monthly Jica 2006年9月号

特集 NGOとJICA “草の根”を支え“草の根”を支えるパートナーシップ(2/4ページ)

PROJECT in Bangladesh (バングラデシュ)
ヒ素問題に共に挑むNGOとJICA

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コウシ村でパイプを敷設するAANの川原一之プロジェクトマネージャー

皮膚の角化症、色素異常、がん。バングラデシュでは今、生命(いのち)の水が“毒物の王”ヒ素に汚され、人々の健康に深刻な被害が及んでいる。

安全な水を届けたい—同じ苦しみを知る宮崎県のNGO「アジア砒素ネットワーク(AAN)」とJICAが手を組み、支援を始めてから4年。連携はどんな効果を生み出しているのだろうか。

土呂久の経験と人脈をアジアへ

日本人もよく知るヒ素問題。記憶に新しい和歌山毒物カレー事件をはじめ、宮崎県の土呂久(とろく)鉱毒事件※1、森永ヒ素ミルク中毒事件は日本社会を揺るがした。

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開発パートナー事業で設置された代替水源(共同水道)から水をくむシャシャ郡コルシ村の女性

アジアで地下水のヒ素汚染が見つかったのは1980年代。バングラデシュでは93年に初めて確認され、皮膚の角化症や色素異常などの症状を訴える中毒患者が多発、がんに侵される者もいた。ヒ素を含む浅層地下水から取水する管井戸の急速な普及が一因とされ、今も3500万人がその水を飲み続ける。

アジアのヒ素問題は次第に各地へ伝播し、「土呂久・松尾等鉱害の被害者を守る会」のもとにも届く。経験や人脈をアジアの人々のために生かせないだろうか—94年、会は「アジア砒素ネットワーク(AAN)」※2を結成し、96年にバングラデシュ南西部のシャシャ郡シャムタ村で調査と対策に乗り出した。

村での経験から、AANは「代替水源の設置」「住民の啓発活動」「医療支援」「水質検査」の専門性を持つスタッフが一つのグループになって村を巡回し総合的な支援を行うアプローチ「移動ヒ素センター」を確立。そして02年、現地の人材・物資を活用しながら高い技術力で対策に当たるAANに注目したJICAと、活動を広げたいAANの考えが一致し、同郡で開発パートナー事業※3「飲料水砒素汚染の解決に向けた移動砒素センタープロジェクト」が始まった。

※1 大正時代から宮崎県の旧土呂久鉱山と旧松尾鉱山周辺で行われたヒ素採掘と亜ヒ酸の生産によって多数の死者を出した事件。被害者の救済を目的に「土呂久・松尾等鉱害の被害者を守る会」が発足、鉱山会社や行政との15年以上に及ぶ闘いの末、1990年に最高裁で和解した。

※2 活動の詳細はAANホームページ(http://www.asia-arsenic.jp/jp)を参照。

※3 途上国の住民に対する草の根レベルのきめ細やかな援助を実施する方法として、経験やノウハウを持つ日本のNGO、地方自治体、大学などに委託して行うJICA事業。2002年からは「草の根技術協力事業」として実施。

連携のメリットと今後の課題

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水質検査をする公衆衛生工学局(DPHE)の職員。プロジェクトではDPHEが代替水源の設置とその維持管理を継続していけるよう技術支援を行っている

「裁判でヒ素の被害を行政になかなか認めてもらえなかったという土呂久の苦い経験から、行政と手を組むことへの内部反発もあった」とAANの石山民子さんは打ち明ける。それでもAANは活動範囲を広げより多くの人々に安全な水を届けたい一心で連携の可能性にかけた。その結果、AANとJICAは3年間で代替水源63基を設置、2万人近くが安全な水を飲めるようになり、ヒ素対策を進める同国政府※4やほかのNGOから高い評価を受けた。

しかし課題も残った。活動で推進した「表流水をろ過して安全な水を確保する」ためには住民による装置の持続的な維持管理が不可欠だが、「村でその仕組みを作ることができず、一部の水源は“遺跡化”する可能性があった」と石山さん。住民が管理を持続していくには地方行政機関との連携が有効とAANは分かっていながらも、「一NGOの意見が行政に受け入れられるはずはない」という消極的な意見もあった。

