対して求められる支援や日本の役割などを、長年この地域を見つめてきた立山良司氏に聞く。

1 現在、中東地域が抱える問題とは?

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立山良司(たてやま・りょうじ)
1947年東京都出身。防衛大学校教授。毎日新聞社、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、中東経済研究所などを経て97年より現職。専門は中東地域研究、国際関係論、イスラエル政治。JICA中東支援委員会委員。著書は『イスラエルとパレスチナ』(中公新書)、『エルサレム』(新潮選書)、『中東』(自由国民社、編著)、『揺れるユダヤ人国家』(文春新書)など多数。

1970年代以降、中東の経済は産油国を中心に急速に成長しました。ところが、石油以外の産業がほとんど発展せず、石油収入に依存した経済構造になってしまったため、石油価格に国の経済が左右されています。この地域では、エジプトからサウジアラビアに出稼ぎに行くなど、産油国と非産油国の経済がかなりリンクしているので、産油国が苦しくなると非産油国も苦しくなってしまうのです。また、人口増加率が非常に高いため、全体の経済が伸びても1人当たりのGDPではそんなに変わらないか、むしろマイナスになった国もあります。

高い失業率も問題です。人口がどんどん増えているので若い人が多いのですが、石油産業以外の雇用機会が少ない。また、貧富の格差の拡大や都市化の問題もあります。お金持ちの産油国はいいのですが、エジプトやヨルダンなどでは都市化が進み、都市人口に対して十分なサービスができていないため、極端に言えば都市がスラム化しています。

このように、70年代以降の急速な石油産業の伸びに対してほかの産業なり社会構造がうまくついていけないまま30年くらいが過ぎてしまい、その矛盾が今、いろんな形で現れています。そういう中で政治はどうかというと、国民の政治参加の機会は極めて制限されている。権力を握っている側はなかなか改革に応じず、経済構造も変わらない。そのような現状に対する国民の不満が高まる中で出てきたのがイスラム過激組織ですね。

イスラム教の多くの組織は、貧困家庭への支援や雇用の確保をするといった社会活動をしています。また、時には社会的公正を求めて政権に物を申したりするのですが、政治がそれを取り込んでいって改革をするシステムになっていない。結果として一部の組織は過激になって社会不安が拡大するという悪循環が起きています。

2 国際社会は中東に対してどのように関与しているか。また、望ましい支援のあり方とは?

アメリカは2004年に「拡大中東民主化構想」を打ち出し、パキスタンなども含めた中東地域において民主化や社会的な改革を進めるための取り組みをしています。また、環地中海圏では欧州連合(EU)が中心となって人権や民主化促進のほか産業構造の改革、雇用の確保、麻薬組織犯罪の取り締まり強化などを行っています。中東諸国への支援で重要なのは、欧米的な人権の概念を一方的に押し付けてしまうと、イスラムに対する攻撃だというようなイメージがさらに強まってしまうので、改革というものをあくまでも中東諸国が自分たちで進め、それを手助けしていくというような基本姿勢が必要だと思います。

もう一つは、産油国、非産油国、大きな国、小さな国、ヨーロッパに近い国、そうでない国といった、国の違いをきちんと念頭に置いて個々のニーズを踏まえた援助を行うことが大切です。同時に、中東諸国相互の投資を促進するなど、域内協力を拡大するような支援をすることも大事でしょう。というのは、中東各国は先進工業国とのつながりのほうがはるかに大きくて、出稼ぎ労働者の移動など一部を除き相互のつながりが非常に希薄なんです。例えば産油国は日本やアメリカなどの石油消費国と、北アフリカの国々はヨーロッパとの関係だけで終わっている。オイルマネーは欧米や日本の株式などに投資され、地元には一向に金が落ちず、結局元に戻ってしまっているのです。

3 日本に求められる国際協力とは?

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アンマンの職業訓練協会で、16〜18歳の生徒たちに指導する青年海外協力隊員の中山昌也さん(右)。授業のサポートを行いながら、優秀な技術者育成を目指す(ヨルダン、撮影:沼田早苗)

中東で今一番困っている問題は、雇用の確保と経済構造の変革だと思います。こうしたことは日本も戦後いろんな形で取り組んできましたしノウハウを持っていますから、単に資金を出すだけではなくて、JICAの専門家やボランティアなどが入り、実際に現場で日本人というのはこういう人たちなんだと分かってもらいながら、日本が培ってきた技術を伝達していくことが大切でしょう。

中東では特に、長引く紛争で多くの人々が苦しんでいます。その意味でアフガニスタンやイラク、パレスチナなどでJICAが行っている「人間の安全保障」の視点からの平和構築や復興支援活動は、紛争解決に向けた国際的な努力を支える大切な協力といえます。例えばJICAは現在、ヨルダン川西岸のジェリコ(エリコ)地域で、地方自治行政強化、廃棄物管理、母子保健などの分野で協力を行っています。こうした協力は日本の自治体などが蓄積してきた技術を生かして現地の人々のニーズに応えるとともに、将来のパレスチナ国家樹立のための基盤づくりに貢献する重要な取り組みです。

また、中東は水資源の不足という大きな問題を抱えています。最近は淡水化技術が進みコストも下がっていますから、その分野での技術協力も考えられます。

日本の援助はこの十数年で非常にきめ細かくなってきたと思います。中東でも青年海外協力隊やシニア海外ボランティアの方が増えていますよね。かつてのように金額を競うようにして大きな援助を提供するというのではなく、教育や職業訓練、行政能力の向上などに対して、草の根レベルにも配慮したきめ細かい支援が求められると思います。