一方、AANとJICAが実施したような包括的な対策を広げたいという同国政府の要請を受けてJICAは技術協力プロジェクトを採択。住民を巻き込んだ活動の必要性から、民間の経験やノウハウを生かして共同でプロジェクトをつくり上げる提案型技術協力(PROTECO(プロテコ))※5による支援を決めた。JICAと協力できれば地方行政への働きかけも可能—そう考えたAANは早速企画書を提出。過去の経験から手応えと課題を共有していたJICAとAANは、05年12月、チョーガチャ郡を加えた2郡で「持続的砒素汚染対策プロジェクト」を開始した※6。

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住民啓発の中村純子専門家(中央手前左側)と現地スタッフ、ノジボール・ラーマンさん(同右側)が給水装置の維持管理方法を住民たちに分かりやすく指導する

「その後は連携のメリットを一層感じるようになった」とAANの島村雅英専門家。「中央や県レベルの行政と対等な立場で話せるので、行政が住民に働きかける仕組みができつつある」。他方JICAバングラデシュ事務所の菅原卓也さんも「行政の能力が限られている中で安全な水を本当に必要としている人々に供給するには、現場に根付いた協力が欠かせない。効果と人間の安全保障の観点からもNGOとの連携が最も有効な手段」とAANへ期待を寄せる。

だが一緒に仕事をする中で見えてきた課題もある。菅原さんが「技術協力プロジェクトである以上、支援する2郡だけに安全な水を供給できればいいというのでは不十分です。プロジェクトで得た知見や教訓を中央政府にフィードバックし、いかにして政策に反映させ、インパクトを出すかが重要」と語る一方で、島村さんは「全国展開に向けた気持ちはもちろんありますが、徐々に活動を広げ、もう少し段階を踏まないと成果をうまくバングラデシュ政府に伝えられない気がするんです」と地道な取り組みの必要性を強調する。

また石山さんは、「草の根レベルになればなるほどお金の支出先は細かくなる。住民の中には文字を書けず領収書にうまくサインできない人もいるが、それを精算時にJICAに認めてもらえず、すべてやり直したことがある。結果的にそこに時間と労力が費やされてしまう。草の根レベルでの活動に見合った仕組みがあれば、NGO連携の良さがより発揮できるはず」と制度上の問題を指摘。

これに対し菅原さんは、「現場が事業を実施しやすいように仕組みを整えることはもちろん必要なので、バングラデシュ事務所としてもAANの意見を聞きながら対応していきたい。また、技術協力プロジェクトは数億単位の事業です。現場の事情で柔軟に予定を変更できることが大切であるのと同時に、予見性を高め、計画的に事業を実施することも重要。その点については今後も協力し合いたい」と話す。

広い地域で大規模な支援を展開するJICAと、草の根レベルのきめ細かい活動を得意とするNGO。連携のメリットは想像以上にある一方で、意識の相違があることも事実だ。だが、「安心して水を飲んでほしい」いう共通の強い使命感を持つ2者の協働は、支援の質を一層高めるものとして国内外からの期待も高まっている。

※4 世界銀行の支援で政府は99年に「バングラデシュ砒素汚染対策水供給プロジェクト」を立ち上げ、汚染・健康被害の調査と医療支援・安全な水供給の面から体系的なヒ素汚染対策に当たっている。

※5 詳細はJICAホームページ(http://www.jica.go.jp/partner/proposal/index.html)を参照。

※6 住民のヒ素汚染対策の能力向上と地方行政による住民支援の仕組み作り、ヒ素対策の技術移転を総合的に実施するプロジェクト。日本は「砒素汚染対策セクタープログラム」を同国に対する協力の重点プログラムの一つと位置付けて包括的な取り組みを展開しており、本プロジェクトはプログラムの中核を担っている。プロジェクトの詳細はホームページ(http://project.jica.go.jp/bangladesh/0515032E0)を参照。